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リティ、活路を見つける

 支部長のおかげで速度が落ちたとはいえ、女王は依然早い。動き回るのではなくて背中合わせで固まり、死角を減らす。

 この速度の前では前衛も後衛も無意味だった。重戦士(ウォーリア)ディモスやゴンザ、魔法使い(マジシャン)の青年。

 3人が同時に切り刻まれ、立っていたのはゴンザのみだった。ディモスが血を流して、青年に至ってはおびただしい出血量だ。

 ディモスはともかく、明らかに青年は絶望的だった。

 初めてパーティメンバーの死を実感したリティは、さすがに身が震える。ついさっきまで共にしていた人間の命が消えるという、冒険者の通過儀礼。

 これに耐え切れずに引退を考える者も多いが、リティは歯を食いしばった。


「今のは私が遊撃できていれば、もっと左に……」


 支部長が身を挺して自分に女王の行動を見せてくれた。それならば、今の彼の死も無駄にしてはいけない。

 驚異的な集中力を持って、リティは女王の攻撃を見切ろうと必死だ。それが功を成して、女王の細腕の初動を見極めてロマの命を救う。

 リティの剣が女王の腕を弾くも、斬るという結果は残せない。その細身に似合わず、女王は硬すぎるのだ。


「お前、やはり多い。子の餌、もったいない。お前……食う」


 雑な噛みつきの連続だが、リティは完全にかわしきれない。かすっただけでも、肉を持っていかれるのだ。

 それを飲み込んだ女王が身震いする。


「やはり、多い! 強い人間、いや。多い人間はうまい! これは……そう、カクベツというのだ!」

「段々と言葉がハッキリしている……」


 リティの疑問は誰もが持っていた。何故、スカルブがここまで流暢に人語を話せるのか。

 それは女王もまた学習したのだろう。これまでも餌にしてきた人間の影響か。その特異性を容認するならば、この魔物の等級は1級に止まらないかもしれない。

 今だから1級なのだ。明日には、数日後には。


「ロマさんッ!」


 再びロマへ細腕を突き刺そうとしたところで、リティの斧が炸裂した。腕に斬り込み、硬いはずの女王の腕を切り落としたのだ。

 一番驚いたのは女王だった。リティを"多い"と認識はしていたが、こうも見切られるとは。しかも、自分にダメージを与える手段を見つけ出した。

 この短期間で、自分の動きを見極め始めている。


「もう……誰も死なせませんから」


「うう、うくううあぁぁ……!」


 支部長に羽を貫かれ、今はリティに腕を切り落とされた。そもそも巣の中枢にまで侵入された挙句の話だ。

 女王となる前の女王は弱かった。他の女王候補にばかり餌を与えられ、自身には回ってこない。そんな状況であれば、同族だろうが食らう。

 自身よりも更に弱い卵を食らい、生まれたての子を食らい。同族食いは珍しくないスカルブだが、女王はひたすら同族のみを食らった。

 そんな女王は、いつしか巣の頂点として君臨する。自分は強い。魔物ながら、そう自信をつけた女王は躍進したのだ。


「ワタシは、弱く、ないッ!」


 女王の口から、スプレーのごとく何かが放たれた。反射的にかわしたリティだが、他のメンバーはそうもいかない。

 受けてしまい、間もなく効果が現れ始めた。ロマが両膝をつき、ゴンザが呻き。一瞬にして、ほぼ全員が戦闘不能となったのだ。


「皆さん?!」


「ど、毒だ……。ライラ、解毒の魔法は……」


 ゴンザに言われずとも、とっくにやっている。しかしライラの解毒魔法ではさしたる効果は得られない。

 それに彼女自身も長くはもたない状態だ。全員の呼吸が荒くなり、もはや戦う事も出来ないのは明白だった。

 リティは自分の心臓の高鳴りをしっかりと感じている。全滅がすぐそこに迫っていたからだ。

 友人のロマや世話になった教官達、支部長。その命の灯が揺らいでいる。


「リティッ! 焦るな!」


 女王をすぐに倒さなければというリティのはやる気持ちを、動けないながらも支部長が制した。雑な動きになれば、それこそ本末転倒だ。

 支部長の一喝で、リティの頭の中がクリアになる。助けられた。リティは、すでに立てない支部長に心の中で感謝した。


「おおぉ、やはり弱い。ワタシが一番」

「頑張って追い抜く!」


 一番という女王の発言を真に受けたリティが攻める。その最中、リティは自身の手札では女王を攻略できないとわかっていた。

 今ほどリティは頭をフル回転させたことはない。今までの些細な事柄を掘り起こし、わずかなヒントでも見つけようと努める。

 そして女王の口が開いた時、毒霧を警戒した。が、放たれたのは――


「キ¨イアアア¨ア¨ア¨アアア¨アアアアッ!」


 その奇声で、思わず両手で耳を塞いでしまった。巣の壁に亀裂が入り、メンバーの武具も同様だ。

 耳や鼻から血を流し始め、毒と超音波のダブルアタックで瀕死だった。

 武器を手放したリティを、女王が見逃すはずがない。再び食らおうと襲いかかり、リティも逃れようと身を引く。

 しかし、超音波のせいで反応が遅れたリティがかわせる道理もなく。その凶悪な口がリティの肩に触れる寸前だった。


「ブラストナァァァックルッ!」


「ンギッ!?」


 女王の側面が爆発して、吹っ飛ぶ。その一撃が効いたのか、女王はすぐに立ち上がれなかった。噛みつく直前だったせいもあって、女王は口から血を流していた。

 その間にリティは武器を拾い、攻撃の主を確認する。


「ありがとよ。おかげで何とか立てた」

「リ、リーガル支部長!」


 立てた、という言葉通りだった。筋肉質だったその体はだいぶ痩せて、今はまたふらつく。

 膝をつきかけているリーガル支部長に、リティは肩を貸そうとするが拒否された。


「お前はあいつを倒すんだ。俺も全然もたんぞ、これは……。他の奴らもやばい、すぐに治療しないと……」

「……はい!」

「いいな。泣き言はなしか」


 リーガルの言葉に、リティは無言で笑って肯定した。何せその勝機を見出せたのは、他ならないリーガルのおかげなのだ。

 礼を言いたいが、成功するまでは安心できない。だから、リティは短くリーガルに伝えた。


「やれそうですから」


 顔下半分を血まみれにしながらも、女王はリティとリーガルにぎらついた目を向ける。

 女王にとって、この二人はもはや食料ではない。憎悪すべきであり、殺すべき対象だ。


「もう二度と、毒なんて出させません」


 腕を失くし、羽を一枚失そうとも。絶対に殺す。生まれて初めて芽生えた怒りの感情に、女王は翻弄されていた。


「殺す!」


 などと女王が意気込みを叫んでいる余裕はなかった。何故なら、リティは口にせずとも向かっている。

 リティは今、この瞬間しかないと思っていたのだ。女王が怒りに支配されて、それが頂点に達した時だ。だからこそ、あえて"毒"と強調して挑発した。

 リーガルのおかげで思いついた、この一撃。リーガルによって女王は口を損傷した。あの硬い女王だろうが、弱点はある。自らの牙によって、自身を傷つけたのだ。

 リティを噛む寸前、リーガルによって浴びせられたスキルで女王は自身を噛んでしまった。何ともマヌケではあるが、そんなわずかなヒントで辿り着いたリティの勝機。

 女王が全力の攻撃を放つ時に、それを叩き込む。


「はぁぁッ!」


 女王が口を開けた瞬間、リティの蹴りが顎に直撃する。それは何かが放たれようとしていた瞬間だった。

 発射寸前で口を閉じられた女王の目や肛門部分から、じわりと何かがにじみ出る。

 人間のそれとは違うが、血だった。そして――


「ブハアアアァァァァァッ!」


 それぞれの穴から、パーティを壊滅に追いやった毒霧が噴出する。外に向かうはずの毒が、女王の体内で滞留して破裂してしまった。

 仮に女王が冷静であれば、違った結果になっていたかもしれない。しかし、怒りに任せた攻撃は寸前では止められなかった。

 ましてや、今の今まで予想もしてなかった攻撃である。


「ア、ギャ、アアアァ!」

「スカルブを観察していて、気づいた。あなたには鼻がない。体の構造まではわからないけど、穴が少ないのかなって。一か八か……成功してよかった」


 女王が自身の毒で死ぬことはない。しかし女王も人間同様、内側は柔らかかった。

 体内から破壊された女王はしぶとくも、また立っている。その体から流れる様々な液体もまた、人間を糧にして得たものか。

 リティが朽ちかけのスカルブの女王に対して抱いた、唯一の感情だった。


「ヨクモ、よく、も……」


 未練を口にしながらも、女王は前のめりに倒れる。流れる血、まだかすかに羽ばたく透明の羽。

 リティは女王に止めを刺そうと、剣を振り上げた。

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