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少女、心機一転する

 少女は一睡もしなかった。寝床にしていた洞窟を放棄した後は、魔物の気配を読むしかない。

 危ないと思ったら転々と場所を変えては、まんじりともせずに朝を待つ。

 その緊張感を一晩中、維持したせいで意識が限界だった。

 日の出と共に合流ポイントである森の出口に立ち、アルディス一行を待つ少女。

 寝たいが、彼らが来た時にそんな状態であれば失礼に当たる。少女は自分を奮い立たせて、ひたすら待った。


「こな、い……なんで?」


 1時間ほど経過した段階では、さほど不安はなかった。

 少女の胸中に暗雲が立ち込めたのは、2時間後だ。

 何らかの理由で来られなくなった。先に何かの用件が入った。

 そんな都合のいい予想ばかりしていたが、ついに一つの最悪な理由が思い当たる。


「見捨てられた? 私、ちゃんと生き延びたのに? なんで? なんで?」


 体が震えて、目頭が熱くなる。どんな仕打ちを受けても、英雄アルディスのやる事に間違いはない。

 いきなり訓練をつけてもらえるとも思ってなかった。アルディスはその目で、自分を見て試していたんだ。

 少女はそう自分に言い聞かせて、今の今までずっと耐えていた。

 だがこの状況では、いかに少女のポジティブな精神でも限界を迎える。


「才能がないのは仕方ないよ……。でも、それならこんな約束なんてする必要もなかった……。私は今まで、あの人にからかわれてただけだったのかな……」


 まともな精神の人間ならば、恐らく初日か数日で逃げ出すような環境だ。

 純粋な目的のために、自分に言い訳もしないでひたむきに向き合った結果のはず。

 こうなってしまえば、あの日々の仕打ちもただの嫌がらせか。そう合点がいくのも、難しくはない。

 少女は拳を握りしめて、木を打った。


「クソッッッ!」


 信じた自分がバカだったのか。しかし少女は、こぼれそうになる涙を堪えた。

 絶望するのは簡単だ。ここで打ちひしがれたとしても、誰も助けてくれない。

 冒険者をやっていれば、こういう事もあるはず。父親からの言葉を、少女は心の中で反芻した。

 あんなに反対していたのに、最後は自分を気持ちよく送り出してくれた両親の顔が思い浮かぶ。


「……よしっ!」


 何より、考え方次第ではこの一週間すら無駄になる。

 少女は上を向いて、青空を見た。世界はこの青空のように広い。そう認識した時、一つの決心がつく。


「諦めない。私の夢は簡単じゃなかった。ただそれだけだ。よし!」


 気持ちを切り替えるために、気合を入れる。

 ここで落ち込んだままだと、自分を気持ちよく送り出してくれた両親に申し訳が立たない。

 少女は心機一転して、次の目標を見据えた。まずはどこか街に行こう。

 とはいえ、地図も持たない自分が徒歩で闇雲に歩き回るのは危険だ。

 体が限界に近いが、泣き言を言ってる場合ではない。

 記憶を辿り、アルディス達と同行している時に最後に立ち寄った街の場所を思い出す。ここから2日ほどの距離だ。

 道中には確か水場や休憩に都合がいい場所もあったはず。体に鞭を打ちながら、少女は歩き出した。


* * *


「あ、あった! 街!」


 街が見えた時、少女は思わず歓喜の声を上げた。

 門をくぐり、賑わいを見せる街の風景を見ると糸が切れたようだ。膝をついて、その場にへたり込んでしまう。

 魔物は倒せても、もう石ナイフはない。つまり解体が出来ないので、水しか飲んでいなかった。

 ギリギリの体力ながら、よくここまで来れたと少女は自分を褒める。

 しかし少女は気づいた。街についたからといって、すべてが解決しない。何せ少女は金を持っていないからだ。

 両親が持たせてくれた旅道具やお金は、すべてアルディスに没収されてしまっていた。

 当面の問題は休む場所と食料だが、それらを得るにはお金が必要だ。

 少女はどうすればお金が手に入るか、きちんと理解していた。働かざる者、なんとやら。

 村でも子ども達は大人の手伝いをしていた。子守りから農作業まで、朝から晩まで手伝っている子もいる。

 少女も例外ではなかった。


「すみませーん! 働かせて下さい!」

「お? ちょっと待て」


 少女が訪ねたのは、飲食店だ。以前、アルディス一行と共に食事をしたのを覚えていた。

 ただし例によって少女の注文は許されず、残り物ではあったが。

 そんな少女を店主は覚えていたようで、慌てて駆け寄ってきた。


「君、覚えてるぞ。確かアルディス……さん達と一緒にいた子だな? ボロボロじゃないか……」

「今は別行動で、お金がなくて……何でもしますから」

「まずは入浴だな。それに今日はもう疲れてるだろうから」

「大丈夫です!」

「……そうか。上がったら、これに着替えるといい。おーい!」


 店主が呼んだ妻が、奥へと案内してくれる。自宅と併設した店なので、入浴にも時間はかからなかった。

 久しぶりに垢を落として、思わず眠ってしまいそうになる少女。

 しかしここで甘んじてはいけないと少女は自分に喝を入れる。

 これからお金を稼いで、英気を養ってから冒険者ギルドに行かなければいけない。

 まだ夢の一歩も踏み出していないのだから。


「着替えたか。もう昼過ぎだからな、そんなに客入りはない。皿洗い、出来るか?」

「はい!」

「よし、じゃあ頼むぞ!」


 それから客入りが激しくなる夜の時間まで、少女は一心不乱に働いた。この手の雑用は慣れている。

 遅ければ手が飛んできた環境だ。少女は要領よくこなし、客が多くなれば進んで品を運ぶ。

 持ち前の元気が店内に伝わったのか、夫婦も客も機嫌がいい。


「よく働くね! 今日からの新人か?」

「はい! あ、お水がきれてますね! 持ってきます!」

「あぁ、すまんね」


 そして、よく気がつく。ユグドラシアの時は少しでも不備があれば、蹴りが入った環境だった。

 全体を俯瞰して、誰が何を求めているのか。少女には見えていた。

 魔の森で更に鍛えた瞬発力で、迅速に客席に赴く。少女のおかげで、すべてが効率化されていた。


「お嬢ちゃんも腹が減っただろう。おじさんが奢ってやるよ」

「え! いえ、そんな」

「遠慮しなくていい。だいぶ無理をしてるのがわかるからね」

「おい、オヤジ! 少しいいだろ?」


「あぁ、構わんよ。そろそろ上がってもらおうかと思ってたところだ」


 客の奢りで運ばれてきたビーフシチューは絶品だった。

 少女も野営でユグドラシアの食事を用意していたが、これには及ばない。

 閉店が迫り、一通り客も帰ったところでようやく店内が落ち着いた。


「今日は助かったよ。お嬢ちゃんのおかげで、久しぶりに開店当初の気分を味わえた」

「開店当初の?」

「この歳な上に、客入りが以前よりも減ってね。閉めようかと思ってたんだ。でもお嬢ちゃんのおかげで、もう少し頑張ってみようかという気になったよ」

「私が役に立てたなら嬉しいです!」


 店主がカウンター席に座り、妻がティーカップを持ってくる。促されてカップに口をつけた少女が、あちちと熱がった。

 息を吹きかける少女に、店主が苦笑する。


「店の料理がまずいのは私のせいさ。でも皿ごと投げつけるわ、無料をせまるわ……あれが噂の英雄パーティかと、落胆したよ」

「すみません。あの時は何も出来なくて……」

「あ、いやいや。君が悪いんじゃない。居心地を悪そうにしていたのは知ってるからね。見習いだったのか?」

「はい、でも才能がないと言われてクビになりました」

「そうか……」


 本当はウソをつかれて置いていかれました、と決して少女は言わない。

 腹が立つ部分もあるが、村の外に出るきっかけを与えてくれたのは事実だ。

 ひどい扱いではあったけど、右も左もわからない状態で旅に出ていたらどうなっていたかわからない。

 そういう意味で、ユグドラシアには感謝している。

 少女はあくまでポジティブに考えていた。


「あの、ここの料理はまずくないです。すごくおいしいです」

「そう言ってもらえると、ありがたいよ。それはそうと、これ今日の給料な」

「え、こ、こんなに?!」

「おじさん達も久しぶりに元気を貰ったからね」


 今日の稼ぎが帳消しになるほどの金額だ。さすがに受け取れないと突き返そうとするも、店主は断固として拒否する。

 硬貨が入った革袋を、少女に優しく握らせた。


「こんなにしてもらって……すごく嬉しいです……」

「当てもないんだろう? この街に滞在するなら、泊めてあげるよ。君、名前は?」


 少女が訪ねてきたときから、店主は察していた。名前も聞かないまま即決で雇うほどだ。

 少女の風体は、それほどまでにみすぼらしかった。


「リティです」


 アルディスにすら呼ばれなかった名前を、外に出て初めて少女は名乗った。

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