イズベルタ収容所 8
予兆があったのはリティの何度目かのバーティカルエッジの時だった。
斬撃によって無数の魂が飛散して、深淵の禍神の一部が消失。
大量の腕の一つが消えて、また巨体を横倒しにした。
「アァァァア¨アァァァァァァーーーッ!」
「今だよッ!」
ナターシェが叫ぶと、エクスピースは合わせて最大の一撃を叩き込む。
リティの爆炎・バーティカルエッジの上位互換スキル、爆炎・バーティカルスライサー。
ロマのソードダンス。
クーファのオケアノス。
ナターシェの超爆炎斬り。
エネリーの特製ボム。
ミライのサンクチュアリ。
そして――
「エア・バキュム」
深淵の禍神だけに襲いかかる気圧の暴力。
万全の状態ならばものともしないが、今はダメージが蓄積されている。
その結果、全身が膨張して各箇所が破裂していった。
そこで火がついたのがクーファである。
同じ上位精霊を使役するものとして、なんとしてでもエルリードを超えたいと思ったのだ。
相手を出し抜いたり、勝ちたいという気持ちを持つのが苦手であったのがクーファだった。
かつて怒りによってグランドシャークのコバンザを瀕死に追い込んだ時のように。
ミライの母親の自由を奪っていた男に見せた怒りと同じく。
クーファは極限まで感情が高ぶっていた。
ただしそれはこれまでのように我を失った状態ではない。
「トラフ」
その声は誰よりも小さく、それでいて力強く響いた。
深淵の禍神が完全に身動きをとれなくなり、表面からわずかな厚さを保って水が包む。
しかしそれは何よりも力強く、何よりも暴力という言葉が相応しい。
深海のように静かで暗く、どんな光や音も届かない。
永遠の未踏破地帯と名高い深海。
自然界における最強の水の暴力が深淵の禍神の原型を失わせていった。
「す、すげぇ……」
「あらぁ、エルリードォ。あんな小さな子に負けてるんだけどぉ?」
エルリードの冒険者歴はクーファより長いが、その彼が瞬間的に負けを認めたのだ。
自身のエア・バキュムよりも遥かに静かで破壊的なその威力に、思わず膝をつくほどだった。
「ア、ア、ァ……」
ただし未だ抗う深淵の禍神もまた化け物だ。
世界の大部分を占める海、その深海に住む王者とも呼べる生物ですら深く潜れば押しつぶされかねない破壊力である。
溜まりに溜まった悪霊達の執念深さが力となっていた。
これを見たロマは深呼吸して、改めて舞う。
「もういい、もういいのよ」
救われない魂に安らぎを。その一心が籠った舞いは深淵の禍神の抵抗すら和らげる。
サンクチュアリの光に包まれながら、また一つ。魂が昇っていった。
浄化されつつある怨念に対して、リティはいつかのように見送る。
深淵の禍神と呼ばれた怨念が光となって分裂して、人の形となった。
無数の人々はリティ達に対して、頭を下げる。
「あ……」
光達が昇り、その表情は様々だった。
未だ苦悶の表情を浮かべる者、無表情、リティ達を睨みつける者。
すべてが解放されて、救われたわけではない。
しかしこれ以上、苦しんで憎むことはない。
エクスピースは彼らに完全な安らぎを与えられなかったが最善でもあった。
元より冒険者ギルドが討伐不可能と指定した特級のネームドモンスターだ。
深淵の禍神をイズベルタ収容所から消したという実績は、前人未到の実績である。
「はぁ……はぁ……」
「クーファさん!」
「リ、リティさん。私、また成長、できましたか……」
「できましたよ! できました!」
リティに救われたクーファにとって、彼女に認めてもらうことはどんな実績にも代えがたい。
倒れそうになるクーファを支えたリティが抱きしめた。
クーファを悪魔から解放した時にそうしたように。
その感触は以前と変わらず、小さな少女だとリティは感じた。
「ど、ど、どうにか、なった……」
「あかん、二度とあんなんごめんやで……」
「いやー、特級はやばいでしょ。正直、本気で死を覚悟したよ」
ロマとエネリー、ナターシェが力なく座る。
まだ休むには早いのだが、エクスピースにはほとんど力が残っていない。
回復魔法を受けても、彼女達はまだ立ち上がれなかった。
「まだ、まだです。ルイカさんを救出します……」
「リティ……」
立ち上がったリティが奥に向かって歩き出す。
しかしその歩みをエルリードが止めた。
「もう十分だ。ここからは俺の仕事だ」
「でも……」
「はぁー……。合格だよ、合格。この場に大船長がいないのが本当に惜しい。元々これは俺達の問題だから、ここで休んでいるといい」
エルリードの言葉に納得したリティが立ち尽くす。
未だ余力を残すリティにエルリードは心の底から畏敬の念を抱いた。
末恐ろしいなどという言葉では片付かない。
次に大船長と戦えば、いい勝負をするのではないかと思った。
リティの年齢で特級冒険者バランダルといい勝負などと考えたエルリードは何としてでもリティを踏み止まらせる。
無理をさせて宝を失う必要はない。
これからの冒険者の指標、いわばユグドラシアに代わるパーティとなるのはエクスピースだと確信していた。
「そんなん言って、手柄とか報酬を横取りする口実にやないやろうなぁ」
「まだ減らず口が叩けるのがいるのか。やっぱりお前ら、怖いわ……」
そう言いながら、エルリードはエクスピースの代わりに奥へと進んだ。
ルイカは生きている。
それを確信しているからこそ、まだ脅威は去っていないと彼は理解していた。
* * *
「く、くるんじゃねぇッ!」
「あー、もう怯えるんじゃねえよ。すぐ楽しくなるからよ」
追放者ギルドの最後の一人、殺戮魔人。
ソピオーネと共に来たメンバーであるが、早々単独行動を取った男だ。
かつてとある町で老若男女問わず暴行された挙句、三十二人が殺された。
遺体はすべて裸であり、すべての意味において見境のない怪物だ。
騎士団数名と三級冒険者を返り討ちにしており、彼を生け捕りにしたのはシルバーフェンリル隊の隊長を務めるイリシスだった。
あらゆる人間を皆殺しにした男は殺戮魔人と呼ばれるようになる。
監獄内において殺しのカリスマと呼ばれており、快楽主義の彼をスカウトするのにズールは何の苦労もしなかった。
「はい、ストップ。お変態ちゃん」
「あー?」
エクスピースにとって取るに足らない相手だが、エルリードはけじめをつけるためにあえて一人で向かったのだ。
この常軌を逸した変質者を少女達に見せたくないというささやかな想いもある。
「エ、エ、エルリードォォォーーー!」
「ルイカ嬢、いい子にしてたか?」
「お、おせぇよ、ば、ばかやろー……ひっぐ……」
「よしよし」
ルイカがエルリードに抱きつき、涙と鼻水で衣服を汚した。
一方、殺戮魔人に殺しの躊躇はない。
彼にとって殺人など呼吸と同じだ。
当たり前のように殺す。そこに言葉などない。
両手から飛び出した刃がエルリードを襲う。
あらゆる殺しの手段を考えた彼は凶器を体内に収納するスキルを身につけていた。
いつも、どこでも、誰でも殺せるように。
極限まで殺しを追求した彼は魔法が使えないながらも、そのスキルを研ぎ澄ます。
が、そこまでだった。
「いぎっ!?」
「俺はいつも思うんだ。変態野郎はちょんぎっちまえばいいってな」
「あああぎゃぁぁぁあいいぃぃーーーーー!」
エルリードの局所的なエア・バキュムは殺戮魔人の局部を破壊した。
もだえ苦しんでのたうち回り、エルリードはあえて放置する。
ルイカの目を覆った上で、殺戮魔人を見下した。
「戦闘が成立すると思ったら大間違いだ。お前が殺せるのはお前より弱い奴だけなんだよ」
「いだいだいああぁぁあ助けたすたすたすああぁぁ!」
殺戮魔人は殺せる人間の限度を思い知った。
お前より弱い奴。そう口にしたエルリードの真意の奥にいるのはやはりエクスピースだ。
格上の特級のネームドモンスター討伐を成し遂げた少女達。
殺戮魔人がこと切れるまで、エルリードはエクスピースに思いを馳せていた。
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