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リティ、巣の中枢に向かう

 休憩を繰り返して奥まで進んだものの、未だ最奥が見えない。行き止まりにぶち当たり、後方から奇襲されては引き返し。

 物資も危うく、探索時間は嵩んでゆく。もうどの程度の時間が経ったのか、誰も確認しようとはしなかった。

 問題なのは体力だけではない。狭い洞窟内、太陽の光もない、いつスカルブに襲われるのかもわからない。ストレスにストレスが重なり、精神が極限状態を迎えてる者もいる。


「し、支部長……。引き返しましょう。さすがにこのままでは、全滅してしまいます……」

「そうだな。悔しいが、これまでとしよう」


「そ、そんな……」


 頭ではわかっていても、リティは探索をやめたくなかった。この誰もが体力と神経をすり減らす一方で、未だモチベーションすら落ちていない。

 先の戦闘からして、リティの動きに衰えがない時点で皆も薄々感づいてはいた。バイタル、メンタルの両方においてこの子は規格外だ。味方であるはずなのに、どこか自分達とは別の存在と感じられてしまう。

 支部長も彼女の素質は認めていたが、その様子だけは許容できなかった。


「体力ってのは気づかないうちに消耗してるもんだ。それに皆の事も考えろ」

「わかってます……」

「マッピングもある程度は済ませた。次からはもう少し楽に進めるはずだ」


 深い迷宮に潜る場合、マップ作成は必須だ。ダンジョンによっては何日、或いは月単位で攻略する事もある。支部長が手元の自作マップを見て、少しだけ疲れた表情を見せた。

 埋まっていない枝分かれの先のどれかが、女王の元へと続いてるはずだ。しかし、限界が近づいている。


「……引き返そう。おーい、ゴンザ!」

「わかった! じゃあ……」


 支部長の呼びかけに後方の教官ゴンザが答えたものの、彼は固まってしまった。今しがた、自分達が通過したドーム状のような場所を陣取っている魔物がいたからだ。

 何だ、あれは。ゴンザは即座に支部長へと伝えることが出来なかった。その様子を察した支部長が、冒険者達をかきわけてゴンザの隣につく。


「支部長、ありゃ何ですかい」

「女王の護衛だ。巣の規模から嫌な予感はしていたが、あれが生まれていたのかよ」

「まさか……」


 カマキリの化け物のわずかな挙動を見極めたのは支部長だ。先制一番槍を放ち、追撃すら許さぬ猛攻。スパイラルトラストが腹部に命中して、魔物が洞窟の壁に背中を打ち付けた。


「ゴンザ! ディモスさんッ!」


 支部長の呼びかけで、3人が立ちはだかる防壁が完成した。後衛の魔法使い(マジシャン)が氷柱を放ち、死角からトイトーとジェームスが仕掛ける。

 熟練冒険者の華麗な連携に、リティは目を奪われてしまった。何かしなければ、そう思うほど何も出来ない。ただ、ただ感動していたのだ。


「クソッ! タフだな!」

「だが、だいぶ痛めつけた!」


 息を切らした支部長達の前で、カマキリの魔物がゆるりと揺れる。その途端、教官ゴンザとディモスの体に数か所の切り傷が発生した。

 血が噴き出したが、教官ゴンザは構うことなく斧で応戦。ディモスは苦しい表情を見せながらも立つ。ゴンザはともかく、ディモスが危うい。そう判断したリティは我に返った。


「ディモスさん!」


「リティ、ダメよ!」


 リティを止めたのはロマだ。彼女だけではない。リティ以外の者達には、あのカマキリの魔物が何であるか理解している。沸騰しかける興奮の最中、リティは自身を静めた。

 そして支部長達が大立ち回りしているあの魔物の動きを観察し始める。


「ネームド"忠実なる執行刃"……。女王の護衛よ」

「女王の護衛……」


 初めて知る魔物だが、リティはその護衛という言葉で閃いた。勝手な動きをすれば怒られるかもしれない。ましてや、3級のゴンザを含めたベテラン前衛を容易く傷つけたあの速度だ。

 しかしリティはその動きを網膜に焼き付ける。そして飛び出した。


「お、お前ッ!」


 支部長の言葉を無視して、リティは一つの通路に走る。忠実なる執行刃は当然、追うがリティは逃げた。

 傍から見れば仲間を置いて自分だけ助かろうとしているようだ。リティのその脚力による速度も相まって、忠実なる執行刃は諦めて止まった。支部長達のほうへと向いて、ドーム状の場所に戻っていく。


「ここじゃない……! 次!」


 リティも引き返し、今度は別の通路に向けて走る。忠実なる執行刃がリティに背を見せているが、突然振り向いた。先程とは違い、リティを猛追する。


「チッ! あいつ、何をやってやがる!」


 放たれる大鎌をリティは盾を持ちながら、体を回転させて弾いた。それでもバランスを崩し、壁に体を打ち付けてしまう。

 しかしリティは痛みに構わず、飛ぶようにして支部長達の元へと復帰した。


「支部長、あちらが正解の道です」

「お前、まさかそれを確かめるために……」

「女王を無視して逃げるならあまり追わないみたいです。他のスカルブと違いますね」

「護衛ってだけで、そんな危険な賭けに出たのか……」


 忠実なる執行刃が正解らしき通路を塞ぐ。頑なにそこから動こうとしない魔物に支部長が再びスパイラルトラストを放った。それを魔物がかわした先にリティの疾風斬り、ジェームスやトイトーの多連斬。全段はヒットしないものの、着実にダメージを与えていく。

 魔物の大鎌の攻撃が放たれようとした際に、リティがまた正解の道へと急ぐ。そのたびに魔物が反応して、そちらに攻撃を仕掛ける。


 その隙を支部長達が突く。


 リティが正解へ走る。


 その隙を。


 この繰り返しだ。


 単調な攻めではあったが、女王の護衛をやり遂げようとしているのだろう。しかしその名の通り、忠実さが仇となった。


「あと一押しだ!」


 支部長が言う通り、忠実なる執行刃はもう立つ事すら出来ない。複数ある手足を地面につけて堪えるのみだ。


「はぁぁぁッ! スパイラルトラストーッ!」


 リティが片手槍から放った付け焼刃のスキルだが、満身創痍の魔物への止めとしては十分だった。

 頭部に命中したものの、その硬さ故に破壊とまではいかない。しかし、ぐしゃりと潰れるようにして倒れた魔物。支部長がすかさず全員の生存を確かめた。


「無事みたいだな。リティにゴンザ、ディモス。回復してもらえ」


 ライラの回復魔法を受けて、3人に再び活力が漲る。その様子を確かめた支部長は、魔物の死骸へと近づいた。

 忠実なる執行刃、最低でも3級の魔物だ。同じ等級でも、3級の冒険者が必ずしも太刀打ちできるとは限らない。魔物の種類や個体差、地形など様々な要素を考えれば3級でも足りないほどだ。故に3級以下を震え上がらせるには十分の魔物である。


「商人のおっさんは護衛を引き連れていたらしいが、こいつに皆殺しにされた可能性すらあるな」

「支部長よ、俺は生きた心地がしないぜ……」

「ディモスさん……。確かに4級に戦わせる魔物じゃないな。だが、こいつの猛攻を凌いだのはさすがだよ」

「リティのハメ技がなけりゃ、どうなってたか」


 ハメ技の意味を理解してないリティだけが達成感に打ち震えていた。初めて会った格上の魔物に対して、あんな攻略法を思いつくとは。

 場所に恵まれたのも確かだが、支部長は無意識のうちに腕をさする。寒いどころか、蒸し暑さでどうにかなりそうだというのに。


「支部長、さすがに引き返しましょうや。今みたいなのがまた襲ってきたら、今度こそ終わりだぜ」


 ディモスの言葉にも、支部長は反応しない。先程まで撤退を決意していた支部長が、ここにきて自問自答していた。

 先日の群れ撃退に加えて自分達は今、巣でかなりのスカルブを討伐している。普通に考えれば、しばらくの間は攻められる心配もないとも考えられた。

 しかし、忠実なる執行刃がいるほどの巣となれば話は変わってくる。強いスカルブを生めるほどの女王となれば、早い段階で手を打っておく必要があるからだ。

 強い個体を生める女王の力、それに比例して上がる兵隊の質。これらを考慮すれば、時間が経つほど危険度は段違いに跳ね上がる。餌の問題もあるが、他から補給でもされたら終わりだ。


「いや……この巣はここで潰しておく必要がある」


 支部長が大槍を向けた先は、正解とされた道だ。気でも狂ったのかと勘ぐる冒険者もいるが、意見の内訳としては半々だった。支部長と同じ考えを持つ者、引き返して援軍を待ったほうがいいと考える者。

 いずれも、こうして悩んでいる時間がないことはわかっていた。


「私、行きます」


 支部長と並び、リティが女王討伐への決意を表明した。その並びについたのが一人、また一人。出遅れたトイトーも最終的には加わり、一行は中枢に向けて歩き出した。

 近付くにつれて、異様な匂いが漂ってくる。何の匂いとも形容できない。強いて言うなら不快感しかない。そして開けた場所で待ち構えていたものは。


「忠実なる執行刃、3匹……」


 女王本体よりも、見知ったものの視覚情報のほうが一向に絶望を与える。

 先程の激闘でその脅威を知っている彼らからすれば、端で干からびているディビデ一味など背景に過ぎない。


「お、ま、えら……」


 その時、それらに埋もれているリーガル支部長の声が聴こえた。

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