リティ、理解不能と遭遇する
「いやー、素晴らしい!」
支部長がリティへ拍手を送る。リティに負けた教官マクリトは気絶していて、起きそうにない。
そんな彼を放置して、何をしているのかとリティは支部長に対して眉をひそめる。
「生物以外かつ大きさ制限ありの収納能力しか持たないミャーンなぞ、と思っていたよ。見事なコンビネーションだった」
「ありがとうございます。マクリトさんを手当てしてあげて下さい」
「あんなものはもういいのだ。せいぜい中位精霊のフェーンとしか契約できず、冒険者から落ちてきただけの無能だからな」
「……本気ですか」
唯一、あれだけ慕っていたマクリトを簡単に切り捨てた支部長をリティは嫌悪した。自身の経験とも重なり、他人事とは思えないのだ。
支部長を無視して、リティはマクリトを助けに行く。
「マクリトさん。立てますか?」
「私に任せて下さい」
ユニコーンを連れたセイラが、マクリトの元へ来る。ユニコーンが角をマクリトを近づけると、先端が小さく光った。光に照らされたマクリトが呻き、目を開ける。
「う……ユニコーン? セイラか……」
「しばらくは安静にしていて下さい」
「私は負けたのか……」
マクリトがユニコーンの背に乗せられて、ギルド内に運ばれていく。支部長はそれに目もくれずに、大袈裟にため息を吐いただけだった。
「観戦していた者はどう感じただろうな。あのマクリトの醜態を見て、召喚師に憧れるものなどいようか。彼はたった今、それに泥を塗りつけたのだ」
支部長が試合場の中心へと歩き、全員に言い聞かせるようにして演説を始めた。指先から迸る炎を動かし、円を描いては消える。
リティは目を見張った。召喚師ギルドの支部長が見せたそれは、どちらかというと魔法のそれに近かったからだ。
「失敗だったよ。初めから私が戦っていればよかったのだ。そうすればリティ君も、当ギルドへ招待できたものを……」
「マクリトさんは精一杯、戦いました。あの人が弱いとは思いません」
「無理にフォローしなくてもいい。私はな……」
「負けたらまた頑張ればいいんです。冒険と違って、今はそれが出来ます」
リティの反論に支部長は言葉に詰まった。勝者の余裕があってマクリトを庇っているのかと思っていたが、そうではないと感じたからだ。
これまでの冒険で命を脅かされた経験があったからこそ、リティは強く主張できた。そんな彼女の言葉には自然と力も帯びる。
どこか圧倒された支部長はリティを無視して、一人の少女へと目を向けた。
「クーファ、お前も戦うのだろう?」
「え……支部長と……」
「そこのカタラーナ様が、お前をダシにして私をコケにしたのだ。ならば、ぜひその力を見せつけてもらわんとな」
元よりそういう試合なのだ。クーファが断れるはずもなく、アーキュラと共に支部長と対面する。支部長はクーファとアーキュラを見比べて、頭をかいた。
「どういう手品でアーキュラと契約したのかは知らんがな。私に勝つ算段でもあるのか?」
「自信は、ないです……」
「それ見たことか」
支部長は片腕を立てて、炎柱を放つ。赤々と燃え盛る炎は、その熱だけでクーファを怖気づかせた。受ければ確実に命はない。
何よりクーファもリティと同様の疑問を持った。支部長は召喚獣を召喚していないが、この炎だ。答えを出せないクーファを、支部長が鼻で笑った。
「私は召喚などしない。召喚獣を召喚して戦わせるだけならば、二流以下なのだよ。一流の召喚師は召喚獣と契約して、力そのものを使う」
支部長が見せる炎も相まって、その言葉には重みがあった。先ほどまで支部長に対して懐疑的だった観衆の興味を引いている。
それに応えた支部長が炎の柱をより高く放ち、熱風を放った。観衆はバランスを崩し、リティや教官達は堪える。カタラーナは熱風をものともせずに腕組をしていた。
クーファは――
「なるほど、アーキュラをまとったか」
水の精霊であるアーキュラを全身にまとうことで、防御を成立させた。数日の訓練でクーファはアーキュラと基本的なリンクをマスターしたのだ。
召喚師の思考を召喚獣に、いかに早く伝達させられるか。これは訓練によっても磨かれるが、相性も重要となる。
その点、マクリトとフェーンでいえば相性はまずまずといったところで相性がいいといえない。
「では見せつけるとしよう。私が契約したイフリートの力をな」
支部長が炎の柱をクーファに放つ。回転により熱風を周囲にまき散らし、それは見た目以上に攻撃範囲が広い。クーファの水の鎧に命中して、蒸発音が激しく響く。
「もたんだろう? いずれ熱湯に変わる」
「ア、アクアロードッ!」
対抗するように、クーファが水の鎧から水柱を精製する。それが四方八方に散り、水で形成された通り道がいくつも空中にかかった。
それに逃げ込んだクーファが泳ぐようにして、支部長の攻撃から逃れる。水中で加速して、支部長の目を泳がせた。
「小賢しい……! ブレイズストームッ!」
支部長が片腕を天に掲げて、炎の柱を竜巻に変える。クーファが逃げ回る水の道そのものを蒸発させようと、火力を上げたのだ。
アーキュラのおかげで、クーファが呼吸を出来なくて死ぬことはない。しかし、加えられる熱となれば別だ。
少しずつ熱湯になりつつある水の道から、また水の道を作り出す。
「逃げ回るだけか! 所詮はその程度のようだな!」
「クーファさん……!」
リティは手に汗を握り、クーファの勝利を願っている。カタラーナは不動の姿勢で見守っていたが、教官達が騒がしくなった。
「カタラーナさん、ダメだ! このままでは、あの子が死んでしまう!」
「イフリートとアーキュラ、力関係は同程度よ」
「精霊と幻獣では一概に比較しようもないが、問題は支部長だ! 我々も知らなかったが、おそらくとんでもない代償を支払ってあの力を得ている!」
「その通りだ! 私はとても大切にしていたものをイフリートに差し出した!」
炎を操り、上機嫌になった支部長の表情が歪んでいる。それを見たリティは、支部長に対する印象を完全に変えた。
戦う事を楽しんでいるというより、力に溺れていると感じたからだ。
「娘夫婦だよ! イフリートはそれを要求してきた! さすがに私も戸惑ったなぁ! 何せ孫娘も生まれて、幸せの絶頂だった! 断ろうかと思ったが、イフリートが力の一端を見せつけてきた時にどうでもよくなったよ……」
支部長がクーファの逃走経路を熱して、水の道生成も少しずつ追いつかなくなってくる。
あの男がこれから言おうとしている事を、リティは予想から打ち消す。そんなはずはない、ありえない。支部長が人間であればそんな事は絶対にしない、と。
「一瞬で蒸発もすれば、実感も沸くまい。焼かれた魂はイフリートの好物……それならば、この力も必然だろう」
「リティちゃんッ!」
無意識のうちに飛び出そうとしたリティを、カタラーナが押さえる。そのおかげでリティは我に返った。
冒険者を続けていれば、予想もしない事が起こる。リティは頭でそう理解していたはずだった。あの支部長は人間でありながら、そうではなかったのか。
自分を捨てたユグドラシアの比ではない。頭の中で渦巻く思考の奔流を、リティは必死でまとめようとしている。
「カ、カタラーナさん……あの人は、何なんですか。なんで、そんなことを……」
「理解しなくていいわ。世の中にはそんなのがいくらでもある」
カタラーナのシンプルな回答で、リティはひとまず手を打った。これ以上の思考は危険だと、リティも感じたからだ。
気持ちを落ち着けたところで、炎の赤に照らされた支部長の顔にリティは違和感を持った。何かに似ていると思った時、自然とそう口にする。
「悪魔……」
リティの呟きを打ち消すかのように、それは起こった。水の柱がぐねりと動いて拡散。
大量の水しぶきが一斉に放たれて、辺りに突き刺さる。支部長が咄嗟に炎でガードを試みるも、それを貫通した。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁッ!」
熱湯と化したシャワーが、支部長にまんべんなく浴びせられる。
まるで奇妙なダンスのように、支部長が体をくねらせてから転げ倒れた。バウンドしてもがき苦しみ、全身を床にこすりつけている。
「あづいあづいいいいい!」
「アクアバースト。炎に対するカウンタースキルねー。あんたはイフリートのおかげで自分の炎もへっちゃらだけどさー。熱湯になったアタシの水は別でしょー?」
周囲を覆っていた炎が消えて、残ったのはのたうち回る支部長だ。皮膚が爛れて、見るに堪えない容姿となった。そんな支部長にアーキュラは微笑する。
「あれだけの熱量なら、威力も期待できるかなーって思ったけどー。あんた、タフねー? 普通に生きてるとかー」
「は、始めからこれを狙って……クーファめ……」
「ほっとんどアタシだけどねー」
リティといた時でさえ、緊張していたクーファだ。それがこれだけのギャラリーの前でそうならないはずがない。
せいぜい彼女がやった事といえば、水の鎧とアクアロード程度だった。そんな状況なので、クーファは特訓の成果を十分に発揮できずに歯がゆい思いをしている。
「ア、アーキュラさん。私……」
「さんじゃなくてねー?」
「アー、キュラ……」
「少しずつ慣れていくなんて宣言したのはアンタでしょー?」
慰めもせず、貶しもしないアーキュラの態度はクーファにとっていい塩梅だった。
初心を思い出させて、ひたすら前へ進ませる。アーキュラ自身も、なぜクーファにそこまで尽くすのかわかっていなかった。
ただなんとなく、それだけである。クーファもまたアーキュラに直感で行きついたのだから。
「クソ、まだ、まだだ……イフリートッ!」
満身創痍であるはずの彼が叫び、誰もが驚いた。支部長の片腕から炎が燃え盛り、そこにギラギラと輝く一対の目。
それが何かは、召喚術について知識があまりないリティでもわかった。
――何用か
「け、契約! 契約しよう! 更なる力を得たい!」
寝っ転がりながらも、支部長が出現させたのは紛れもないイフリートだ。それが完全体でないにしろ、周囲を圧倒するには十分な存在感だった。
空間全体に重く響く声が、聴く者を萎縮させる。ここで契約されてしまえば危ういと、カタラーナはファランクスを構えた。が、それが杞憂である事がすぐに証明される。
――不可能だ
「な、何故……」
――お前にはもう何も払えない
「で、では、あいつらだ……あそこにいる教官どもを……」
――奴らはお前の大切なものではない
愕然とする支部長が呼吸を荒げる。火傷による影響もあり、その命の灯が揺らぎ始めたのだ。
「そん、な……」
――いや、一つだけあった
「あるのか?! ではそれを!」
――よろしい。契約完了だ
アーキュラが再びクーファにまとわりつき、水の鎧へと変化する。
「ハハハ……やった、これで逆て」
それが最悪の行動だと発覚したのは、支部長が一気に燃え上がった後だった。バーナーのように炎が吹き上がり、一瞬の高威力を見せたがすぐに消える。
そこには支部長の遺体すら残っていなかった。
「な、何が、起こって……」
「バカな奴ねー。イフリートはジジイの魂を要求したってのにさー」
「えええぇ! それって、なんか、ひ、ひどい、です……」
「だから召喚師は難しいのだ。契約相手が必ずしも誠実とは限らないからな……」
戻ってきたマクリトが、支部長がいた場所に来る。膝をつき、両手を組んで祈りの姿勢を取った。
彼が何を思っているのかはわからなかったが、リティもそこで真似をする。
「私、まだまだ勉強不足です……」
「みゃん……」
わからない事だらけだが、リティは誓った。クーファのように、少しずつ慣れていこうと。ここでリティは何故かコーヒーの苦みを思い出した。




