リティ、反撃を考える
スカルブの群れを撃退した時には、満身創痍な冒険者が目立った。死者は出なかったものの、重傷者が目立つ。
特にスカルブソルジャーに突進されて、壁に激突した5級冒険者が深刻な容態だ。急いで運び込まれたものの、意識がない。
「矢も尽きたらしいな。もう援護射撃は期待できねぇ」
「ディモス、二人も背負っていたら大変だろう。俺が一人、背負う」
「お前は自分の心配をしろ。片足が完全に壊れてんじゃねえか」
「それはそうだが……」
ディモスが怪力を活かして負傷者を運び、片足を引きずってる冒険者が脂汗を流している。4級の彼が実質、戦力外となってしまった。
魔法使いの冒険者も魔力を使いすぎたせいで、回復まで時間がかかる。プリーストのライラも同様だ。負傷者全員を回復するだけの魔力などない。
「急いで扉を閉めよう。剣士ギルドも総員で夜通しの警備に当たらせてもらう」
「私も重傷者優先で、回復に当たらせてもらうわ」
「ライラ、君は無理をするな。あまり魔力を使いすぎると、命にも関わる」
「ギリギリまでやらせて、お願い」
少し前までのライラならば、我先にと休んでいただろう。しかし彼女は自分の在り方を見つけたのだ。
嫌な思いをする事もあるが、リティのように感謝をする人間もいる。どうせ避けられないのなら後者のような人間を期待しよう、と。
「こっちも負傷してる人、3人です!」
「さすがに運べねえだろ?」
「平気です!」
3人まとめて背負って走り出したリティに、ディモスが引きつった表情を見せる。そんな彼女を見て、ライラもまた癒やされたのだ。あの子を見ていると、実に下らないことで苛々していたと思える。
あの子のおかげで救助作業が大幅に進んでいるのだ。自分のような専門職がへこたれてはどうしようもない。運び込まれた重傷者に対して、ライラは体の芯から魔力を絞り出して回復魔法をかけた。
「う……うう……」
「よかった、意識を取り戻したわ。後は病院に運んでちょうだい」
「はい!」
病院と街の入口を何往復してるのかわからないリティだが、疲れがまるで見えない。彼女も激闘を繰り広げたはずなのだが、もしかして無理をしているのではないか。
そんな邪推をライラにさせるほど、リティのそれはもはや奇行だった。
「門を閉めるぞ!」
警備兵が門を閉めて、五体満足の冒険者達が腰を下ろす。冒険者ギルド支部長の二人と警備隊の隊長が話し合っていた。それを横で聞いていたディモスが、舌打ちをする。
「現時点で戦力が半減だとよ」
「で、でもよ! 支部長達もそうだけど、3級の冒険者は強いじゃん? だったら……」
「体力も気力も無限じゃねぇ。食い物もな。どうすりゃ終わる?」
「それは……」
言い淀んだ冒険者が沈黙する。どうすれば終わるというディモスの言葉を、リティは本気で受け止めた。ディモスの言う通り、このまま戦い続けても疲弊するだけだ。
それに街の住人が家から外に出てきて、不安そうにこちらを伺っている。
「あの連中がパニックを起こすのも時間の問題だ。そうなりゃ街の治安は一気に悪化する。要するにな……外も中も詰んでるんだよ」
「リーガル支部長達はどうなったんだ?! なんでこんな事にッ!」
「お前が真っ先にパニックになってどうする」
ディモスが取り乱した冒険者を冷静になだめる。リティは考えた。このまま戦い続けるよりも、根本的な原因を取り除くのが優先だと。
その為には知らなければいけない情報がある。
「ディモスさん。スカルブはどういう魔物なんですか? 地中にいた魔物なんですよね?」
「地中か、そこらにいる生き物を餌に細々と生きてる魔物さ。だから数さえ増えなけりゃ問題はないんだ。だが、ビッキ鉱山の労働で奴らの巣を刺激した上に繁殖されちまってるからな」
「それで冒険者が定期的に討伐をしていたんですよね?」
「そうだ。そんな騙し騙しの事をやってるから……なんて言いたくはねぇがな。なんだかんだで本気で討伐に当たらなかった俺達にも責任がある」
つまり数が増えたせいで、餌をまかないきれなくなっている。それで地上に出て、人間を襲い始めた。
リティの考えに筋は通っている。それならば何故、今になって。
何より自分とロマが、女王らしき魔物を討伐している。あれのおかげで繁殖も抑えられたはずだ。しかし、その認識が間違いである事はこの状況が証明していた。
「スカルブの生みの親……女王を討伐しました。それでは解決にならないんでしょうか?」
「いや、効果はあるはずだ。だが腑に落ちねぇ……。原因はあのディビデが余計なことをしたからってのはわかる。だがなぁ……」
「……襲ってきたスカルブ、なんか変なんですよね。体の大きさや触角もそうですけど……」
「以前から鉱山にいたスカルブとは別の個体の可能性もあるわね」
今まで黙っていたロマが口を開いた。彼女もずっと考えていたのだ。誰もそれを否定しない。この異常事態において、自分達が持つ常識に何の意味もないからだ。
「あのディビデ達が、別のスカルブの巣を掘り当ててしまったとしたら?」
「確かに、今まであれだけのスカルブソルジャーが沸いた事なんてなかったもんな」
「となると、巣の規模も魔物の質も今までとは段違いね。ソルジャーだけじゃない、もっと強い種がいる可能性だってある」
「タイムリーだな。こちらでもそう話がまとまったところだ」
警備隊の隊長が、冒険者一同に呼びかけた。倒したスカルブの死体を検証した結果、以前からビッキ鉱山にいた種とは別の種の可能性が高い事。
更には捌いた腹の中から、別のスカルブの死体が出てきた事実を受けた冒険者達のショックは大きい。
「つまり、ビッキ鉱山にいたスカルブは新しい巣のスカルブに食われたってのか?」
「その通りだ、ディモスさん。スカルブは好戦的な魔物だから、同族だろうが平然と襲って餌にする。この見立てが正しければ、更に強いスカルブがやってくる可能性が高い」
「お、お終いだ! そんなのどうしようもない!」
冒険者の一人が叫ぶ。そうなれば、明らかに5級の彼が生き残れる戦いではない。次に攻めてきたら、本格的な終わりを意味すると宣言されたようなものだ。
そんな中、リティはずっと思案していた。
「前のスカルブは、私達が女王を倒したことで繁殖が抑えられました。だったら新しいスカルブの巣にも女王がいるんですよね」
「そうなるな。だが結論が出た以上、手を出すべきではない。何とかなるのならば、すでにリーガル支部長達がやっている」
「……無事ですよね?」
その問いかけに何の意味もない事はリティもわかっていた。あれから何日も経つのに、この惨状だ。普通に考えれば絶望的である以上、リティも認めるしかなかった。
先程の冒険者が胸に手を当てて、自身の動悸を抑えている。
「もう少し待てば王都から増援がやってくるんだろ?!」
「何日かかるかわからんし、それまで持つかどうか。それに、派遣されない可能性すらある」
「ディモスさん! なんでそんな事をいうんだ!」
「だから、てめぇがパニックになってどうする! 一番不安なのはあいつらなんだぞッ!」
ディモスがあいつらと親指で指したのは、まだこちらを伺っている住民達だ。何か囁き合っており、その内容までは聴こえない。そんな様子を見たリティが、彼らに駆け寄る。
「皆さん、安心して下さい! 私が女王を倒して、すぐに止めてみせますから!」
リティの発言を受け入れられなかったのは、住人だけではない。ディモス達、冒険者こそ真っ先に彼女を制止しにかかる。
「お前、何を言ってやがる! さっきの説明で状況がわかっただろう!?」
「でも、このまま戦い続けてもこちらが負けます。スカルブの繁殖力を考えれば尚更です」
「だからって死にに行くのか!」
「それが冒険ですよね?」
リティはもう自分を抑えられなくなっていた。リーガル支部長達にお預けをもらって、言いたいことも我慢していたのだ。
ディモスは初めてリティと会った時のことを思い出す。あの時も、今みたいに背筋が凍りつくようだった。リティのその目は、目標だけを見据えている時のものだ。その先に邪魔をする障害があれば容赦しない。
ディモスはまたも言い返せなかった。
「死ぬかもしれません。でも、恐れていたら冒険なんて出来ません。私は冒険がしたいんです」
「だ、だが勝算なんか……」
「いや、リティの言う通りだな」
剣士ギルドの支部長が、小さく何度も頷いている。重戦士ギルドの支部長もまた、リティ側に立って無言の支持を表明していた。
ディモスは頭をかいて、支部長の言葉を待つ。
「理屈としてリティが正しい。出した早馬が王都までたどり着いた保証もない。それに次に奴らが攻めてくれば、今度こそ街への侵入を許してしまうだろう。今の戦力ではな……」
「じゃあ、何か。誰が化け物の巣に飛び込むんですかね」
「もちろん街の防衛も疎かには出来ん。ワシが行こう……と言いたいところだが、体力面で恐らく力にはなれんだろう」
「決断するべきだな……」
警備隊長の呟きに、冒険者達が様々な表情を見せる。防衛戦ですら負傷者が大量に出たのだ。化け物の巣に乗り込むなど、自殺行為でしかない。
リティがいう冒険とは、十分に力も実績もある人間だからこそ成り立つ。己の分もわきまえないのでは勇気ではなく、ただの無謀だ。
そう反論することも出来たのだが、誰一人として口にしなかった。いや、出来なかったのだ。
「私が行きます」
防衛戦での一番の功労者だ。この状況でも積極的に発言して、案を出す。恐れもない。
泣き言を喚くだけの自分を鑑みる冒険者。意気消沈して体力も気力もない冒険者。やる気はあっても勇気がない冒険者。特に彼女に助けられた冒険者は口を閉ざした。




