イズベルタ収容所 4
クーファによってベルクフェクトは水球の中に拘束された。
追放冒険者である彼だが、エクスピースの結論として殺害は最後の手段だ。
ベルクフェクトは戦意を喪失しており、それだけでもほぼ無力化している。
そんな彼にナターシェはどう声をかけていいかわからなかった。
エネリーの力説はあっても、彼女のわずかな罪悪感はなかなか消えてなくならない。
「エネリーちゃん。ありがと、あなたにあんな形で助けられるとは思わなかった」
「礼はコレで頼むな?」
「え、お金?」
「冗談や、じょーだん」
エネリーはこの戦いで確実に一皮むけたと感じていた。
ベルクフェクトは本来、まともに戦えばエネリーが勝てる相手ではない。
ナターシェの件で逆上して、半ば我を失ったところに更に言葉で追い打ちをかけたのだ。
言葉による駆け引きはエネリーの得意とするところではあるが、真正面から挑んだのはこれが初めてだった。
クレートバランにて、バランダルに言われた言葉がエネリーとしては引っかかって気に入らない。
そんなものに振り回される自分が悔しくてたまらなく、どこかで克服しようと考えていた。
ベルクフェクトの登場をその機会にしたのはエネリーの紛れもない成長の証であり、強さでもある。
「ナターシェちゃん、うちな。これからも近接戦をがんばるわ。指導よろしくできるか?」
「珍しい! いつもは屁理屈こねて逃げるくせに!」
「まぁうちも自信がついて調子に乗ったっちゅうことやな」
「エネリーさん! がんばりましょう!」
「リティちゃんには頼んどらんからなー」
リティに指導が向いていないという以前に、彼女についていけるものなどエクスピースにはいない。
無茶を根性論で押し通して、それを実現させるバイタルの持ち主だ。
そもそもリティの戦いのセンスは教わったところで真似できるものではない。
「そこのおっさんの話だと、やっぱり裏で糸を引いてるんは幻霊っちゅう奴みたいやな」
「元一級の人ですね。どんな戦い方をするのか……」
「動くなッ!」
リティを含めたエクスピースのメンバーの動きが止まった。
リティに蹴り飛ばされたロガイが目を覚ましたのだ。
よろめきながらもロガイは口元のマスクを通して、また叫ぶ。
「よーし! 動くなよ、動くな! 年配の言うことはきちんと聞く! 人として当然の礼儀だ!」
「こ、これって……!」
「まずはロマ君。君は五級昇級試験の時、邪魔をしてくれたね。まったく、目上の者に対してあるまじき行為だ。動くなよ」
「なんなの、なんで体が……」
ロガイは愉悦に浸りながらロマに近づく。
彼女の長い髪を手ですくい、どこか粘り気のある視線をロマに這わせた。
ロマの嫌悪感は頂点に達しているが身動きが取れない。
「動けんだろう? 伝説級魔導具、古老の激口だ。私よりも年下の君達は絶対に逆らえんのだよ。まだ動くな」
傍観してたエルリードも、その名は聞いたことがあった。
装備者よりも若い者達に命令を利かせる魔導具で、かつては古代帝国の独裁者が使用していたという逸話もある。
または自らの教えを聞かせようと活動していた年老いた宗教家が残した呪いとも言われており、伝説の名に恥じない性能を誇っていた。
ここにきてピンチに陥ったエクスピースに対して、エルリードはやや落胆する。
状況が混沌としていたとはいえ、ロガイにきちんと止めを刺さなかったのは明らかな油断だ。
詰めが甘い。エルリードの中ではエクスピースの評価が落ちつつあった。
打開の策はあるが、ここを自力で抜け出せないようではバランダルも期待はしないだろうと冷めた目で見守っている。
「リティ君にロマ君。君達に恨みはあるが、最後にとっておくとしよう。まずは仲間のガキからだな。よし、まだ動くなよ」
ロガイの言動で、リティは古老の激口の特性を見抜いた。
一度、止められたにも関わらずリティは再び動いてロガイを蹴り飛ばしたのだ。
動けるようになる条件をロガイ自らが明かしてしまっている。
「ミャアァァァンッ!」
「なに? そうか、幻獣には効かんのか。面倒だがあんなものは小動物……」
ロガイが予定を変更してリティの下へ近づき、剣を抜く。
ミャンの威嚇はリティの意思でもある。
彼女はロガイが近づいてくるまで待っていたのだ。
そして――
「プッ!」
リティが口から何かを発射してロガイのマスクに当てた。
マスクに何かがめり込み、続けてミャンが口を開ける。
「ミャアッ!」
「うぉぉぉッ!?」
ミャンの口から放たれた槍がロガイを突き刺した。
ロガイが事態を把握したと同時に、激痛が襲う。
「ギャアァァァッ! アアァ、アガ、アガガ……!」
「てやぁぁぁッ!」
「う、動くなっ!」
リティの掛け声とロガイの命令は同時だった。
が、リティの拳がロガイをマスクごと顔面を打ち砕く。
床に叩きつけられたロガイは歯が折れて潰れた顔面のまま動かなくなった。
「念のためにこのマスクを完全に壊しましょう」
「みゃんみゃんっ!」
ロガイからとったマスクをリティが踏みつぶして破壊した。
あまりの一瞬の出来事にエルリードは目を疑う。
リティが口から飛ばしたものがまるで見えなかったのだ。
「シィル、あの子は何を飛ばしたんだ?」
「歯ねぇ。自分で折って飛ばしたのよ」
「は? 歯?」
「長いこと人間を見てきたけどホント怖いわねぇ」
エルリードの答えとしてはミャンよりもアーキュラが適任だった。
古老の激口は、基本的に人間より長く生きている上に年功序列という概念がない幻獣や精霊には効かない。
人外という点で魔物にも無効である。
クーファもそのアーキュラを動かすことを思いついたのだが、リティのほうが決断が早かった。
「皆さん、動けますよね?」
「う、動けるけど……リティ。口から血が出てるわ」
「歯を使っちゃいました」
「……歯?」
「ミライちゃん、回復してもらえると嬉しいです」
口から血を流しながら近づいてくるリティにミライは怯えた。
クーファの後ろに隠れて、なかなか実行に移さない。
その挙動がリティには理解できず、追い打ちをかけるように接近した。
「ミライちゃん?」
「お、お姉ちゃん……」
リティによる異常事態や異常行動にすら疑問を持たないことに恐怖を抱くのは当然だった。
自傷というのはまともな神経であればためらう。
ましてや口内の歯を躊躇せずに折るなど、誰にも理解できる境地ではない。
理解していたつもりであったエクスピースの面々もこの時ばかりはリティを素直に賞賛できなかった。
「歯ってめちゃ痛いどころやないやろ……」
「私でもやれって言われたら無理だよ。そもそもマスクを故障させるほどの威力で歯を飛ばすなんて、世界中を探してもリティだけだね」
怯えるミライに治療してもらうリティを眺めながら、エネリーとナターシェはヒソヒソと囁きあう。
一方でロマはあらゆる意味でリティには勝てないと再認識してしまった。
剣術やセンスの次元ではない。生き残る術を知り尽くしている。
戦い以前の根本的な問題であり、リティに真の意味で勝てる者はいるのだろうかと考えていた。
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