リティ、地下を進む
リティはまず周囲を見渡す。落下による衝撃は思ったほどではなかった。それほど深くないのかと見上げると、かなりの高さだ。
ジャンプで飛び乗って上がれるかと考えたが瓦礫の足場が安定せず、危険と判断した。
ここはどこなのか。リティはすぐに起き上がって、大声で地上へと叫んだ。
「カタラーナさーん!」
返事がない。声が届いてないのか、すでに救助を呼びにいったのか。
しかし、そこでリティは思い直す。あの性格だから、ここで死ぬようなら3級の資格なしとして不合格にされかねない。
カタラーナに関してはうんざりしたリティだが、それはそれとしてこの状況だ。声の反響っぷりからして、案外広い。
「フードマフラーの人ー! 無事ですかー!」
一応、安否を確認したがやはり返事がない。しかしここで、普通に話しかけても反応がない人物だと思い出した。
完全に一人だとわかったところで、リティは洞窟を進む。ロマに教わったライトの魔法を使い、辺りを照らすと鍾乳洞のような場所だとわかった。
「わぁッ!」
頭上から奇襲されて、リティは転がってかわす。ライトの魔法を当てられて反応したスティールバットだ。
5級の魔物だが、これも群れをなす。1匹見れば、そこら中に10匹。バサバサと羽ばたいて、一斉にリティに向かってきた。
標的が小さい上に飛ぶので、リティは対処を間違えないよう冷静になる。多少の素早さはあるが、しょせんは5級だ。ゴブリンと同じく、リティの脅威にはならない。
「ふぅ……」
リティは壁に手をつき、ライトの魔法を消した。節約の意味もあるが、今のように襲われるのを防ぐためだ。
それにリティの少ない魔力では、持続に限りがある。洞窟の壁を手探りしながら慎重に進む。
あのフードマフラーの人物は無事だろうかと、リティは気にかけていた。何故、口を利いてくれないのか。嫌われているわけではないはずだとリティは確信している。
何故なら、ゴブリンから助けた時にかすかに頭を下げたからだ。世の中にはいろいろな人間がいる。その上でリティは焦らず、じっくりとコミュニケーションを取ろうと決めたのだ。
そこでリティは足を止める。何かが寝そべっているからだ。暗くて全体像はわからないが、頭部だけでもリティの腰ほどの高さがある。
無駄な戦いは避けるべきだと判断して、リティは羽靴でかろやかに頭を飛び越えた。
「フガッ?!」
魔物が起きて、リティはダッシュした。初動はライトで周囲の地形や魔物を把握。背後からの奇襲は巨大な爪だった。
ダークブラウンの体毛を纏うモグラの魔物だ。等級は不明だが、地の利は完全に向こうにある。しかも背後は行き止まりだった。リティは道を間違えたのだ。
「百裂突きッ!」
牽制の為に放ったスキルだが、モグラの爪によって弾かれてしまう。強い、リティはにやりと笑った。
この追いつめられた状況で、しかもこの魔物だ。明らかに絶体絶命なのだが、リティは笑えたのだ。それはあのニルスと戦った時とまったく同じ高揚感だった。
「このガードの硬さに加えて、恐らく突破力もある。モグラだから掘り放題。だったら……」
リティが起死回生の案を思いついた直後だった。巨大モグラが側面から爆発して、一瞬で各部が千切れ飛ぶ。爆風でリティも壁に体を打ちつけてしまった。
「一体何が……」
左手方向に、あのフードマフラーの人物が立っていた。そして横にいるのは、見慣れない魔物だ。
猿のような顔に角が生えて、背中には大げさなコウモリのような翼。猫背の姿勢でしゃがみ込むそれは、悪魔と呼べるものだった。
「そ、その魔物は?!」
魔物とフードマフラーの関係性は不明だが、ひとまず襲う気配はない。フードマフラーの表情は不明だが、悪魔はにやけている。
そして尻尾をしゅるりと振って、フードマフラーの足を軽く叩いていた。
「フレッケッケッ、助けてやったんだからよ。感謝しな?」
「はい、ありがとうございます。あなたは?」
「オレはこいつの召喚獣さ。まぁ悪魔なんだけどな」
「悪魔ですか……え、という事はその人は召喚師?!」
フードマフラーは肯定しないが悪魔はそうさ、と一言。思わぬところで出会った事で、リティは質問を重ねたい衝動に駆られた。
しかし、おそらく答えてくれない。今も顔を逸らしている。
「ではあなたはその人に召喚されたんですね」
「その通り。こいつは運がいいぜ? 俺みたいな大悪魔と仲良しになれたんだからな」
「運ですか」
「召喚魔法は難しくてな。目的の奴が召喚できりゃいいが、下手すりゃ命を取られる事もある。それでなくても人生、ぶっ壊れたりな」
「そ、そんなに大変なんですか」
イリシスにお勧めされた召喚師であるが、リティは少し考え直した。そんなリティを見透かしたように、悪魔はまた笑う。
「強い召喚獣や力との契約には、それだけでかい代償がある。ま、オレは優しいから格安で契約してやったんだけどな。なー?」
「格安?」
悪魔がフードマフラーに同意を求めたが頷かない。リティはその様子にかすかな違和感を覚えた。観察するが明確な答えは出ない。
いずれにせよ、彼女が助けてくれたのは事実だ。しかもあの悪魔の力も目の当たりにしているので、リティは追及しない。
「いつまでもオレがいると、やりにくいだろうからな。必要になったら呼べよ。じゃあな」
そう言って、悪魔はひゅるりと渦を巻くようにして消えた。静まった洞窟内をフードマフラーが歩く。
リティはあえて隣を歩き、その顔を伺おうと覗き込む。そこで気づいた。この人物がまだ少女で、自分よりも年下かもしれないと。わずかにリティから目を逸らし、前へ向こうと努めている。
「あの悪魔、強いですね。召喚師って皆さん、あのくらい強いんですか?」
またもリティのひとり言になる。しかしリティは構わず言葉を続けた。少女の真意を少しでも探りたいと思ったからだ。
「この洞窟、どこまで続くんでしょうね。私、前にスカルブの巣に潜った事があるんですけどすごかったですよ」
延々と語るリティに、フードマフラーは反応を示さない。それどころか顔を伏せている。そのせいで躓いて転びそうになったところを、リティに支えられた。
「前を見てないと危ないですよ」
「あ、ああ、ありがと……」
少女がか細い声で謝罪らしき言葉を口にした。しかしその直後、ものすごい勢いでリティから離れてしまう。あえて距離を作って、早歩きだ。
「私も助けてもらいましたし、感謝です!」
歩行速度がより早くなる。また躓くと危ないと思い、リティが一瞬で追いつく。その際にかなり驚いたようだ。
そこで初めてリティのほうを見た。ニッコリと返すリティだが、やはり目を逸らす。
ようやく返ってきた返事だけで、リティは満足した。ひとまずこれで、溝がないとわかったからだ。
「やっぱりライトがないと危ないですね。あの、もし魔物が襲ってきたら戦いましょう」
こくり、と今度は頷いて答えた。相変わらず声は出さないが、これでも大きな進歩だ。
嫌いならそれで構わないとリティは思っていたが、あえて嫌われたいとも思ってない。
ましてや歳が同じか近いとあっては、出来れば親しくなりたいと願っているのだ。
「そういえば、もう夜ですね。早いうちに野営ポイントを探しましょう。暗い洞窟内ですが、日が昇ればどこかから光が差し込むかもしれません」
見知らぬ洞窟内だが、講習やスカルブの巣での経験によって野営ポイントは容易に探せた。
ただし化け物モグラの件もあるので、あの時よりも安全性は劣るとリティは危惧している。
リティが夜食の準備を始めると、少女も手伝ってくれた。
「手慣れてますね」
せっせと準備を終えた少女が、小鍋を火にかける。コトコトと煮込んだ簡易食をカップによそい、リティに渡した。
リティは迷わず、口にする。
「おいしいですね! 何か工夫してるんですか?」
「……砂糖」
「砂糖ですか。私はいつも普通に煮てました」
相変わらず声はか細いが、今はリティの目をジッと見つめている。良い兆しだと判断したリティは思い切って隣に移動した。その途端、びくりと震えて離れてしまう。
「あの……ごめんなさい」
「……あ」
やってしまったとリティは後悔した。今ので嫌われてないか心配だったが、少女はまたちらりとリティを見る。そして顔を伏せてしまった。
真意がわからないもどかしさはあるが、リティは焦らない。それでなくても、ここは未知の場所だ。互いの協力がなくては、出られない可能性すらあった。
戦闘時に影響が出ない程度には、リティは距離を縮めたがっている。
「見張りは私がやっておきますから、お休みしていいですよ」
今のリティに出来る事はこの程度だった。もそもそと寝入った少女を見ながら、あの悪魔を召喚すればいいのではと思いつく。
しかし、それを頼むのはやめておいた。あの悪魔を見ていると、いい予感がしない。たったそれだけの事で、リティは仮眠ついでに見張りをする選択をした。




