イズベルタ収容所 5
ベルクフェクトに続いてロガイもクーファによって水球の中に捕らえられた。
追放者ギルドは逃げた二人を含めてボスの幻霊のみ。
エネリーの話術によって喋ってしまったロガイによる情報である。
いよいよ最下層へと迫ったエクスピースだが、全員が明らかに異様な空気を感じていた。
「フ、フフ……諸君。最下層では常に音を出して歩いたほうが賢明だぞ。さもなくば奴に襲われるからな」
「あんたは黙っててなー。さっきうちに白状させられたもんやから、悔しくてまたはめようとしてんのが丸わかりやねん」
「う、ウソではない」
「やっぱり猿ぐつわは必要やな」
ロガイが口を滑らせたことによって、エクスピースは最下層の対策を知ってしまった。
ベルクフェクトは終始沈黙しており、ナターシェのほうには見向きもしない。
ロガイがいう奴というものがネームドモンスターであることはすでに全員が承知している。
冒険者ギルドでも桁違いの討伐報酬が設定されており、その手配書は劣化して所々が破けている。
つまり長いこと、誰も手をつけられなかったということだ。
「……ふぅ。まさかここまでこられるとはね。いいぜ、俺からのご褒美だ。シィル」
「はぁい。無響」
エルリードがシィルに命じて、エクスピースの周囲の音が消えた。
音の反響すら風の力で消せるシィルに、クーファは下唇を噛む。
成長したつもりだが、自分はまだアーキュラの力を引き出せていないと感じた。
そんな不安と憤りを感じたミライがクーファの手をぎゅっと握る。
「……。……」
「……」
音が消された影響で何を言ったかは聴こえなかったが、クーファはミライの励ましを受け取った。
広い最下層を慎重に歩いてるところでエクスピースは気づく。
最下層に入ってからハンデッドが一切襲ってこない。
幽霊船の時ですらキャプテン・クリーバーは多数のアンデッドを従えていた。
音は聴こえないものの、リティは全神経を集中させてその脅威を感じ取っている。
脅威はまだ近くにはいない。
しかしすでにエクスピースに対する攻撃は始まっていた。
突然現れたそれはエクスピースが忘れもしない大猿の魔物だ。
筋骨隆々の体躯に丸太すら凌ぐ太い手足。
剛腕が振り下ろされて、最下層の床を軽々と砕いた。
「チッ! 無響解除だ! こうなっちまったら意味がねぇ!」
こちらが音を消しても、向こうが盛大な音を立てては意味がない。
エルリードは襲撃した魔物を当然、知っている。
なぜこんなところに、という疑問を一瞬でも払拭できなかった。
しかしリティは迷いなく大猿、激昂する大将に向かう。
「スパイラルトラストッ!」
回転する槍の突きが激昂する大将に深々と刺さる。
悲鳴を上げた大猿だが、次の瞬間には消えていた。
さすがのリティも困惑するが警戒は怠らない。
「な、なんなの? なんであの魔物がここに……」
「幻霊だよ。あらゆる属性を付与して自分の姿は一切見せない……それが彼女の戦闘スタイルだね」
「属性? 魔物が?」
「幻霊はあらゆるものを自分や対象に付与できるみたいだよ。ハッキリ言って付与術師を超えている」
リティの傍らにはウラコがいた。
さすがのリティも思わず攻撃しそうになったが寸前で止める。
「わッ……!」
「そこにいるのはクーファさんですよね?」
「私、なんでこんな……」
ナターシェの説明通り、リティは幻霊の底力を思い知った。
クーファをハンデッドの姿に見せかけたのだ。
リティがいち早く気づかなければ、誰かが攻撃していただろう。
この戦法で幻霊ソピオーネはあらゆるパーティの壊滅を成功させた。
固い絆で結ばれたパーティが自分の手によって脆く壊れていく様を見るのが楽しくてしかたないのだ。
リティは滅多に敵を卑怯と罵らないが、仲間を巻き込んだその悪辣な魔女に静かな怒りを燃やす。
そして気がつけば仲間もなんらかの魔物に変えられている。
自分自身も他人からはそう見えているのではないかとリティは疑った。
「皆さん、動かないでください。絶対です」
リティの一言を誰も疑わない。
リティは味方であればこの場から一歩も動かないと信じている。
そして間もなく、エクスピースの頭上から怪鳥が急降下してきた。
ネームドモンスター、苛烈なる空鳥。
エクスピースが戦ったことがない魔物だがその等級は一級であり、十分に脅威となるはずだった。
「はぁぁッ!」
リティは怪鳥をギリギリまで引きつけて、そして跳んだ。
槍が怪鳥に刺さり、そのまま最下層の床に叩きつける。
もちろんリティは槍を離さない。
「ぐげぇぁああぁぁッ!」
「あなたの負けです」
「ごふっ……この、クソガキがッ……なんて怪力してんだい……」
姿を現した老婆が幻霊ソピオーネであることは誰も疑わない。
槍が刺さったままぜぇぜぇと息を切らして、リティを睨みつけていた。
「最初の時は寸前で魔術を解除して逃げましたね。刺さったように見せかけたんです」
「ご名答だがあんたに私が殺せるかねぇ? クククッ……」
ソピオーネが霧のように消えてリティの槍から逃れた。
自身にいかなる属性も付与できる。それは本当に千差万別なのだとリティは感心した。
それだけの力がありながら追放冒険者に落ちる意味など理解できず、言ってしまえばそれがリティがソピオーネに抱いた唯一の感想だ。
「また来るわね……!」
ロマが負けじと警戒した時、消えたはずのソピオーネが実体化した。
空中で何かに固定されているようであり、口から血を流し始める。
「うぎぎぎ……あぁぁ! なんで、なんで奴がッ!」
ソピオーネは何かに掴まれている。
それがうっすらと姿を表したり消えたりなど、明滅のように繰り返していた。
ついに大御所がきたと、エルリードは舌打ちする。
ソピオーネが邪魔しなければ戦う必要のなかった相手だ。
「オ¨オ……ア、ア¨……ァ……」
「あ、あんたら早く私を助け……ギャァッ!」
ソピオーネの細い体はあっさりと潰された。
透明の何かから血が滴り、それは同時にソピオーネが長い年月をかけて習得した付与魔術すら通用しないという宣告そのものだ。
明滅の瞬間、エクスピースは確かに見た。
空洞の目から血を流し続け、口は何かに縫われている。
縮れた大量の髪が垂れ下がり、複数の腕が昆虫のように巨体を支えていた。
人間の顔と手足をもった巨大昆虫。
エルリードはそのネームドモンスターをそうとしか形容できなかった。
「あーあ……でかい音さえ立てなければエンカウントしなかったんだがなぁ」
リティは生まれて初めて全身が総毛だった。
ユグドラシルの面々とは違った強さや恐怖を持つ異形を過去最強の敵と認識する。
一級冒険者を含めて山ほど葬ってきたネームドモンスター、深淵の禍神。
神と名付けられる異形の等級は冒険者を長く生業とした者であれば誰もが知っている。
「あれ特級だからな……」
エルリードは諦めがついたかのように呟いた。
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