グレートバランのスパイ 前編
俺の名はウラグル。グレートバランの一員になって二年になる。
冒険者として元五級の俺がこの巨大パーティに加わるなんて本来は不可能だ。
船員の等級は最低でも三級、もしくは特別なスキルに秀でていることが条件とあってはな。
だが俺はグレートバランに入れてもらわなきゃいけない理由があった。
「ウラグルよ。お前は実力はカスで、しかも舐められることに関しては右に出る奴はいねぇ」
「ズ、ズールさん! 突然どうしたんスか?」
「そんなお前にやってもらいたいことがある。グレートバランにスパイとして潜り込め」
「は!? いやいやいやいや! 何言ってんスか!」
ズールさんがまだユグドラシアにいた時、そう言われた。
あの人は冒険者時代も時々アルディスさん達の目を盗んでは、各地にいる俺みたいなのと連絡をとっていたんだ。
俺なんか追放者ギルドの中でも末端もいいところ。
せいぜい使い捨てられて終わると思っていた。
だがあの人は俺に接触してこんな命令をしてきたんだ。
「あの化け物パーティに俺みたいなのが入れるわけないじゃないッスか!」
「普通はな。一週間後、アフクルムにちょうどグレートバランが停泊する。その時に港で下っ端でも誰でもいいから接触しろ。そしていい感じに飲みに誘うんだ」
「そ、そんなんで入れるんスか? 普通にぶっ飛ばされて終わりじゃないスか……」
「飲ませて気分よくさせて、お前はひたすら媚びるんだ。低姿勢でヘコヘコしてりゃ、気をよくして手下にでもしてやろうと思うだろ」
グレートバランの船長クラスはともかく、下っ端相手ならそれでいけるとあの人は言った。
口八丁は俺の得意とするところだが、さすがにうまくいくとは思えない。
しかしあのズールさんは恐ろしい人だ。
あの人からレクチャーを受けたおかげで、驚くほどすんなりと潜り込めた。
下っ端の男は俺を見下して散々馬鹿にしたが、こいつなら逆らわないと思ったんだろう。
あのバランダルに紹介された時は死ぬほど怖くて少しちびったが、ほろ酔いで適当にあしらわれた。
それで俺は晴れてグレートバランの船員だ。
ただしその日々はあまりに過酷だった。
船内の清掃、片付け、食事の用意。なんでもやらされた。
それでも俺はヘコヘコしてヘラヘラして媚びたんだ。
そうこうしているうちに俺はどうも使える奴と認識される。
俺が配属されたのは四番船で、やけに馬鹿でかい声の船長が仕切っていた。
良くも悪くもおおらかで、細かいことは気にしないタイプみたいで助かっている。
正直、他の船なら俺の正体がばれても不思議じゃない。
特にあのエルリードとかいう三番船の船長はイケメンな上に、風の上位精霊と契約している。
妙な動きをすればすぐに察知されていただろう。
俺はグレートバランの情報を追放者ギルドに流していた。
海の上にいる時は手紙をビンに入れて放り投げて、それをどういう手段か知らないが誰かが受け取る。
陸についた時は買い出しの雑用ついでに追放者ギルドの人間に手紙を渡す。
怪しまれたことは一度もない。
何せ俺は馬鹿でヘラヘラして、誰からも舐められていたからだ。
そんな奴がスパイだなんて誰が疑うかってこと。
最初はどうなるかと思ったが今では難なくこなすことができた。
そうさ。俺みたいな奴にはこれがお似合いだ。
ものの弾みで冒険者になったものの、依頼なんて達成できるわけがない。
いざ魔物を前にすると足が震えて、生きてきたことを心の底から後悔する。
結局何もできずに最後は虚偽の達成報告をして、そのままとんずらした。
死に物狂いで逃げ続けた結果、俺は今の今まで冒険者ライセンスはく奪だけで済んでいる。
そんな時に声をかけてくれたのがズールさんだ。
あの人は俺みたいな人間のことをよくわかっている。
弱者の立場に立って俺の話を聞いてくれた。
俺みたいなのを追放者ギルドの仲間として迎えてくれたんだ。
あの人と話すうちに、冒険者ギルドの歪さがわかってきた。
差別的な等級制度、無駄に厳しい昇級試験。今は大して仕事もしてない特級冒険者。
その他、無駄極まりない規則。
そんなもので縛られて何が冒険者だ、とズールさんは笑う。
どこにも冒険なんかできやしないんだよ、俺達は。
俺はこれからもスパイとして生き続ける。
それが弱者である俺の生き方だ。
「居酒屋『テンタクル』にビール三百本、届けまぁーす!」
「みゃあぁーん!」
そんな俺も最近はグレートバラン本船で働かされている。
本船で人手が足りないからということで、俺が回された。
そして今、目の前を通り過ぎたのはリティとかいうガキだ。
エクスピース。二級の冒険者パーティと聞いている。
何が驚くってこれがマジでガキの集まりなんだ。
しかもこのグレートバランが協力関係を結ぶほどの冒険者パーティと聞いて俺は信じられなかった。
あんなガキが特級の魔物を仕留めたってんだから世の中狂ってやがる。
船内を走り回っている姿をよく見るが、あのピンク頭が視界に入るだけでイラついてしょうがない。
俺にも娘がいたらあれくらいの年齢だろうってガキだ。
あんなガキが二級だぜ?
ていうかなんだよ、あの長い生き物は。長すぎだろ。
つくづく神様ってのは不公平が大好きなんだよな。
結局、すべては才能なんだよ。
俺が十年かけてできたことが、ああいう奴は一日か二日でやり遂げる。
イラつく。マジでイラつく。
「ウラグルゥ! 何をボサッとしてやがる! とっとと掃除くらい終わらせろや!」
「あーっはははぁ! すんませぇーん!」
俺は船内のありとあらゆる場所に駆り出されている。
今日はこのクソオヤジが経営するバーでこき使われてるわけだ。
店の前の清掃なんか適当でいいだろ、クソが。
あー、イライラが止まらねぇ。
「あのー」
「はい! なんでしょうか!」
急に俺に話しかけてきたのはやけにでかいリュックを背負ったガキだ。
確かこいつもエクスピースのメンバーだったか。
ヘヤヘラしやがって、なんだってんだ。
「あんた、リティちゃんが気になってしょうがないんやなー」
「え? あ、あぁ、まぁーあの子は目立ちますらねぇ。ヘヘヘッ……」
「せやなー。それに比べたらうちなんか影が薄くてなー」
「ハハハ……」
なんだ、こいつ。
用がないならどこかに行けよ。
仕事を終わらせないと俺が怒られるんだからよ。
「じゃ、仕事があるんで……」
「あんた、スパイやっとるやろ?」
あ? なんだって?
「……はぁい? えぇ? なんです? へへ……」
「そないヘラヘラして図星かいなー」
なんだ。なんだ、こいつ。
意味がわからない。
コミック1巻が今年11月15日に発売します!
巻末には新たに書き下ろしたSS「リティの矜持」が掲載されてます!
ぜひ!




