リティ、街を防衛する
支部長達がビッキ鉱山跡に発ってから丸一日が経過した。人々が仕事を終えて帰宅して、夜の晩酌を楽しんで夜が明ける。
リティも待機を命じられたこともあって、街の中を駆けまわって依頼をこなしていた。
そして日が昇りかけたその時、見張り台から怒号が発せられる。
「門を閉めろッ! 魔物が迫ってくる! 冒険者は東門前に集まってくれ! 他の者達は家から出るなッ!」
着替えを手早く済ませて、老夫婦の家を飛び出したリティが我先にと東門前へと走る。
その勢いたるや、魔物よりも見張りの警備兵達を驚かした。
「は、早いな!」
「魔物はスカルブですか?!」
「そうだ。数も多いし、奴らは血に飢えている。人間が集まるこの場所を目指しているんだろう」
「支部長達は?」
「わからない……」
警備兵の一人が不安げに首を横に振る。やがて他の冒険者達も集まってきて、事態を把握した。
魔物の正体がスカルブだと知り、支部長達の安否を気にかけるが答えはわからない。
「少しでも壁の上からの矢で仕留める。念のために君達もここで待機していてほしい」
「あの魔物は壁を這いますよ。それに数が多いなら、外で食い止めるべきです」
「街の非常事態に関する事項を読んでないのか? 緊急時には常駐する警備隊の指示に従う義務がある」
「……本当に食い止められるんですね」
「来たッ! 矢を放てぇ!」
壁の上に待機した警備兵が矢を放った。つまりすぐそこまで迫っているのだ。ここからでは見えないが、恐らく矢が乱れ飛んでいるだろう。
リティはもどかしかった。ここに呼び出されておきながら、何もせずに待機。しかも万が一、一匹でもどこかから侵入してきたら。
そう考えた時、リティは建物と壁を蹴って三角飛びして登る。
「なっ! 何をしている!」
「私も参戦します! 街を守るためにここにいるんですよ!」
「勝手な真似は慎め!」
警備兵の制止も聞かず、リティは我慢の限界だった。そもそもここにスカルブがいる事が異常なのだ。
そうなると、支部長達の安否も気にかかる。
「壁を軽々と越えやがった! なんて身体能力だよ……!」
「槍一本で何をする気だ!」
さすがに複数の武器を背負ったまま、あの身のこなしは難しい。リティは槍だけを持って壁の上に立つ。
弓で掃射する警備兵の横で、スカルブの様子を見た。わさわさと這い寄ってくるスカルブの数はおよそ数十。
だいぶ数は減っているが、少しずつ距離を詰められているのがわかった。
「クソッ! 外したか!」
「あの、貸して下さい」
「は……? いや、なんでここにいる?」
「借りますッ!」
警備兵の一人から弓と矢を奪い、ぎりぎりと弦を引く。初めて使う弓という武器はやはり慣れない。
ユグドラシアのズールが弓を使っていたこともあるが、彼の得意武器はナイフだ。数える程度の機会しか見ていない。
しかしリティは剣士ギルド支部長のスキルを見ている。
「てやぁっ!」
拙いながらも放たれた矢はスカルブに命中する。続けてもう一発、更にもう一発。命中精度はあまりよろしくないが、隣にいる警備兵のそれとほぼ変わらない。
なかなか当たらずに歯がゆい思いをしているが警備兵は呆然となり、彼女に任せっきりだった。
弓手の称号こそ持ってないが、彼もそれなりに訓練を受けたのだ。弓引きも不得意ではない。
この少女はどうだろう。どこかで経験でもあったのか、悪い腕ではないというのが警備兵の評価だった。
「これだけじゃダメです! 私、壁の手前で戦うので皆さんは引き続きお願いします!」
「おい! さっきから何なんだ!」
警備兵達もリティはよく知っていた。もはや街の名物となっているほどの知名度だ。ここ最近は4級になったのもあって、知る者は更に増えている。
この行動はもはや暴挙といってもいいが、その勢いに圧倒されてみる者にほとんど口を挟ませない。
ましてや、壁から飛び降りてスカルブ相手に槍で立ち回った以上はもう従うしかなかった。
「クッ! あの少女よりも奥のスカルブに矢を放て!」
矢の援護射撃に加えてリティの近接戦闘だ。スカルブも数を少しずつ減らし、残るは見慣れない個体のみとなった。
それは通常のスカルブよりも一回り大きく、バフォロと同程度だ。
「スカルブソルジャー……4級に指定されている上位種だ! それが2匹も!」
「矢でも大してダメージを与えられんぞ!」
初めて見るスカルブの上位種に、リティは攻めの算段を立てる。槍での百裂突きによる牽制を行ったが、敵は予想以上に早かった。
高速で地上を這いまわり、リティを追い回す。さすがに2匹とあっては、リティもダメージは避けられなかった。
噛みつきは避けたものの、体当たりで吹き飛ばされてしまう。
全身の骨や内臓が悲鳴を上げているようだった。しかし痛みで悶えている暇はない。
「危ないッ!」
スカルブソルジャーの追撃を、寸前でリティは槍で棒高跳びしてかわす。そして着地したと同時に、槍を両手で持って構えた。
1匹のスカルブソルジャーがまたも突進してきたところに、力強い一突き。ただしそれはニルス戦で見せた足元による一撃だった。
ひっくり返って仰向けになったスカルブソルジャーに飛びかかり、腹に百裂突きを入れて討伐。
もう一匹が襲いかかるも、槍での足払いでスカルブソルジャーを横転させた。
「止めッ!」
槍で頭を刺し、もう一匹の討伐も完了した。絶命を確認したリティは、警備兵達のほうへ向いて手を振る。
「全滅させました!」
警備兵達はその呼びかけに応えられなかった。今の状況を飲み込み、当たり前のように反応できる者などここにはいない。
数を減らしていたとはいえ、4級込みのスカルブの群れを実質一人で全滅させたのだ。
あの状況においては、矢の援護射撃など気休めでしかない。
弓を持つ手が震える者もいた。頼もしい味方であるはずが、畏怖してしまったのだ。
「あの、さすがにここからは登れないので扉を開けてもらえませんか?」
「あ、あぁ。そうだな」
三角飛びは壁と壁が対になっていなければ出来ない。
ゆっくりと開く扉に、リティは素早く飛び込む。壁の内側からは何が起こってるのか把握できないが、冒険者全員が察した。
スカルブの群れを一人で全滅させた少女に、やはり誰もがぎこちない反応をする。
「その槍だけで戦ったのか?」
「はい。剣にしようかと思ったんですが、広範囲で動けるならこっちのほうがいいかなと……」
「4級、いたんだよな?」
「はい。いたたた……言われたら、体当たりされたのを思い出しちゃいました……」
スカルブソルジャーの高速移動からの体当たりは重戦士ですら、真正面から止めるのは困難だ。
そのまま後衛まで突撃されて蹴散らされたパーティも多い。まともに受けてその程度で済むリティのタフネスに青ざめる者もいる。
「……ひとまず手当を」
「あ! 回復魔法ですか?! 初めてされます!」
「そうなの? 5級の私じゃ大して回復できないかもしれないけどさ」
5級冒険者の女性治癒師、ライラが回復魔法を使うとリティが目を細める。回復下位魔法だというのに、至福の表情だ。
実際、怪我が完治したわけではない。リティにとって初めての回復魔法である事に意義があった。
「回復魔法って、見るよりも気持ちいいですねぇ」
「お、大袈裟だね。でも、久しぶりにこんなに感謝されて嬉しいよ」
回復や支援はパーティの心臓部といってもいい。故に重宝されるものだが、一方で至らなければ冷遇される場合も多かった。
ライラもその一人で、支援の件でパーティメンバーと大喧嘩をしている。最後は報酬ごと投げつけて離脱したが、内心では後悔して自信も失っていた。
「これで私、また戦えます! ありがとうございます!」
「あぁ、それはよかったよ。本当に……」
「いや、無理はするなよ。それに俺達だっているんだぜ」
重戦士ディモスを初めとしたトーパス支部の冒険者達が並び立つ。一時はリティの底力に怯んだが、すぐに負けじと奮起した。
ディモスは最初こそ彼女を馬鹿にしていたが、今は違う。その破竹の勢いで駆け上がる様を見て、認めたのだ。
彼女が自分に言った言葉は戯言でも何でもない。冒険という夢を本気で追っている。
口だけの人間は好きではなかったが、結果を出したリティを今やディモスは気にいっていた。
「今度、奴らが攻めてきたら俺が立つ」
「後衛は任せてくれ。5級魔法使いだが、スカルブ程度なら少しは数を減らせる」
「おい! 戦況はどうだ!?」
駆けつけたのは剣士、及び重戦士ギルドの教官達だ。支部長の二人が警備兵達と話して、今後について話し合っている。
彼らの実力を知っているだけに、リティは心躍った。この頼もしい人達となら、と希望を抱くも――
「き、来たぞぉぉ! さっきよりも数が多い! スカルブソルジャーも複数いる!」
「皆の者! 時間がない! 前衛と後衛の役割を忘れずに迎え討て!」
剣士ギルド支部長の号令で、全員が扉をくぐる。砂煙を立てて迫る虫の大軍に怯まないわけもない。
ある者は本気で逃げ出したいと考えた。あの数の問題だけではない。
4級が混じっているからでもない。自分達だけで、どれほど戦い続けられるか。矢もいずれ尽きる。そうなれば殲滅力は格段に落ちるだろう。
物資は? 増援は? 敵の数は? リーガル支部長達は?
「私達が生きるんですッ!」
恐れをなした冒険者の一人が、リティの言葉によって我に返った。これは戦いでもあり、生存競争でもある。
戦わなければ死ぬだけだ。後の事を考えている余裕などない。
武器を握りしめて、冒険者は雄叫びを上げた。




