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リティ、スカルブの巣に入る

 先頭を歩いているのはディモスと重戦士ギルド支部長、教官ゴンザだ。続いてリティにロマ、教官トイトーにジェームス。

 後衛にライラ他、魔法職。リティとロマに関してはスカルブ戦における一番の経験者だからだ。

 狭い洞窟内の場合、大人数はかえって枷になるので今のメンバーが限界だ。


「出来ればカドックさんも欲しかったな……」

「わかるがな、ディモスさん。あの歳で無理はさせられねぇ」


 騎士カドックや剣士ギルド支部長のように、老齢の人間は防衛に当たっていた。ダンジョン探索のような長期戦は、彼らには荷が重い。


「見ろ。あの複数の穴を……!」

「せかせかとスカルブが出入りしてやがるな」


 ディモスが指した先には、本来の入口の他にいくつもの大小の穴が空いている。そこからスカルブが顔を覗かせては出ていく。

街に向かう様子はないが、恐らく餌を探しているのだろうと支部長達は結論づけた。


「あそこが一番、餌を運んでいるスカルブが入っていくな。突入先は決まりだ」

「支部長、何故です?」

「あの餌は自分達用の他にも、女王へと捧げる為でもある。女王が子を産むには栄養が必要だからな」

「つまりあそこから女王の居場所へと繋がっているんですね」

「あぁ、それにあの量からして先日の襲撃でだいぶ数を減らしたらしい。狙い通りだ」


 昨夜から朝にかけて、襲撃がなかった理由が明かされた。

 敵も繁殖力が高いとはいえ、無限に生み出せるわけではない。生むには餌も時間も必要になる。

 今が反撃の好機だと、誰もが察した。約一名を除いては。


「で、でもあれだけの数だ。私達だけでやれるかどうか……」

「トイトーさんよ、あんたが気弱なのは知ってるが今だけは控えてくれ。それにかわいい後輩が見てる」

「そうだね。頑張るよ……」


 リティが講習で初めて出会った時のトイトーは、経験豊富でたくましく見えた。

 しかし今はスカルブ相手に身震いしている。そんなトイトーにリティは失望するわけでもなく、依然として頼りにしていた。

 彼は3級の実力者なのだ。突入先を決めた支部長も含めて、知識も経験も自分とは比較にならない。学ばせてもらい、頼る。そして報いる。リティは密かに目標を立てていた。


「奴らの最後尾が入ったところで突入だ。気を引き締めろよ」

「はいっ……!」


 重戦士ギルド支部長を先頭に、岩陰に隠れて息をひそめる。そして彼が片手を上げたと同時に先陣をきった。

 その迫力たるや、バフォロの突進を彷彿とさせるが比較にならない。その奇襲で最後尾のスカルブから立て続けに先頭まで、一掃せんばかりだ。


「俺達も続くぞぉ!」


 続いてディモスが走り、教官ゴンザが最後尾につく。洞窟内での挟み撃ちを防ぐためだ。

 前後で後衛を守り、中衛にリティ達のような身軽な剣士(ファイター)がつく。

 内部に侵入した一行を驚かせたのは、以前のビッキ鉱山の面影すらなくなっているところだった。枝分かれの通路、それが上下や左右と節操がない。

 そこそこの幅が確保されているのは、通過する魔物のサイズに合わせているからだろう。

 つまり、冒険者達が知るスカルブの2倍や3倍の個体がいるという証に他ならない。


「オイオイ……こんなでけぇ巣が街の近くにあったのかよ。こりゃ遅かれ早かれ、やばかったかもな」

「どれかが、女王の居場所へと繋がってるんですよね」

「そうだ、リティ。だからコイツが行こうとした先が正解かもな」


 支部長がコイツと指したのは、彼が最後に倒したスカルブの事だ。この餌を運んでいたスカルブが踏み入れた通路が正解の可能性が高い。

 それ以外の見当がつかない以上、反対する理由がない。

 一行は歩を進め、迫りくるスカルブを迎え撃つ。スカルブソルジャー数体が通路の上下左右を這って襲ってくるなど、特に4級以下の冒険者にはトラウマでしかない。


「通すかぁ!」


 支部長が壁となり、スカルブソルジャーの突進を防御する。大槍で頭部から串刺しにして、上を這うスカルブソルジャーにぶつけた。

 互いに衝突したスカルブソルジャーの体が千切れて、一気に二匹も仕留めてしまった。


「スパイラルトラストォッ!」


 支部長の大槍が竜巻を帯びたかのように、スカルブソルジャーへと突き刺さる。頭部から胴体まで、後ろ足を残したままスカルブソルジャーが消え去った。

 4級の魔物達をたった一人で倒してしまった支部長の手腕に、一番感情を揺さぶられているのはリティだ。

 とても防御に傾倒した重戦士(ウォーリア)とは思えない突破力、そして自身との差。模擬戦とはいえ、リティは自分がこの人物に認められたのが信じられなかった。


「支部長ってすっごく強いんですねぇ! でも、あまり守ってませんよね?」

「ん? 俺は守る暇があったら攻めろの信条で戦ってるからな。おかげでパーティを組んだ時にはよく揉めたぜ。いや、守れよってな。ハッハッハッハッ!」

重戦士(ウォーリア)なのに?」

「ギルドで教えているのはあくまで正攻法だからな。お前も自分に合ったスタイルを見つけるといい」


 こんな状況で、あの少女は何を言ってるのか。冒険者の中には、彼女を理解できない者が多かった。

 支部長が強いのは確かだ。しかし、あのはしゃぎようを見ていると今の深刻な事態を理解しているのかもわからない。

 緊張感がないとも取れるリティへの評価だが、本人はやはり楽しんでいた。


「私もスパイラルトラストをやってみたいです!」

「見よう見まねで出来りゃ苦労しないぞ。それよりも、ついに来やがったか。挟み撃ちだ」


 前後から迫るスカルブとスカルブソルジャー達。正面は支部長とディモス、後ろは教官ゴンザとトイトーだ。口とは裏腹にスカルブ数匹をまとめて切り捨てるトイトーの実力、ゴンザの強固な守りと隙がない。

 更には後衛の魔法職のダメ押しで、スカルブの群れを寄せ付けなかった。

 問題ない。そう思わせるほどの戦力だが、一行の精神力を削ったのは複雑な迷路だった。


* * *


「一体、どこまで続いてやがるんだ?!」

「腰を落ち着けよう。時間的にもう夜だろう」


 ディモスが叫びたくなるのも無理はない。進めど進めど、女王の元へたどり着ける気がしないのだ。そのくせ敵は容赦なく襲ってくる。

 支部長の判断により、小部屋になった場所を制圧して休息を取る事にした。虫の死骸だらけだが、誰も文句は言わない。


「1時間ずつ、交代で見張ろう」

「1時間も? 支部長、さすがにもたついてる場合じゃないんじゃないか?」

「こっちの体力も有限だからな。本当はもっと休みたいくらいだ」


「合計2時間のロスは大きいよなぁ……」


 そう呟いた冒険者自身も、休息自体はありがたかった。その休息を決行した支部長は内心で冷や汗をかいている。

 いくら繁殖力が高いスカルブとはいえ、これほどの規模など聞いたことがない。このまま放置すれば、いずれは巣が街の地下にも及ぶはずだ。

 攻めに転じるのは少し甘かったか、そう結論づけたくなった。


「広い巣ですね。未踏破地帯を散策している冒険者も、こんな気持ちだったんでしょうか」

「スカルブの巣を未踏破というにはちょっとな……」

「でも、支部長。誰もどこがゴールかわからない、どうなってるのかもわからないんですよね。立派な未知のダンジョンでは?」

「そうだな、確かにな……」

「でしたら、未踏破地帯ですよ! ここを私達が踏破しましょう! すごく評価されますし、きっと達成感もありますよ!」

「フ、フフ……」


 単に馬鹿にして笑ったわけではない。ここにきて、まだ冒険者としての初心を持ち続ける人間がいるのだ。

 こんな状況で、なぜこんな発想が出来るのか。この子には絶望というものがないのか。

 年長者でもあり、経験者でもある自分が折れている場合ではない。支部長は両手で自分の頬を叩く。


「よし! 休憩したら気合い入れて進むぞ! 虫ごときに俺達がやられてたまるかよ!」

「支部長! あのスパイラルトラストを試したいです! 見張りいいですか?」

「リティ、お前は2時間いっぱい休んでろ。他の連中もだ。見張りは俺達、経験者がやる」

「えっ……」

「俺達とお前らじゃ、歩幅を合わせられんだろ。当たり前だ」


 該当する冒険者達にとってはありがたかったが、気まずさが勝るところもある。そんな空気を察したのか、支部長が全員に目線を合わせるかのように見渡した。


「まぁ、何だ。上にいるってことは、こういう事なんだ。俺は支部長の立場だが、他の奴らも概ね同じ思いだろう。後進を生かさずして、何が冒険者だってな。そうでなけりゃ、ここまで冒険者が栄える事もなかっただろうよ」


 支部長は気恥ずかしそうに、顎を撫でる。そんな彼の言葉を、リティを含めた4級以下の冒険者が耳を傾けていた。

 とはいえ、ディモスだけはいい年齢だ。そんな彼はもちろん、自分を支部長側に置いている。


「だからお前らは安心してゆっくり歩け。こんなところですまないがな。そのかわり、アレだ。なんつーか……」

「お前らは絶対に死なせねぇよ。それだけは約束してやる」

「おい、ディモスさんよ。口を挟まないでほしいぜ」

「恥ずかしいなら、とっとと話を打ち切れ。顎を撫ですぎだ」


 ディモスに癖を暴露された支部長が、慌てて顎から手を離す。

 支部長の言うこんな場所ではあったが、彼の言葉には力があった。絶望の空気が流れつつあった一行に活力を与えたのだ。


「リティ、休みましょ」

「そうですね、ロマさん。皆さんも、体力を回復させてまた頑張りましょう!」


「あの、その経験者というのはやはり……」


 自分も、と確認をとろうとした教官トイトーに目線で答えを出す支部長。がっくりと肩を落としたものの、決して拒否はしない。

 後輩の前で情けない姿を見せまいと、気弱ながらも彼なりに真剣だった。後進を生かさずして。自身もそうされて育ったことを教官トイトーも思い出したのだ。


「ここは私達に任せてくれ。な、ジェームス?」

「あぁ、特にリティ。君はしっかりと休め」

「私ですか?」

「はやる気持ちを抑えるんだ。いいな」


 二人の熟練者もやる気になってくれて、支部長としても結果的に胸をなでおろす形になった。

 何せ休息を取ると決めた段階では熟練者関係なく、分担する予定だったのだ。

 方向転換させたきっかけはリティである。彼女の初心に当てられて、支部長自身も立ち止まって考える事が出来たのだ。

 久しく忘れていた冒険心を思い出せてくれたからというのもある。

 しかし何より本当に大切にすべきは、彼女のような人間だ。あの子を始めとした未来の大器が成長すれば、スカルブなど物の数ではないかもしれない。

 そう俯瞰するきっかけを与えてくれたリティに、支部長は心の内で礼を述べた。

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