リティ、召喚の準備を整える
時刻は深夜にまで及んでいる。召喚術に必要な魔石、メイジバフォロの羊皮紙、マジックキャンドル。
十分な魔力を持った上での特定の詠唱、羊皮紙にも正確な魔法陣を書かなければいけない。
更に詳細な条件はあるが、クーファはこれに何の予備知識もなく辿りついた。カタラーナは改めてクーファを賞賛する。
「クーファちゃん、何度もいうけどあなた天才よ」
「そ、そんな照れます……」
「天才よ!」
「う~……」
調べ疲れたカタラーナがクーファにちょっかいをかけていても、リティは黙々と本を読み漁っている。
リティが必要なのは武器などを収納する幻獣だ。何種類か存在するが、いずれも癖が強い。
悩むところだがリティは自分の戦闘スタイルと相談した上で、ある幻獣に目をつけた。
「カタラーナさん。この幻獣なんかどうです?」
「どれどれ……え? こ、これ? まぁ確かに条件は満たしてるけど……どうせならもっと強いのにしたら?」
「いいんです。この子が私に合ってる、そんな予感がします」
リティがカタラーナに見せた幻獣は、お世辞にも強いとはいえないものだった。
「リティちゃんがそうと決めたなら、何も言わないわ。クーファちゃんは?」
「これはこわい……こっちは食べられそう……」
「……コーヒー淹れるね」
リティやクーファが苦手なものを、カタラーナはあえて差し出す。クーファは匂いだけで飲もうとしない。リティは相変わらず少しだけ口をつけただけだ。
「カタラーナさん、自信ないです……。怖い召喚獣だったらと思うと……それに戦いなんて……」
「わかるわ。私も最初、そうだったもの。初陣なんかひどかったわよ」
「カタラーナさんが?」
「昼間は才能がどうとか言ったけどね。私もどちらかというと、努力型なのよ。だからこそ才能を妄信しちゃってる節はあるけどね」
カタラーナはクーファのコーヒーに砂糖とミルクを入れた。リティにも差し出す。二人が口をつけて、すすった。
「苦いですけど、ちょっとおいしいです……」
「うん。たっぷりミルクと砂糖を入れたからね。クーファちゃんも飲めるでしょ?」
「はい……」
「私も最初はコーヒーなんて人間の飲み物じゃないって思ったわ」
リティも、この瞬間まではそれに近い感想を抱いていた。しかし、一工夫をしただけで飲めるものになる。ブラックのコーヒーをすすりながら、カタラーナは一息つく。
「ミルクでも砂糖でも、最初は飲みやすいようにして挑戦するの。『ブラックが飲めないなんてお子ちゃま』なんて言われて頭にきたもの。そりゃ頑張ったわよ」
「召喚も戦いも工夫と挑戦、という事ですか?」
「ま、こじつけだけどねっ!」
最初は甘くてもいいから慣れるのが大切と、リティは解釈した。カタラーナとしては、3級にしてしまった以上は悠長な事は言ってられないというのが本音だ。
だからこそ自身が責任を持ち、何としてでも上まで引っ張り上げる。外面とは裏腹に、カタラーナは燃えていた。
「失礼します」
「はーい、刺客じゃなければどーぞ」
訪ねてきたのはユニコーンを召喚した女性だ。トレイには夜食らしきサンドイッチと果物が乗っている。意外な対応にカタラーナは訝しるも、女性は深々と頭を下げた。
「昼間は失礼しました。事情を知って、私も何かお手伝いできればと思ったのですが……」
「あなたは支部長派じゃないの?」
「……私というより、ほとんどの方々があの方に不満を持っています。権威主義が行き過ぎていて、生贄のようにされた見習いも多いです……」
召喚師の威厳は、召喚獣によって決まるといっていい。強かったりレアな召喚獣を従えている召喚師を多く抱えれば、ギルドの知名度にも繋がる。
世に出して活躍すれば尚良し。支部長はそういった権威思想の持主だと女性は明かした。
「私も何度、ユニコーンとの契約解除を迫られた事か。幻獣ならもっと強いものがいると……」
「ユニコーンは契約も解除も緩いんだっけ」
「はい。でも私は気に入ってますので、そのつもりはないんです」
「それでクーファちゃんの悪魔も認められたわけか」
「正直、本部の方が来て安心しました。ですから、私も出来る限りお手伝いします」
女性ことセイラは、必要な資料をせっせと集め始める。さすがは本職といったところで、カタラーナ以上に効率よく情報を集めた。
魔石の配置、種類。詠唱内容など、段々と絞り込んでいく。誰かが召喚したものであれば、すでにデータはある。しかし、なければ自力で辿りつくしかないのだ。リティの幻獣は過去に召喚された例がない。
「ところでクーファちゃんはどうするんですか?」
「それがね、決まらないのよ」
「属性とタイプは?」
「水、精霊」
「水に精霊……」
セイラはクーファの手を取り、何かを感じ取っているようだった。そして手を離して、クーファの目を見る。
「魔力は……だいぶ穏やかですね。そうなると同じような性格の精霊がいい、と思いがちですがそうとも限りません」
「へぇ、そんなのわかるの?」
「魔力感知だけは得意なんです」
「有能ねぇ。本部にも欲しいくらいだわ」
カタラーナが褒めると、セイラは両手で頬に触れる。さながら乙女のような仕草は、まさにユニコーンと契約したのも必然と思わせるものだった。
「えっと、友達と同じようなものです。反対の性格ほど、案外うまくいくケースが多いんですよ」
「召喚獣が友達ねぇ?」
「クーファちゃんのような大人しいタイプであれば逆にこう……いけいけー!みたいなほうがいいかなと。私見ですが……」
「だってさ、クーファちゃん。押されたいタイプ?」
クーファは考え込み、本のページをパラパラとめくり始める。そしてある精霊のページで手を止めた。それは水の精霊としては高位だが、契約条件と契約違反が一切不明だった。
「おぉ、ずいぶんと強く出たね」
「自分を、か、変えたいから。セイラさんを信じます……」
リティに何度も励まされ、カタラーナにここまで連れてきてもらった。セイラに親身になってもらって、ようやく踏み出す勇気を出したのだ。
ぬるくなったコーヒーを飲みきって、今度はブラックを注いだ。
「それに挑戦しちゃうの? そっちは別にいいと思うけど……」
「にがっ……」
「うん。無理しなくていいわよ」
「私、飲んでみます!」
リティも同様にブラックをカップに入れて飲む。相変わらず渋い表情になるが、耐えて飲み込んだ。
二口目とはいかなかったが、そんなリティに触発されてクーファも再挑戦する。
「あの、お二人は一体?」
「気にしなくていいわ。それより力になってくれてありがとう。あのジジイに啖呵きったはいいけど、自信なかったのよね」
「はぁ……」
「苦い、にがいぃ……」
やはり無理をしていたようで、リティが呻いている。耐え切れずに砂糖とミルクを大量に投入したのは、クーファも同じだった。そんな二人を見てクスクスと笑うセイラ。
召喚術を成功させる気があるのかと、支部長なら檄を飛ばす。セイラはほんのりとそう思った。そこへ、またドアがノックされる。
「失礼、いいか?」
「また誰か来た? 奇襲なしでお願いしまーす」
今度、入ってきたのは数名の教官達だ。中には昼間、カタラーナ達を取り囲んだ者もいる。敵意がない事は見れば明らかだ。それぞれが何かしらの本を持っている。
「セイラが訪ねたのを見てしまいまして。躊躇していたのですが、我々にも協力させて下さい」
「支部長派の人もいるみたいだけど?」
「昼間の件については申し訳ありません。誰もが怖くて逆らえなかったのです……」
「ふーん……」
すべてを信用したわけではないが、カタラーナは彼らを招き入れた。支部長派が探りを入れに来てる可能性も考慮したが、それは自身を目で判断すると決めている。調査と称している以上は尚更だ。
コーヒーを飲んだリティとクーファがいよいよ召喚の準備に取りかかる。セイラの指導の下、魔石の種類の選定や配置を慎重に行う。
「召喚術は些細な違いで、まったく別のものを呼び出してしまう事があります。特に魔法陣は気をつけてください」
「あ、悪魔を呼び出さないように……」
「本来、悪魔の召喚は難易度が高いのですが……。クーファさんは、その才能が災いしたのかもしれません」
「気をつけて、気をつけて……水の印はここに……」
クーファが緊張しながら、魔法陣を描いていく。リティも準備を着実に進めて、時々セイラ以外の教官達のアドバイスを貰う。リティの彼らを尊重した態度に、教官達はすっかり気を良くした。
「そうじゃない。印の位置はな……」
「あ、はい! なるほど!」
「選択肢は多数あるが幻獣なら、タスピカ文字が有効だな」
「ふむふむ! 助かります!」
魔法陣の作成はデリケートかつ難しい。特に悪筆であれば違う文字として認識されるため、大惨事となる可能性がある。
本人が作成しなければ効果がないため、こればかりは周囲の人間は口を出すだけにとどまっていた。やがて二人が熱心に取り組んだ成果が表れる。
「こんなところだな。これで下準備は整った」
「皆さん、助かりました! 本当に勉強になります!」
「君は素直で勤勉だな。支部長も、君のような真っすぐな冒険者を見れば変わってくれるだろうか……おっと」
「時間も遅いですが召喚を始めましょう」
いつの間にかセイラが音頭を取り、いよいよ召喚が始まる。平静を装っているが、彼女は不安だった。
クーファが選んだ水の上位精霊はシンプルに難易度が高い。それだけではなく、リティが召喚する幻獣は理解できなかった。彼女の要望通りの能力を有しているが、何せ召喚例がない。
「すぅ~はぁ~」
「リティちゃん、もういいんじゃ?」
「はいっ……!」
何度も深呼吸を行うリティをカタラーナが止める。そんなリティを見たセイラは、やはり理解できなかった。何も考えてないだけなのか。それとも。




