リティ、剣士ギルドに決めた
剣士は攻守のバランスがいい前衛職で、アタッカーの花形である。剣での手数の多さで、パワータイプの重戦士のそれよりも高い殲滅力を誇る。戦う者といえば剣というイメージを持つ者も多く、人気のジョブだ。
対して重戦士の主力武器は斧か槍で、パーティの壁となる役割があった。守りに徹して、隙あらば斧での強烈な一撃を浴びせる。槍のリーチを活かして、敵を寄せ付けずに攻撃するのもいい。
ただし重い装備の着用が必須なので「汗臭い」「遅い」という負のイメージがつきまとっていた。
リティの決定理由は例に漏れず、ごく単純な理由だ。
「剣! やっぱり剣!」
そう、本当に単純だった。アルディスの剣さばきに影響されなかったわけではない。それ以上に、村にいた頃から彼女の武器のイメージは剣だった。
剣士ギルドでは剣も支給されるとのことなので、尚更そのテンションは高まる。
農具しか持ったことがなかった彼女は常日頃、本物の剣への憧れを抱いていた。それがついに持てる日が来たのだ。スキップをしながら、剣への想いに馳せる少女。
傍からであれば、年相応の良い事があったのだと誤解するに違いない。
「ここが剣士ギルド! よし!」
あまりのテンションのせいか、コロシアムの外観に近い剣士ギルドに対して指差し呼称だ。
これから何が始まるのか、やっていけるだろうか。ポジティブモンスターのリティにそんな不安はない。
堂々と剣士ギルドの扉を開けて、元気よく挨拶をした。
「おはようございます! リティです! 技術指導をお願いします!」
「また元気なのが来たな」
受付の男が対応する。やはり男にもリティが奇異に映ったのか、やや反応が遅い。冒険者カードを見て、表情を曇らせる。
聞いた事がない出身地に若すぎる年齢。いっそ突き返そうかと、男は半ば本気で考えた。
「ところで、お嬢ちゃん。何故、剣士ギルドを選んだんだ?」
「剣がかっこいいからです!」
「……ま、最初は6級のカリキュラムもこなしてもらうけどな。座学から始まって実技、応用、試験の流れだ。この段階で挫折する奴も珍しくない。各講座の時間割を渡すから、都合のつく日を選ぶといい」
「こんなに!?」
「そ、だから挫折する奴が……」
「すごい、さすが冒険者! 私、頑張ります!」
この段階で、うんざりした顔を見せる人間が大半だ。目を輝かせる人間など、久しく見ていない。
いや、田舎出身者ならば現実を知らないだけか。リティの印象が、男の中で揺らぐ。
ギルド員は、基本的に現役冒険者や国から派遣された兵士が多い。しかし退役した軍人や元冒険者もわずかながらいる。
受付を務めている男も例外ではなく、元冒険者だった。12年前に3級に昇級して結婚、この世の春を謳歌する。男の人生は順風満帆だった。
数年前に仲間を失い、大怪我を負って引退するまでは。生計を立てられなくなり、妻に逃げられるまでは。
自身の過去を憂いながら、男は座学に向かった少女を見送った。
* * *
座学講座はそれぞれ1時間で、これ自体は特に難題ではない。この日は10人程度が【旅の指南その1】を受けていた。
目的地までの距離、道中の地形や施設、気候、出現する魔物。すべてを統合した上で、無駄のない準備を行うのは冒険者としての基本だ。
あらゆる事態を想定した上での、教官トイトーの実体験を交えた講習はリアリティがある。ほぼ全員が血眼になってメモを取り、一つでも多くの知識を叩き込もうと必死だ。
約一名を除いては。
「このように街道が整備されていれば問題はないのですが」
「ふんふん!」
「整地されていないケースがあり……」
「ですよね!」
メモすら取らず、教官トイトーの話に興奮しているのがリティだった。当然、周囲からは浮く。前のめりになって人一倍、好奇心を露わにしている。
本来なら教官として注意をすべきだが、彼もまんざらではなかった。冒険者としてここまで関心を抱かれた事がない分、ついその気になってしまうのも仕方がない。
周囲が同等かそれ以上の存在である事が多かった彼にとって、リティはかわいい後輩なのだ。
「未知の場所、周囲の地形把握も済んでいない。君ならこういう場合、どうする?」
「そーですね……。日が落ちないうちに野営します。体力が尽きたら終わりです」
「それも一つの手だな。だがその前にやるべき事がある」
「野営よりも、ですか?」
「魔物の痕跡を探すんだ。そこが魔物の通り道であったり、住処が近いなら極めて危険だろう」
「あぁー!」
もはやマンツーマン指導と化したこの場では、他の受講者もさぞかし面白くないと思うだろう。
だが不思議とそうはならず、二人のやり取りにより耳を傾けている。リティの好奇心のおかげで、結果的に講習を深く掘り下げたものになっているからだ。
魔の森で小さな洞窟を寝床にして襲われたリティにとっても、ベテランの話は参考になる。
現役でありながら後進の育成にも余念がない3級冒険者の教官トイトーにとっても、喜ばしい事だった。
「基本的に冒険者が野営するところは決まっている。だから前の人間が野営地にしていたところが手っ取り早いのだが……。必ずしもこれは正解とはならない。何故だかわかるか?」
「魔物がその場所に人間が集まるとわかってしまうから、ですか?」
「そう! 中にはそういう賢い魔物もいるからな。だから魔物の分布や習性の把握も大切だ。まぁこれは別の講習で学んでもらうけどな」
これを知らずに全滅した冒険者パーティも多い、と付け加えて受講者を震え上がらせる。たった一時間の講習ではあったが、全員が濃密な時間を過ごせた。
その功労者となった本人にその自覚はない。彼女を中心として、受講者が集まった。
「ルイズ村? それどこにあるの?」
「ここからずーっと……すごく遠いところです」
「そんなところから、冒険者に? 何も、もっと近い街にも冒険者ギルドはあるでしょう?」
「それには事情があるんです」
中でも同程度の歳恰好の少女が、リティに積極的だ。ブラウンの髪にやや褐色がかった肌を持つ少女ロマは、女としての窮屈な家庭を抜け出したかった。
両親が度々口にする"結婚"や"お見合い"というワードに嫌気が差す。花嫁修業を今からさせられたのでは、たまったものではない。
女は男に尽くして家事や育児に従事し、夜は疲れた夫に酒を注ぐ。そんな未来を想像しただけで、気が狂いそうだった。
そんな時期に耳に飛び込んできたのが、ユグドラシアだ。女性であるバンデラやクラリネの存在が、彼女の支えとなる。
だがロマに、その才能はなかった。1年ほど魔法使いギルドで学んだものの、魔力の限界値に関してはどうにもならない。
親の反対を振り切って家を飛び出した彼女は、途方に暮れるが――
「しょうがないから剣士、という半端な覚悟じゃない。自分の可能性を諦めたくないから、今はがむしゃらに挑戦してる」
「立派……立派です! 応援してます!」
「私もね。お互い頑張りましょう」
似たような共通点を持つリティに親近感を抱くのも無理はない。
ただリティは、自分がアルディスの元にいた事は口外しなかった。英雄パーティへの憧れを抱いているロマに気を使ったわけではない。
彼女の中で、アルディスへの感情を処理しきれていないからだ。腹が立つ、しかし自分の才能がないのは事実。自分にもっと目を見張るほどの才能があれば、こうはならなかったのではないか。
そんな複雑な胸中を、言葉には出来なかった。
「俺はオヤジが冒険者でさ。男なら冒険者だ!なんて言われて放り込まれて……まったく嫌になっちゃうよ」
「未踏破地帯"世界の果て"……その先には何があるのか。自分で解き明かしてみたくてね」
「思うに、まだまだ資源が足りてないと思うんだ。食材や魔石、鉱石然り。だからこれからの時代は僕らが供給すべきだと思ってる」
ディモスが言った通り、若い受講者が多い。中には消極的な人間もいるが、ほとんどが意欲を見せている。初めて同じ志を持つ人間と話せて、リティは大満足だった。
だが、ここで喜んでばかりもいられない。5級への昇級はもちろん、平行して剣士としての実力も磨かなければいけないからだ。
6級では掃除やペット捜索、店の手伝いといった依頼しか引き受けられない。とはいえ、これらをこなしておくのも経験の糧になる。
今のうちに街の人間と信頼関係を築いて、コミュニティの幅を広げるのも大切だ。つまり、やる事は山積みだった。




