リティ、召喚師ギルドを訪れる
王都内にある召喚師ギルドの門構えは、城と見間違うほどの大袈裟なものだった。
三角、円柱などの統一性のない屋根や少ない窓が大きな特徴として目立つ。王都の平民街の外れで、明らかに異彩を放っている建物である。
「さて、堂々と行くわよ」
「カタラーナさん。具体的に何をするんですか?」
「事と次第によってはぶっ飛ばす」
「ぶっとばす!?」
カタラーナが扉を蹴り開けると、受け付けにいた女性がぎょっとする。三角フードを被った美人は、乱暴な来訪者に対して即対応した。
女性が片手の杖で空中に何かを描くと、白い体毛の一角獣が出現する。馬の頭部に生えた一本角が特徴的なユニコーンだ。
「ユニコーン程度じゃ私は止められないわよ。それより支部長と話がしたいの」
「乱暴な方と会わせるわけにはいきません」
「本部の調査よ」
カタラーナが冒険者カードを提示すると、女性が血相を変える。慌ててユニコーンの前に出ると、大きく一礼した。
「これは失礼しました! そ、それで当ギルドが何か……?」
「支部長に会わせなさい」
そそくさと道案内する女性の横で、ユニコーンを撫でているリティ。ブルルン、と鼻を鳴らしてリティになつく姿は女性を驚かせる。
「珍しいですね。ユニコーンが私以外になつくなんて……」
「召喚魔法ってすごいですねぇ! 私も使ってみたいです!」
「ユニコーンとの契約条件は純潔である事だけですので、おそらくあなたでも契約できますよ」
「じゅんけつ?」
「はい、次つぎー!」
何かを誤魔化すにようにカタラーナが奥へ進む。純潔を散らせば契約違反となり、その一本角が深々と刺さる。
女性もカタラーナも、リティにその説明はしない。ユニコーンとじゃれ合う純潔な少女に、不純な知識を与える必要はないと判断したからだ。
一方でクーファは自分が窃盗に手を染めた身であるという理由で、ユニコーンとの契約はできないと落胆する。彼女もまた純潔だった。
* * *
通された支部長室にはリティが理解不能な品々が陳列されていた。用途不明のアイテム達が、一行を囲む。
その中で椅子に座り、机に肘をついて両手を組んでいる初老の男が一人。魔術師風のローブをまとい、垂れ下がるナマズのような髭が特徴的だ。男がカタラーナ達を笑顔で迎える。
「ようこそ。わざわざ本部の方が直々にお越しとは、何用で?」
「このクーファちゃんが、悪魔を召喚していたのは知ってるわね?」
「えぇ、それはもう。何の知識もないはずの子どもが、召喚術を成功させたのですからね。当ギルドの看板となり得ます」
「この子に悪魔族について何の説明もしなかったの?」
「はて、食い違いがありますな」
支部長は髭を指で撫でてから、クーファに湿った視線を送る。その視線から避けるようにして、クーファはリティにくっついた。この様子から、リティはこの支部長があまり良い人物ではないと目算する。
「もちろん十分に説明しましたよ? そちらのクーファも知っているはずです」
「悪魔族はその名が性格にも反映されていて、契約して身も心もボロボロにされた人間が大勢いる。うまく付き合ってるのもいるけど、取り扱い難易度が高すぎるってのも?」
「はい、そうですよ。幸い、彼女が契約した悪魔は下位なので大事には至ってない様子ですが……」
「あんた、舐めてんの?」
支部長が身を引き、カタラーナに圧倒される。机に手をついたカタラーナが、支部長の鼻先まで顔を寄せた。
「一人の少女が誰ともほとんど交流できてない。誰も疑わないどころか、全員で賞賛する。よく召喚した、と」
「し、しかしですな。召喚師の契約内容にまで踏み込むのはマナー違反であり」
「そんなマニュアル仕事なら、誰でも出来るってのよ。こんなのが支部長じゃ、まともな冒険者が育たないわけだわ」
「……聞き捨てなりませんな」
支部長も負けじとカタラーナを睨み返す。一触即発な雰囲気で、リティは今のやり取りについて考えていた。
剣士ギルドの支部長と話していた時の温かみ、重戦士ギルドの支部長のような荒々しさの中にある優しさも感じられない。この支部長はどこか冷たいというのが、リティの第一印象だった。
「それで私にどうすべきだったと?」
「それを聞いちゃう? 契約内容を確認して、それがクーファちゃんの為になるか。今後、育つかどうか。他に適当な召喚獣はいなかったか。パッと考えても、これだけあるんだけど?」
「過保護ですな。普段は厳しい事を言っておきながら、私にそれを求めますか」
「それがあんたの仕事だっつってんだろ。下請け風情が」
「……さすがに口が過ぎますな。おぉい!」
支部長が手を叩くと、部屋に数人の召喚師が入ってきた。物々しい雰囲気の中、リティは警戒態勢だ。
支部長が実力行使に出ようとしているのが明白な以上、自衛しない理由がない。
「あんたみたいなのが居座っていて、こんな真似するわけね。こんなギルドでまともな冒険者が育つとは思えない」
「いかに本部の方といえど、支部長への暴言は控えていただきたい」
「あんた達はあんた達で、本気で私をどうにかしようと思ってるの?」
「う……」
カタラーナの圧で、召喚師達が怯む。リティは純粋にカタラーナの底力に目が釘付けだ。教官であろう彼らを寄せつけていない。
「なんで私が遥々、本部から王都に来たのかわかる? あんた達が育てた冒険者を審査してるのが私なの。未踏破地帯へ行ける人材が一人でもほしいの。遊びじゃないのよ? わかる?」
「そ、それは、承知しております」
「だったら全力でやれよッ!」
支部長の顔面にカタラーナの拳が直撃した。特級のパンチを受けた支部長が顔面を血だらけにして、席からずり落ちる。ぶふっ、と鼻血を漏らしながら支部長は床に這いつくばった。
「こんな将来有望な逸材をあんたが潰すところだったんだぞ! えぇ?! なぁ!」
「お、おちづいで、くだざい」
「リティちゃんと出会わなかったら、どうとでもなってた! 本部が全力で取り組んでる横で、その椅子を温めてただけか?!」
「ずみまぜん、ずびばせん……」
カタラーナの怒声はリティにも肌で伝わってきた。あまりの豹変ぶりに、当事者でないリティすら軽く恐怖を覚える。
クーファなどはもはやリティと密着状態だ。あまりの怖さに涙すら見せている。
「で、こいつらはどうすんの?」
「お、お前達、下がってよい……」
支部長が指示を言い終えるかどうかの段階で、教官達はそそくさと部屋から逃げる。
床に這ったままの支部長に、カタラーナはしゃがんで語りかけた。支部長は涙を流しながら、手で鼻を抑えている。
「あんたは一度、他のジョブギルドに研修に行くべきね。ここからだとトーパスの街がお勧めよ。あそこのトップはよく出来てるもの」
「は、はひ……」
剣士ギルドの支部長はロガイのような人間も最後まで信じようとした。しかし最終的には冷酷な判断を下したのだ。それは当然ながらギルド全体の為、人の為である。
重戦士ギルドの支部長もスカルブの巣にて、率先して後輩に休憩を譲った。それも人の為、何より後進を大切に思うが故の判断だ。
教官達の個人に対する指導も行き届いている。人をよく見ている。人を人として見ているか、それも上に立つ者としての資質であるとリティも確信していた。
「ところでさ。一つ、提案があるんだけど」
「なんでしょう……?」
「私にここの施設を使わせて。それでクーファちゃんとリティちゃんが適切な召喚獣を召喚できるように指導する」
「は……それは、つまり、どのような?」
「あんたの体たらくを見せつけてやるのよ。これが私からあんたに出来る唯一の善行よ」
この状況で支部長に選択肢があるはずもない。何度も頷いて了承した。
リティとしても願ったり叶ったりだ。支部長への同情がない事もないが、基本的には自身の向上を優先するのが彼女だった。
「それでね、あんたのところの召喚師と対決させるわ。もちろん選出はそっちに任せる」
「本気で……?」
「あんたとしても、悪くないと思うけど? だって悔しいでしょ?」
「わ、わかりました……いいでしょう」
「というわけです、二人とも」
ほとんど巻き込まれたようなものだが、リティに不満はない。クーファのほうは、もはや話についていけてなかった。
半ば放心状態で立ったままだ。カタラーナが目の前に手をかざすが、反応がない。
「ちょっと刺激が強かったみたい」
「私はともかくクーファさんは望まないのでは?」
「あなたはともかく、この子のほうは今のままだと死ぬわよ。もちろん嫌ならやめてもいいけど、この様子だと返事がもらえないわ」
「クーファさん、クーファさん」
ゆすっても揺れるだけだ。仕方がないのでリティは彼女を背負って、部屋の外へ連れ出す。
一行が出ていった後、支部長が机にしがみつきながら憎々しくドアを睨んだ。
「クソォ……調子に乗りおって。あの女に召喚師の何たるかが理解できるわけがない。フンッ!」
腹いせに椅子を蹴り飛ばした後、支部長は何かを閃いた。クククと笑い、片手から出したのは立ち昇る炎だ。
「選出は自由だと? それはつまり私も含んでいるというわけだ。バカめ……。私の召喚獣が何かも知らんだろうに……」
その炎がぐるりと支部長の周囲を巡る。その得意気な動きは支部長の心とリンクしているかのようだった。勝機を見い出し、カタラーナを潰す算段が立ったのだ。
「いい機会だ。あのキチ〇イ女を徹底して潰す」
炎に照らされた支部長の笑みは、まるで悪魔のようだった。




