リティ、待機を命じられる
翌日、冒険者ギルド内が慌ただしい。息を切らした一人の冒険者が、ギルド支部長に何か話している。
みるみる険しい顔になるギルド支部長が、拳で壁を打った。その威力たるや、壁を貫通してしまった。
我に返ったギルド支部長が、やや後悔した面持ちで壁を撫でる。
「……修理代は私が持つ。それで、その話は確かなのだな?」
「はい。今じゃ入口が何倍もの大きさですよ」
「魔導具"バーストマイン"を使ったのか……。早急に手を打たねばな」
壮年の支部長が、聞きなれない魔導具名を口にした。リティは質問したかったが、そんな空気ではない。
支部長が数人の職員を連れて、更にこの場にいる何人かの冒険者に声をかけた。
「連中を全力で止める。ブルーム、お願いできるか。もちろん報酬は出す」
「付き合いますよ」
「ケニー、頼む」
「はいはい、はいっと。といっても、ガチのぶつかり合いになるならそれこそやばいですよ」
「そうしてでも、止めねばいかん」
恐らくは3級を中心に声をかけたのだろう。リティは勧誘されず、素通りされてしまった。わかってはいたが、やはり今の自分には実績も信用もないのだ。
しかしこれで落ち込むどころか、奮起するのがリティである。
自分も、と名乗り出ようとした時。ロマが支部長を呼び止めた。
「支部長、あの人達がやろうとしてる事って領主の許可が必要ですよね?」
「もちろんだ。だがそんなものを取るような殊勝さは持ち合わせてないだろう。第一、許可されるはずもない」
「それでしたら、警備隊を通じて王都に連絡もするべきでは?」
「もちろん並行してそちらも進める」
リティが参加できないまま、話が進んでいる。何故、王都への連絡が必要なのか。
リティはたまらず、ロマへ質問した。
「スカルブの巣の規模がわかってないからよ。もし、とてつもない数だった時のために王国正規軍が必要なの」
「この街を襲ってくるんですか?」
「可能性はあるわ」
「それなのに、あの人達は!?」
「……だから焦ってるのよ」
リティのワンテンポ遅れた怒りに、ロマが苦笑した。たまにゾッとする閃きを見せる時もあれば、今のように素っ頓狂な反応もする。
そんなリティをロマは相変わらず理解できなかったが、そういうところが愛おしくもあった。
彼女を友達として見ているはずだが、どこか妹のように感じているかもしれない。などとロマは漠然と考える。
「あのディビデという人を止めないと!」
「私達は待機よ。それに支部長がいるから問題ないわ」
「あの人、やっぱり強いんですか」
「元1級冒険者"爆拳"のリーガル。2級以下の魔物なら、スキルなしでも討伐できるともっぱらの噂ね」
「ひえぇぇ! それならぜひお供したいです! 見たいです!」
「あのね……」
少しは尻込みするかと思ったが、ロマの見当外れだった。
誰もが化け物呼ばわりする人物だというのに、リティは尚も興奮している。
この子は好奇心の為なら竜の巣にでも飛び込みかねないと、ロマは本気で思った。
「さてと、これから俺達はあいつらを止めに行く。お前らはここで待機してくれ。少なくとも今日いっぱいは活動を休んでほしい」
「支部長、なぜです?」
「万が一に備えて、街の守りが必要だからだ」
「でしたら、私も!」
「ダメだッ! ディビデが連れていた冒険者はほぼ3級で構成されている! ぶつかり合いにでもなったら、4級のお前じゃ足手まといだ!」
支部長に一喝されて、リティは黙るしかなかった。やっぱり自分には実績も実力もない。
あまりに歯がゆすぎて先日、3級の二ルスを倒した功績を口にしようかと思ったほどだ。
しかしあれは相手がリティを侮っていたが故の勝利だった。格下と侮り、スキルばかりの大味な攻めに終始していたのが何よりの証拠だ。
それはリティ自身が一番よくわかっていた。だからこそ、今すぐにでも強くなりたくてしょうがない。
「他の者達もだ! 冒険者は俺の部下でも何でもないが、こればかりは頼む!」
「いいよ。支部長がいるなら安心でしょ」
「早く行かないと、手遅れになるぜ」
「そうだな……すまん。ここは頼んだぞ」
支部長が精鋭達を引き連れて消えた。戦力外通知を受けた冒険者達の中には内心、穏やかではない者もいる。
リティもその一人だ。彼女にとって何より残念なのは、冒険の匂いがするのに置いて行かれた事である。
しかし強くなければ、それも許されない。静まり返ったギルド内で、リティは決心した。
「私、行きます」
「まさか支部長達を追うの? 今度こそ本気で怒られるわよ」
「冒険者が冒険をしたらいけませんか」
「街の守りも大切な仕事なの。この街には戦えない人が大勢いるのよ」
「戦えない人……」
リティはあの老夫婦を思い浮かべる。依頼を通して親しくなった街の人達。もしスカルブの群れが来たら、守ってやれるのは自分達だけだ。
冒険という目先の目的ばかり見て、大切なものを見落としていた。
「……ここで待機します」
「それでいいの。本当は私だって行きたかった」
「ロマさんも?」
「ふふふ、だからお互いに我慢しましょう」
テーブルに顎をつけて、いかにもつまらなそうにするリティの頭をロマが撫でる。
口とは裏腹に、リーガル支部長はリティに4級への昇級試験を課した。それも貴族の護衛という、プレッシャーがかかる依頼だ。
もっとも、そのプレッシャーもリティには関係なかったが本来はとても繊細な仕事だった。たとえ何も襲ってこなくても、護衛対象が何らかの理由で怪我でもすれば責任を問われる。相手がマームとあって大事には至らなかったが、貴族の中には人格に問題がある人物も多い。
そういう前提も含めて、リーガル支部長は貴族の護衛を昇級試験として選んだのだった。
* * *
そこはリーガル支部長達が知るビッキ鉱山の入口ではなかった。明らかに強引に広げられている。
瓦礫が散乱していて、その荒々しい手段の爪痕を残していた。
「マジでやりやがったのか! クソッ! すぐに追うぞ!」
「し、支部長。奥から誰か来ます」
よろめきながら、武器を杖がわりにして歩いてきたのはディビデを護衛していた冒険者の一人だった。
額から血を流し、支部長一行を見ると糸が切れたようにその場に座り込む。
「お前、ディビデはどうした!?」
「やばい、ダメだ、助けてくれ、ここは、やばい……」
「何があった! おい! 回復魔法を!」
治癒師の冒険者が、ディビデの護衛を回復してやるが一向に落ち着きを取り戻さない。
わなわなと震えて、要領を得なかった。彼も3級の実力を有するはず。そんな彼をここまで怯えさせた何かがいる。支部長一行は悟った。
「ディビデは無事なのか?」
「わから、ない……護衛とか、どうでもいい、もう無理だ……」
「置いて逃げてきたのか?」
「あぁ……」
相応の実績を積み、本部からも認められた冒険者がこの有様だ。本来ならば叱責するところだが、支部長は彼に構わなかった。
その時、奥から巨大な昆虫が這い出てくる。
「き、来た……ひいぃ!」
「お前は引っ込んでろ」
巨大な鎌を持つ昆虫型の魔物が、支部長達を捉える。
その刃に付着しているドス黒い血が、一行にあらかたの事態を把握させた。




