リティ、決着をつける
毒と超音波で瀕死のメンバーにリティが対応する。リーガルの指示で、手持ちの回復薬をすべて使用した。
支部長、片腕と出血により重傷。リーガルも外傷と衰弱により危険な状態だ。起き上がって女王に一撃を浴びせられたのが奇跡だった。
"爆拳"の異名を持つ彼であれば、本来なら女王相手でも後れを取ることはない。
しかし今回のような惨事に至ったのは、強欲商人ディビデ一行のせいだった。
「俺達が奴らに追いついた時には、すでに手遅れだった。あんな人間でも、死なれちゃ寝覚めが悪いからな」
リティが回復薬を処方している最中、リーガルは語った。ネームド"忠実なる執行刃"が逃げるディビデの護衛を追ったのは、彼が残り一人だったから。
リティのハメ技が効いたのは、他にも向かってくる連中がいたからこそだった。それを聞いたリティは、また状況に助けられたと理解する。
「まだディビデ達は生きていた。ただし、卵に養分を吸われて時間の問題でもあったがな」
10匹近いネームドから、彼らを救うのは至難の業だった。その際にリーガルが負傷した事で、戦局は一変。パーティが総崩れとなり、餌食となった。
ネームドが4匹に減っていたのも、リーガル達のおかげだ。自分達よりも遥かに厳しい条件で彼は戦っていた。
それを聞いたリティが、リーガルを助けたなどと実感できるはずもない。
「リーガル支部長に助けられました」
「お互い様だ。それより、他の連中はどうなってる?」
「一人殺されて……残る全員の応急処置はしましたが、早く適切な治療を受けないと……」
「……よく見りゃお前もひどい怪我だな」
女王に各所を食いちぎられ、リティも呼吸が荒い。肝心のライラも毒のせいで意識不明だ。
リティはどうすべきか悩んだが、一人で全員を外まで連れていくのは無理だと判断した。一人、二人ずつ背負うにしても道中にはまだスカルブが残っている。
その状況で戦闘など出来るわけもなく、彼女は決断した。
「私が街へ行って」
「グギギ……」
背後の擬音にリティは振り向く。女王が再び羽を動かしていたのだ。きっちり止めを刺したはず。1級相当の魔物を見誤っていたのか、リティは反射的にそこへ向かった。
しかし、女王の体は浮く。瀕死とは思えない飛行を見せつけ、リティとは反対の方向へ飛んだ。
「逃げる?!」
「瀕死で俺達は殺れないから、他の人間を襲うつもりだ! 補給でもされたら手遅れになる!」
武器は槍だけを持って、リティも駆け出した。全身の痛みで泣きたくなるところを堪えて、飛ぶ女王の背中を追う。
残っていたスカルブがリティを襲うが、それを跳び箱のごとくかわす。途中でふらふらと落ちそうになるも、女王の命根性は並みではなかった。
「逃がさない! 逃がさないッ!」
手負いの相手なのに、なかなか追いつけない。残してきた仲間の事もあり、戦っていた時よりも己の無力を感じた。しかし、嘆いたところでどうにもならない。
あの女王は確実にトーパスの街へ向かっている。リティは全身の細胞に呼びかけた。限界を超えてでも女王を討て、と。
「やぁぁッ!」
片手槍でのスパイラルトラストは、背中の羽にわずかに届く。チリリ、とスキルをかすらせて羽の一部が破れた。
女王が万全ならかすり傷ではあったが、今はわずかな速度低下すら命取りになる。そのおかげでリティも女王との距離を縮められた。
「巣の外……!」
外では朝日が昇っていた。少なくともリティ達は一晩中、戦っていたのだ。
朝の喧噪の中、依頼で駆け回っていた事を思い出す。元気に挨拶をすれば、返してくれる。モモルの実をもらえた事も、次の依頼を期待された事も。
街の皆の顔を思い出しながら、リティはスパイラルトラストの際に突き出した槍を斜面に引っかけた。槍高跳びで、速度が落ちた女王の真上に到達。
そのまま槍で追撃を放とうとしたところで、激痛が走った。
「あぐっ……!」
例えどこから血が出ようとも、リティは堪えた。追撃は未遂に終わったが、女王に飛びつく。リティの体重が加わったことで、女王は低空飛行を維持。
あと少し遅ければ、そのまま高度を上げられていただろう。
「ギギギッ! 落と、す……!」
「無理!」
ふらふらと飛んでいる様は、まさに虫の息だった。しかしここにきて尚、リティに乗られても飛ぶ力はある。
その生命力の高さに呆れる暇もなく、リティの眼前にトーパスの街が見えた。
いよいよリミットが迫る。ここまでやって止めを刺し切れず、犠牲が出るなど耐えれない。リティが槍を女王の首に回して、一気に力を入れる。
「グゲッ……」
「このまま落ちて!」
「ゲ、ガガ、ウ……」
ここで女王を締め落とせば、リティも共に落下する。しかし、そんな事に構っていなかった。
トーパスの街が鼻先まで来た時、視界の端に何かの集団が映る。それが馬に乗って武装した集団だと気づき、光明が見えた。リティは大きく息を吸って、大声で叫ぶ。
「助けて下さい! これがスカルブの女王です!」
その集団が王都からの増援だと確信したリティが助けを求めた。やっと駆けつけてくれたのだ。
これで巣の中にいる仲間も助かるかもしれない。今だ健在の女王ではあるが、ここが正念場だった。
王都からの部隊が、空中に漂う女王とリティに注目する。
「あれは女の子と……魔物?!」
「矢での援護は危険だ! あのままだと、街の中に落ちるぞ!」
部隊の中の一人が予想した通り、ついには街の上空にまで来てしまった。
何事かと、街の住民も空に注視し始める。リティが、見た事もない魔物と一緒に空を漂っている。それが次第に高度を落とし、ついには街の中にまで到達してしまう。
「ギ、ギギ、ここ、ニンゲンの、街……」
「ハァ、ハァ……!」
攻撃しないと。そう焦るほど、呼吸が乱れる。リティのダメージも蓄積していて、本来ならば戦える状態ではない。常識を超えたバイタルが、今のリティを動かしていた。
落下して立ち上がれない女王に何とか槍を向ける。血を吐こうが構わない。街の人は元より、その先には見知った老夫婦が不安そうに見ていたからだ。
逃げて、そう叫びたいが声すら出ない。
「リティちゃん……?」
「に、げ、ゲホッ……」
「ニ、ン、ゲン……」
女王が一歩ずつ老夫婦に近づき、リティも追う。槍を持つ手も上がらない。
警備兵が駆けつけるが、間に合うかどうか。最後の、本当に最後の一撃だ。腕が千切れてもいい。
「ニン、ゲ……」
満身創痍の一撃が、女王の背中に突き刺さる。甲高い悲鳴を上げた後、女王がその場に座り込んだ。リティと同じく、もう立てない。
集まる野次馬に逃げるように促したいが、リティにはその力すらも残されていない。
このまま力尽きるのが楽だとリティも悟るが、意地と気力がそうさせなかった。
「何だこれは?!」
「リティを介抱しろ! そこの虫の息に念入りに止めを刺しておけッ!」
「支部長、もう死んでます……」
剣士ギルド支部長と誰かのやり取りを聞いていたリティだが、この辺りが最後の記憶となる。意識が暗黒に落ちたが、片手槍だけは手放してなかった。
* * *
リティが目を開けて最初に見たのは、ロマだった。手を握り、俯いている。
頭や至るところに包帯を巻いてるところからして、彼女もきちんと治療を受けられたとわかった。リティが声を出す前に、ロマが気づく。
「気がついた……!」
「ロマさん……無事だったんですね……」
「こっちのセリフよ!」
ぶわりと大粒の涙を流し始めたロマに、リティは困惑する。ここにきて、ようやく自分は助かったのだと認識した。
スカルブの女王を追ってトーパスの街まで来た事。その後で真っ先に気にかかったのは女王である。
「じょ、女王は?!」
「警備隊が死体を管理しているわ。犠牲者は誰も出ていないみたいだから安心して」
「他の方々は!」
「リーガル支部長はまだ寝たきりだけど、命に別状はない。他の皆も、王都からの増援が来てくれたおかげで間一髪。それよりリティ、自分の心配をして」
リティは自分が3日以上も意識が戻らなかった状態だと、ロマから聞かされる。女王に一撃を与えて倒れた時、誰もが死んだと思っていたのだ。
病院に運び込まれた時も同様だった。それがみるみるうちに回復に向かい、医療従事者を驚かしたのがつい最近である。
「あの時、回復アイテムがもう少し足りてなかったら全滅だった。生き残ったのが奇跡よ」
「でも一人……」
「……今は休んで。私もようやく歩けるようになったところだもの」
見ればロマも包帯を巻いて、怪我の深度が伺える。彼女の怪我もひどいが、回復アイテムという延命があった。
それに対してリティは自身に使う前に女王を追ってしまったのだ。冷静になるにつれて、リティは幸運に感謝した。
そしてロマが未だ手を握ったままだと気づく。
「あの……」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「いえ、心配してくれたんですね」
「え、えぇ」
少しだけ頬を赤くしたロマが、慌てて手を引っ込める。そんなに恥ずかしがる事もないのに、とリティは思うも再び睡魔が襲ってきた。
「……おやすみ」
リティが寝落ちたのを確認して、ロマも自分のベッドへと戻る。これが夢ではなく、現実だともう少し実感していたい。リティもロマも、同じことを考えながら眠りについたのであった。




