リティ、巨大モグラと戦う
暗闇なので、朝日が昇ったかはわからない。仮眠を取りつつ警戒していたので、完全な休息とはいえないがリティとしては十分だ。
背筋を伸ばした後、リティは隣ですやすやと寝息を立てている少女を見た。その際にフードがめくれて、頭部の全容が見える。
オレンジ色のショートヘアに幼い顔立ち。そして背丈からして、やはり自分より歳は下だとリティは判断した。
「起きて下さい。そろそろ出発しますよ。カタラーナさんも待たせてるはずです」
「んむぁ……」
謎の声を出して、少女がのっそりと起きる。寝ぼけた目をこすり、リティを確認すると軽く頭を下げた。
後片付けをして、再び洞窟を歩き出す。このまま進んでも地上に出られる保証はない。リティとしてもこれ以上、時間をかけるのは避けたかった。
「何か音が聴こえますね。かすかに揺れているような……」
ここでリティは、昨日の化け物モグラを思い出した。ライトで照らされた洞窟の様子を見ると、真新しい岩壁や土とそうでない部分がある。
前者は化け物モグラによって掘り進められたのだとリティは解釈した。
「昨日のモグラの魔物が他にもいるかもしれません。こちらを進みましょう」
真新しい方角は避けて、天然で出来たほうへと進む。尚且つリティは単純に考えて、地上である上へ続いている道を選んでいる。
時々襲ってくるスティールバットを退治しつつ、リティは音を気にしていた。
「どんどん近づいてますね。このモグラの魔物、わかりますか? 王都に着いてから、すぐにカタラーナさんのところへ来たのでチェックしてないんです」
「ふ、深き、底の暴掘主……に、2級」
よりにもよってネームド個体がいると、少女の口から判明する。通常個体でもおそらく3級だとリティは予想した。
本来なら冒険を楽しみたいところだが、カタラーナの事を考えるとリティにも必然的に焦りが生じる。あのカタラーナ相手となれば、時間をかけるほど不合格のリスクが上がるからだ。
「急ぎましょう」
音から逃れようと、リティは歩みを進める。根拠はないが地上へと続いている感触をリティは感じていた。少しずつ上へ上へと向かっている。それに伴って、ついには壁側から音が聴こえた。
「来るッ!」
少女を抱えたまま、リティがその場を離れた。そこに地の壁を炸裂させて登場した音の主。頭部のサイズがリティの胸ほどの高さに迫る。
冒険者によって負傷させられた片目の傷が目立つ。つまり目を負傷させても、この魔物を討伐するに至らなかったわけである。
「お、大きい! これがネームドモグラ!」
通常個体でさえ、リティの百裂突きを弾いたほどだ。ネームドとなれば、少女の協力が必要不可欠となる。
しかし彼女は一向に召喚しようとしない。それどころか、パニックになってあらぬ方向へ逃げ出そうとする始末だった。
そこへ目を光らせた深き底の暴掘主が、爪を伸ばす。
「ていやぁっ!」
羽靴の瞬発力も相まって、魔物の腕に的確な一撃を与える。意図してないだろうが、少女が囮になってくれたおかげだった。
洞窟内の壁を蹴り、より機動性を活かす事が出来る。が、リティは決して油断しない。的確とはいえ、もちろん致命傷に至ってないからだ。
「あの悪魔を召喚して下さい」
「え、えと、えっとえっと」
完全に頭が状況に追いついていない。巨大モグラがわずかに構え、リティは突進を予感した。
少女を抱きかかえて逃げに徹するが、その図体の突進はリティの体を跳ね飛ばした。抱えていた少女は無事だが、リティは激痛で悶えている。
「落ち着いて下さい……。私が守りますから、どうか召喚を……」
「すみません、わたし、ひとりだったから……。人がいると緊張して、体が……」
ようやく聞き出せた真意にリティは安心した。なんだそんな事かと思うほどだ。
とはいえ、あのモグラ相手に悠長な事はしていられない。リティは少女をお姫様抱っこして走った。
「わわ、わっ、わー!」
「ひとまず落ち着きましょう!」
リティはそのまま走るが、地中の主相手に逃げ切れると思ってない。ほんの少しだけ時間を稼ごうとしている。
曲がり通路を走り、更に曲がり。いかに地中の主といえども、羽靴の恩恵を受けたリティをすぐに捕捉できなかった。しかし、それも時間の問題である。
深き底の暴掘主は、すぐに穴を掘り始めた。リティはそんなわずかな時間の間に、少女の緊張をほぐそうとしている。
「お名前を教えてください」
「ク、クーファ……」
「クーファさん。私にはこうする事しか出来ません」
「え……わふっ」
リティがクーファを抱きしめた。それはイリシスがリティにやってみせた事だ。人肌と温かさを感じさせる。リティがそうされた時、よりその人を感じられて安心したのだ。
抱擁という愛情表現によって、この短期間でクーファを安心させようとリティは考えたのだ。
「わ、わっ……」
「クーファさん、この状態で召喚できますか?」
「……は、い」
クーファが短く詠唱を終えると、渦を描いて尻尾から順に悪魔が出現する。悪魔はあくびをしながら、二人を見てわずかに顔を歪ませた。
「おいおい、クーファよ。そりゃどういう事だ?」
「あっ……!」
クーファが慌てて離れる。同時にまたも地の壁の破壊音が聴こえた。少し先に現れた巨大モグラが、こちらに頭を向ける。悪魔はモグラを見据えるが、攻撃しない。
「クーファさん! 悪魔に攻撃のお願いを!」
「違反、しちゃった……」
聞き返す間もなく、暴掘主が迫ってきた。リティが果敢に動き回り、攻めるがやはりガードが固い。そして長い爪の先端がリティの脇をかすり、出血させる。
「あぐっ……!」
「あ、あぁっ……」
「クーファ、さん……悪魔に、命令を……」
「バ、バフォメット! こ、攻撃して!」
バフォメットと呼ばれた悪魔は、つまらなそうにクーファとリティを一瞥する。この瞬間、リティは悟った。
この悪魔はクーファに完全に使役されていない。それどころか、何かおかしい。
しかしそれを考えている暇はなかった。悪魔を当てに出来ない以上、自分が何とかするしかないとリティは激痛を堪える。
「リティさん、ごめんなさい……ぜんぜん私、ダメで……」
「これも冒険です!」
「え?」
リティはまた攻めを展開する。ダメージがあるにもかかわらず、動きが鋭い。それでも爪によるガードは突破できないが、リティは二つの勝機を見つけた。
突然、攻めるのをやめてクーファを抱えてまた走り出す。
「何を……」
「いつも万全の状態で戦えるとは限りません。今回はたまたまクーファさんがいただけです」
「でも……」
「安心して下さい。今ので勝つ方法がわかりました」
「え?!」
羽靴がなければ、一人を抱えたまま逃げる芸当など出来なかっただろう。
リティは巨大モグラの次の動きを予想した。きっとまた地中を掘り始めるはず。そしてこちらの位置を嗅ぎつけて、また現れる。
ここからは集中力の勝負だと、リティは目を閉じた。地中を掘り進める音で、リティは巨大モグラの大体の位置を予想する。立ち止まり、クーファを降ろしてまた耳を澄ませた。
「……ここッ!」
暴掘して姿を現した巨大モグラの側面にリティはいた。傷ついた片目側に立ち、片手槍によるスパイラルピアースを打ち込む。
イリシスに買ってもらった高級槍だ。それは巨大モグラの頭蓋をいとも簡単に貫通する。
「まだまだッ!」
ここでリティは手を緩めない。追い打ちの百裂突きは巨大モグラを完膚なきまでにズタズタにして、動きを停止させた。だらりと流れた大量の血が、リティに勝利を実感させる。
「はぁ……よかった」
「すごい……ど、どうやって……」
「二回目に飛び出してきた時、私達のすぐ先にいましたからね。あの魔物も完全に私達の位置を特定できているわけではなかったんです」
一息ついた後、リティは目ぼしい部位を斬り取る。爪や毛皮、念のために肉も調達した。
クーファはただ驚くばかりで、リティの言葉を理解するのに時間を費やしている。
「えっと……つまり?」
「何度もあの魔物が掘り進む音を聴いてましたし、後は勘と集中です。こっちもあちらの位置を特定して、死角になってる傷ついた目のほうを狙ったんです。攻撃した時、傷の目側の反応がわずかに鈍いとわかりましたから」
「……そんな」
言うのは容易いが、リティのそれはもはや人間の域を超えていた。たとえ1級や特級だろうと、聞けばその超越芸に感嘆しただろう。
もはやクーファはリティが何を言ってるのかわからなかった。それより今は助かったと安堵するのが関の山だ。
「早く出ましょう。出口は絶対にどこかにあるはずです」
「はい……」
「あー、待ちな!」
悪魔ことバフォメットが飛んできて、リティ達の進路を妨害する。身構えたリティを忌々しく睨み、舌打ちするバフォメット。
リティもまた、この悪魔との対峙は避けられないと予感していた。何故なら、クーファの謎の行動はすべてこの悪魔に起因していると確信しているからだ。




