リティ、スカルブクィーンに挑む
端にいるリーガル達の様子を数人が確認した。ディビデ達に植え付けられているのは、無数の卵だ。人間を栄養源として子に与えるスカルブという構図を想像して、全員が戦慄する。
リーガル支部長はかろうじて息があるが、他は絶望的だった。付き添った3級冒険者達はほぼ骨と皮だけになっており、卵すらない。すでに吸いつくしたという証だった。
せめてリーガルだけでも助けたいが、すぐ側ではあの巨大カマキリが目を光らせている。どうしたものかと、支部長はこの状況で必死に考えを巡らせていた。
「オォ、たくさんのニンゲン。良い」
全員が耳を疑う。今、目の前の魔物が喋ったのだ。当然のように二足歩行、数枚の透明な羽、幾重にも重なる牙。驚くべきはそのサイズだ。
一行の裏をかくように、スカルブの女王は成人女性とさして変わらない大きさだった。その体のラインも同様に、虫の魔物でありながら女性に近いシルエットとなっている。
「ワタシは知った。たくさん食べるにはたくさん、ないといけない。たくさん、それほどない。ワタシは知った。たくさんはニンゲンがある」
ぎこちない言葉ではあるが、その魔物は確かに人語で話している。人語を話す魔物自体はそう珍しくない。
ただしそれらは例外なく上級の魔物だ。最低でも1級以上、その事実を知る重戦士ギルドの支部長だからまだ事態を飲み込めた。他の者達はただ唖然とするしかない。
「ニンゲン、小さい。多いから、おいしい。食べれば、強い」
「小さいのに多いんですか?」
迷わず突っ込んだリティに女王が、彼女に無機質な目を向ける。そして上機嫌をアピールするかのように、歯を鳴らした。
「お前、多そう」
「来るぞッ!」
リティに、その言葉を理解する余裕などなかった。一匹でも厄介な忠実なる執行刃、それが3匹もいる。この状況を打破するには、圧倒的に戦力が足りない。
リティはまずリーガル支部長の救出が先決だと考えた。瀕死ではあるが最低限の回復をすれば、まだ戦える可能性がある。情け容赦のない仕打ちではあるが、この危機の前では気を使ってなどいられない。
「リティッ! 頼むぞ!」
その言葉の意味をリティは理解する。支部長としても、まだ4級の彼女に無謀な事をさせている自覚はあった。
しかしこの常識外の相手には、同じく常識外だ。まだ未熟ではあるが、もはや賭けるしかなかった。
「女王ッ!」
女王を狙っていることを他のメンバーに伝えるリティ。つまりやる事は先程と同じだ。
今回は相手が3匹とあって、自分一人では受け切れない。だからゴンザ達、熟練者達が連携してそれを担当する。3匹の猛攻を耐えれられるかどうか、それは誰もがわかっていた。
リティが攻め、逃げ、続いてロマを始めとした剣士が遊撃する。これまでの戦いを潜り抜けてきた者達の動きは、驚くほど洗練されていた。経験が冒険者達を強くして、この生存競争を勝ち抜くという意志を持っている。3匹のネームドに対抗する余地はあった。
わずかな時間だけでもいい。重戦士ギルド支部長がリーガルを助けて、彼を復帰させる。『次』がすべてだ。
「うあぁぁッ!」
「ジェームスッ!」
が、程なくしてジェームスが倒れてしまう。同僚の彼が命の危機に瀕して叫んでいるトイトーとは逆に、リティが魔物にスパイラルトラストを打ち込む。
ジェームスを倒した隙を狙ったのだ。一人倒して油断している、そのわずかな隙だ。熟練者である彼が倒されたショックなど、微塵も感じているようには見えない。トイトーは己を律した。
「へっ! ようやく気づいたか!」
支部長が女王を狙って走ったと、忠実なる執行刃は判断した。3匹全員がそちらへ向かう。そこへスキルを叩き込み、一匹の動きがようやく鈍った。しかし相手は合計3匹である。
2匹が大鎌を振れば、確実に誰かがダメージを受ける。それがゴンザであったり、ジェームスであったり。リティは気づいていた。今、この状況を維持するには熟練者が必要不可欠だと。
もし彼らが軒並み倒れたら、瞬く間に全滅する。『次』へ走る支部長がいよいよリーガル目前まで迫った。
「がはッ!」
女王の腕が、支部長の腹を刺していた。かろうじて急所は外していたものの、恐るべきはその速度だ。あの堅牢な支部長に接近して、いとも容易く攻撃できる敏捷性。その腕力。
彼を食らおうと、女王の口が肩にかかる。
「あああああぁぁぁぁぁぁッ!」
巣に響くのはリティの声だ。不意の大声には何であろうと反応する。わずかな隙を生む。それに加えて、女王めがけて突進してくるのだから嫌でも目を奪われる。
それも1匹の忠実なる執行刃によって阻まれてしまうのだが、少なくとも支部長は行動を起こせた。
「でかしたッ……!」
支部長が女王の顔面に拳を叩き込み、更に百裂突きで引き剥がした。その際に出血らしい出血がない女王のタフネスに驚くが、構わない。
支部長は手持ちのアイテムをリーガルに飲ませる。しかしその風貌からして、戦線への復帰が疑わしい。痩せて筋力が落ちているのが見て取れたからだ。
生みつけられた卵を潰したものの、手遅れでない事を支部長は祈った。
「子どもを、殺した。お前、殺す」
「うるせぇッ! 虫けらッ!」
雄叫びを上げて果敢に女王に挑む支部長。しかし、実力の差は歴然だった。最低でも1級の脅威を有する女王に、2級の彼が勝てる道理などない。
しかし、それでもよかった。このまま全員で挑んでも、恐らく女王相手では全滅は免れない。
「支部長! 援護します!」
「リティッ! 俺の戦いを見ておけッ! ついでにカマキリの相手もな!」
無茶振りという言葉がよく似合う。支部長は自分で口にしながらも、薄ら笑いを浮かべた。彼は4級のリティに賭けたのだ。その異様なまでの学習能力、身体能力、そして戦闘センス。
それはもはや異能と呼ぶべき域に達している。自分が持ちうる常識を彼女は簡単に打ち破った。ヤケクソともいえる。だが、賭けるしかない。
この場において、このクソッタレな状況を打破するには同じ常識破りをぶつけるしかない。
新人を守るのが務めだと言いながら、矛盾している己の行動に支部長自身も吐き気を催すほど嫌悪していた。
だが。それほどまでに。この相手は。
「ぐぁぁッ……」
「脆い」
支部長が片腕を抑えて膝をついた。その片腕から、ありったけの血が流れている。誰が見ても、使い物にならない。それをまさに見下す女王。
「リティッ!」
ロマが叫んだ時には、リティに忠実なる執行刃の大鎌が向かっていた。しかし、リティはごく自然にそれをしゃがんでかわす。そして立つと同時に疾風斬りで、腕を跳ね飛ばしてしまった。
「……ッ!」
「何を驚いているんですか。そんな暇ないですよ」
言葉が通じるかもわからない魔物に、リティは話しかけた。そんな暇はない、まさにリティとしてはその通りだった。
支部長が体を張って自分に女王の動きやパターンを教えてくれている。その最中、このカマキリを相手にしているのだ。ジェームスが倒れた際にも動じなかったように、リティはひたすら集中していた。感情すらも心の奥底に押し込み、目標以外を見据えていない。
それは他の者達も同じだった。腕を失ってうろたえた魔物に、攻撃スキルを叩き込む。
「オォ、オオオ、私の強い子が。なぜ?」
「てめぇもだ。そんな暇ねぇだろ」
支部長の大槍が女王の肩にヒットする。本来は両手持ちの大槍だが、支部長は片手で持ったのだ。火事場の馬鹿力か、はたまた意地か。
相変わらずダメージは見えないが、透明の羽を貫いた。
「よかったぜ。少しでも、その速度を殺せてよ」
「ニンゲン、弱いが、私、うけた。なぜ?」
そんな暇はない。リティは何度でも、心の中で呟いた。忠実なる執行刃の頭を、斧でかち割って止めを刺した時も。二匹に対して先程はね飛ばした大鎌を投げつけて、ブーメランの要領でダメージを与えた時も。常に『次』を考えている。
「疾風斬りッ!」
「氷属性低位魔法ッ!」
ロマと魔法使いによる怒涛の追撃で、2匹目の忠実なる執行刃がふらつく。
それをリティが飛んで蹴り飛ばして、3匹目にぶつけた。将棋倒しのように2匹とも倒れたところで、更なる追撃の嵐だ。
「女王を守る前に自分達の身を守るのが先決だったわね」
ロマの言葉通り、冒険者達の連携によって女王を守る最後の護衛すらも瀕死だった。これに止めを刺せば残るは――
「これも弱い!」
女王が高速で護衛に食いつき、食い破った。小さな体から想像もできないほどの早食いだ。わずか数口だろうか。その大鎌すらも残さぬ食い意地に、一行は改めて戦慄する。
女王を実直に守ろうとしていたはずの忠実なる執行刃は、女王によって食い尽くされてしまった。
「弱い。もっと、強い子、ないと」
スカルブは同族をも平気で食らう。その情報は予め知っていたが、自分の子すらも食う女王の残虐性は知らなかった。所詮は魔物と頭ではわかっていても、目の当たりにすれば違った感想にもなる。
今から、この救いようのない化け物を討伐しなければいけないのか。いや、出来るのか。誰もがここにきて、初めて武器を持つ手が震える。
「想像以上で楽しいです」
唯一の例外は当然、リティではあったが。




