リティ、冒険者登録をする
老夫婦から貰った金を手にしたリティが朝一に向かったのは、冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドへの登録料金を支払う必要がある為、先日の収入はリティとしてもありがたかった。
世界各地に展開している冒険者ギルドという組織は途方もなく大きい。今だ未踏破地帯を多く残す世界にとって、国家戦力だけでは足りないのが現状だ。
前人未到の地には、人類に多く貢献できる情報や資源が眠っている事がある。アルディス率いるユグドラシアが制覇した"世界の底"もその一つだ。
地下に眠る未知の資源、古代文明の謎の解明など世界各国に衝撃を与えた。目覚ましい功績を挙げた冒険者の中には国の重要ポストに就いたり、数代に渡って暮らせる富を得た者も少なくない。
今や冒険者産業時代とも言われ、各国や組織の注目の的ともなっている。
「こんにちは! 冒険者登録をお願いします!」
「冒険者志願、ですか」
「はい」
リティのような少女の志願者も、ここ最近では珍しくない。冒険者の代名詞ともなったユグドラシアも、ほとんどが20代前半で構成されている。
受け付けの女性としては内心、憂いていた。もちろん、優秀な冒険者が出るのはいい事だ。しかし、命を落とす者も少なくない。
ましてやこんな年端もいかない女の子が冒険者を目指す時代かと、女性は心の中でため息を吐いた。
「わかりました。ではこちらの用紙に必要事項をお書き下さい。その後、説明に入ります」
「名前と出身地と……ジョブ?」
「剣士、重戦士、弓手など、あなたのジョブをお書き下さい」
「いえ、何もないです」
「それではノージョブですね」
聞いた後で、用紙にその主旨が書かれていた事に気づいた。恥ずかしくなったところで、提出する。
ギルド内で報酬の清算を行ったり、戦果を肴に盛り上がってる冒険者達が少しずつリティという小さな存在に気づき始めた。
「実績証明書をお持ちでしたら、飛び級制度のご利用が可能ですよ」
「それ、何ですか?」
「以前にどこかで勤めていて退職された際に発行されるものです。戦闘での実績があれば、こちらの審査の上で昇級試験を受けられます。見事、合格すれば場合によっては3級からのスタートも可能です」
「へぇ~、なんかすごいですね」
田舎者、初心者丸出しのリティはある意味で目立っていた。周囲の好奇とは裏腹に、リティは冒険者登録という第一歩への期待で胸がいっぱいだ。
「等級について説明します。等級とは冒険者としての実績を表すもので、高いほど高難易度の依頼を引き受けられます。先程、説明した等級がこちらになります。ただし6級は魔物討伐を引き受けられません。各昇級については認められ次第、昇級試験を受ける必要があります」
6級 見習い期間。必要技術の習得、いずれかのジョブの称号獲得が義務付けられる。
5級 最低限の技術を習得した冒険者。討伐依頼も引き受けられる。
4級 冒険者ギルド支部が認めた冒険者。
3級 冒険者ギルド本部が認めた冒険者。
準2級 準2級への昇級試験合格を果たした者。
2級 特定組織の要人や貴族が認めた冒険者。
準1級 準1級への昇級試験合格を果たした者。
1級 一国の王族が認めた冒険者。
特級 複数国家の王族が認めた冒険者。
超級 すべての国家が認め、尊重する冒険者。
「この準2級というのは?」
「2級の条件は昇級試験に合格して、尚且ついずれかの要人などに認められる必要があります。合格しただけだと、準2級です。ちなみに、かの有名な英雄アルディス率いるユグドラシアは"特級"に認定されていますよ」
リティは6級からのスタートだ。ここで戦闘や魔物解体、野営の知識などを叩き込まなければいけない。その他は依頼人への心証を悪くしないマナー作法など、最近の冒険者事情も厳しくなっている。
「必要技能などは各ジョブのギルド内にある修練所で学べます。自分に合ったギルドを選ぶといいですよ」
「さっき仰っていた剣士や重戦士といったものですか?」
「はい。ただし剣士と重戦士以外のギルドはこの街にありません。王都ならば盗賊ギルドと暗殺者ギルド以外、一通り揃ってます」
「シーフ! アサシン!」
「まぁ、一応、あくまでジョブですから」
あくまで戦闘技術としてのジョブであって、本質ではない。頭ではわかっていたが、リティにはやはり刺激的であった。こうしたサプライズすら、彼女は楽しんでいる。
「ではこちらが冒険者カードになります」
名前:リティ
性別:女
年齢:15
等級:6
メインジョブ:なし
習得ジョブ:なし
貰った冒険者カードを両手でつまんで、掲げる。夢にまで見た冒険者になれた。その感動で、涙すら出そうになる。
しかし感動している場合ではない。まだ憶えなければいけない事、やる事は山積みだ。受け付けの女性の咳払いで、リティは我に返った。
「6級がすべき事はまず冒険者の基本的技術の習得です。まずは最寄りのジョブギルドへ行って下さい。自分が目指すべきジョブ……と言われても、わかりませんよね」
「うーん……剣士もいいし重戦士も捨てがたい。うううむ!」
「シンシアさんよ、いい加減にギルドにも年齢制限を設けるべきだろ」
冒険者の一人が、受け付けの女性の名前を呼ぶ。髭を蓄えた中年の男だ。胸から腰まで覆った鉄製の鎧を着込み、テーブルには斧が立てかけてある。男がカウンターの側まで来て、リティを一瞥した。
「冒険者ってのは命をやり取りするんだろ。ユグドラシアの影響か知らんが、最近はこういうのが増えて目に余る」
「ですが、この子と同じくらいの年でも立派に活躍されている方はいます。それに命や怪我に関しては自己責任で、当ギルドは一切責任を負わないと規約にも記されてますが?」
「そうじゃねぇ。もしこんなのが外でヘマをやらかせば最悪、こっちの命にも関わるんだ」
「それは年齢とは無関係では? それに最初は誰でも6級です」
「俺が6級だった頃には、すでに20は過ぎていた。これはいくらなんでも若すぎだ」
「当ギルドへのご意見であれば、そちらの投書をご利用下さい」
埒が明かないと判断した男の矛先は当然、リティだ。軽く舌打ちをした男に対して、リティは頭を下げた。
「今日から冒険者になりました。リティです。至らないところはありますが」
「悪い事は言わん。やめておけ」
「それは嫌です」
「武器すら持ってないところを見るに、完全に素人だろう。この街の生まれか? どこから来た? 両親はいないのか?」
「武器は高すぎて買えませんでした。故郷はルイズ村です。両親は故郷で暮らしてます」
「ルイズ村? 聞いたことねぇな」
「武器もなしにここまで? 護衛でも雇ったのか?」
冒険者達が互いに憶測を語る。武器も買えないのに、護衛を雇えるわけがない。誰かがそう口にした時、リティへの好奇はより強まる。
4級冒険者である髭の男ディモス。悪い男ではない。しかし、3級への昇級試験にことごとく失敗している。そのせいか、ここ最近は鬱憤晴らしのせいで煙たがってる者も多い。
そんな男であるが、幾多もの依頼や討伐をこなしたのは事実だ。相応の風格があり、圧倒的な体格差で見下ろされたなら多少の萎縮はあって当然。だが。
「私は冒険者になって世界を見て回りたいんです。たくさん稼いで村の人達を安心させてあげます。ですから、すみません」
理路整然と述べたリティに、ディモスは口を噤む。リティにディモスへの恐れはない。世界レベルの冒険者達に囲まれていたリティにとってはディモスなど、まだ人間だ。
「私の夢ですので」
そう付け加えた時、ディモスは危うく後退しかける。彼女はありのままの答えを返しただけだった。
しかしこの少女のどこか、掴みどころのなさを感じた者がいる。かすかに肌寒さを感じた者がいる。
リティは笑っていなかった。彼女は無意識のうちにディモスを牽制していたのかもしれない。
自分の半生も生きてない少女に恐れを抱いたという醜態を、ディモス自身も認めたくなかった。
だが結局、不機嫌を露わにしてテーブル席に戻っていく。あのディモスが、そう思わせるには十分な出来事だ。
踵を返したリティが、受け付けに向き直る。
「それで剣士か重戦士ギルドに行けばいいんですね?」
「え? は、はい。そうですね。頑張って下さい」
「頑張ります!」
細かい事項が記載された冒険者マニュアルを受け取り、リティはギルドを出て行った。その後も尚、ギルド内は静まったままだ。3級の冒険者も含む中、全員が最後まで少女の後ろ姿を見送った。




