イズベルタ収容所 2
幻霊。その通り名をソピオーネは気に入っていた。
名門の貴族家の長女として生まれながらも、まともな魔術を一切使えなかったせいで追放された過去と今を照らし合わせる。
そうすることで今の自分は過去を乗り越えており、没落した実家を堂々と見下せるのだ。
追放されてからは食べるものがなければ奪い、水がなければ泥水をすすった。
世を嘆いて憎み、奴隷に落ちて凄惨な仕打ちを受けたことすら今では酒の肴になる。
付与術師は珍しいジョブであるが、その性質のせいであまり重宝はされていなかった。
属性付与だけならば他職で事足りる場合が多く、わざわざパーティの頭数を増やすほどではないと考える者が多かったのだ。
だがこれは基礎の魔術すら使えないソピオーネが見つけた活路である。
彼女は捕らえられているルイカの隣に座って、夢心地の気分に浸っていた。
「やい! ババア! こんなところにいたら、お前もハンデッドに食われるんだぞ!」
「小娘。なんでここのハンデッドがあまり互いに争わないか、わかるかい?」
「し、知るかよ」
「属性さ。火口から生まれたドラゴンを倒すのにもっとも必要なのは水や氷じゃない。火さ」
付与術師ソピオーネはあらゆる属性を作り上げることができる。
対ハンデッドであれば、闇属性をベースとして死属性を作り上げて自分や他のメンバーに付与した。
ハンデッドに対抗するために聖属性を付与して戦うのではない。敵と同じ属性にして耐性を得るのだ。
ハンデッドに聖属性は有効打とはならず、聖属性をまとったとしても効果的ではないとソピオーネは考えていた。
これは一般的な付与術師の力を遥かに超えている。
彼女は普通の魔術師にはない才能を持っていたのだ。
実質、無限の属性を操る彼女は、時に人間ではないと敵に誤認させてしまう。
本質を見誤らせてしまう、それが幻霊の由来だった。
「こ、こんなことして何がしたいんだよ?」
「金さ。あのズールの坊やは羽振りがいい。実際、エクスピースとかいうケツの青いガキどもを殺すだけでとんでもない報酬が貰えるんだからね。あんたの父親だって大好きなものさ。金だよ、金。人を偉そうに、もしくは偉くさせるのは詰まるところ金なんだよ」
ソピオーネの実家は時が経つにつれて、資金繰りが困難になり没落した。
優れた人間であろうと名家であろうと、最後は金に苦しめられた。
手段を選ばず、手にした金が力となる。彼女の家族が求めた金が自分にはある。
金が自信や力の源であり、ソピオーネはすべてを見下していた。
「オヤジは金が好きなんじゃない! いつだって刺激を求めて、そこに金があっただけだ!」
「同じことさ。その金を手にしちまったんだからね」
「お前、ここが見つかったらぶっ殺されるぞ! お前なんかじゃオヤジには勝てない!」
「強い奴が勝つんじゃない。生きた奴が勝つんだよ。そう、生きた奴がね……」
ソピオーネはメンバーに報酬の分け前を与えるつもりなどない。
それどころか、機会を見て全滅させる算段すら立ててあった。
自分にとって信じられるのは自分だけ、仲間などという概念などソピオーネの中にはない。
「さて、そろそろ一人や二人くらい殺しているはずだけどね。ずいぶんと時間が経っているね」
その時、怪我を負って壁によりかかりながら近づいてくる影があった。
それは元準二級のガリクソンだ。滅盾の異名で知られる剛戦士だが、今はついに膝をついている。
「なんだい、どうしちまったんだい」
「ソ、ソピオーネ……。俺は足を洗う……。とてもじゃないが相手にしてられん……」
「あんたが突撃すれば草木も残らないって話じゃないか。ガキ相手に芋を引いてんじゃないよ」
「俺だけじゃない……」
続いて現れたのは元三級のグウレイだ。
二人のダメージを見て、ソピオーネは気づいた。
どれも斬られた傷ではなく、打撃による外傷だ。
「ここへ案内しろと言いやがってな……。クソガキが舐めやがって……」
「ちょっと待ちなよ、グウレイ。ハンデッドにやられたってんじゃないならそれは何だい」
「たった一人のガキにやられちまった……。あのピンク髪のガキ……俺の攻撃がすべて見切られた上に剣すら……抜かせられなかった……」
「フ、フン。元三級程度のあんたじゃ」
「俺とガリクソンの二人がかりだ……」
元準二級と元三級の二人が子ども相手に剣すら抜かせられない。
ソピオーネは多少うろたえたが、すぐに思い直した。
相手が子どもであれば、いくら落ちた人間でも情が入ることもある。
二人はそこに付け込まれたのだと考えた。
* * *
エクスピースを奇襲した二級のハンデッド、ゾイストは不細工な人形のような姿をしている。
白い全身に縫い付けられた口元、不揃いな長さの手足が不気味さを演出していた。
それが天井に届くほどの巨大さであり、数体。
続いて現れるのはレブナント。武装した風貌だけであれば冒険者を彷彿とさせるが、装着しているのはミイラだ。
等級は生前の実力によって左右されるので、これも冒険者泣かせなハンデッドである。
ただし三級より下はまずいないとエルリードが付け加えた。
「ちょっとちょっとぉ……。いくらなんでもひどすぎるわね」
「だから、ロマちゃん。言っただろう? ここを攻略しようって考えが間違ってるというのは冒険者の間じゃ通説さ。あ、またおでましだぜ」
黒い塊が暗い石造りの地下通路を這ってくる。
黒い塊は髪の毛であり、やせ細った髑髏のような顔をした女性がのっそりと立ち上がった。
片手を上げるとロマの武器が何かに弾かれて、態勢を崩す。
「な、なんなの!」
「うへぇ、ありゃウラコだな。地下に囚われて乱暴された女の怨念が実体化したやつだ。見えない魔術みたいな力を使うってのは本当だったか。しかも等級は一級……やべぇぞ」
「一級って! あんなのがゴロゴロいるのに、さっき襲ってきた二人はどこへ行ったのよ!」
リティに撃退されたガリクソンとクウレイについてロマは疑問だった。
ナターシェは二人を殺すべきだと提案するが、エネリーは二人に大元のところへ案内してもらおうと提案したのだ。
しかし、その当ては外れてしまう。
二人はハンデッドをものともせずに地下を進むが、エクスピースはついに阻まれてしまった。
当然、半ば逃げる形でガリクソンとクウレイはエクスピースを引き離してしまう。
「あの二人、なーんでハンデッドに襲われんのやろうな?」
「こんな真似ができる追放落ちといったら、幻霊しか思い浮かばないね」
「知ってるんか! ナターシェちゃん!」
「危ないッ!」
ナターシェがエネリーを庇い、何者かの剣を受ける。
突如、斬りかかってきた男は身を引いて改めてナターシェと向き合った。
「さすがだな。憎たらしいセンスと反応速度だ」
「あ、あんたは……! まさかベルクファクト!?」
「ベルクファクトさん、だろう? 相変わらず礼儀を知らん奴だ」
「なんで……!」
戸惑うナターシェの代わりと言わんばかりにリティが迫るハンデッドを迎え撃つ。
「動くなっ!」
「えっ……」
リティがゾイストに剣で斬りかかる寸前、動きを止めてしまった。
同じポーズのままリティは微動だにできない。
その隙にリティはゾイストに叩き飛ばされてしまった。
「リティーーッ!」
「リティに……君は確かロマだったね。久しぶりだな」
「ロ、ロガイ!」
自分とリティの五級昇級試験を担当した男をロマは忘れていない。
私情で無茶な試験を強行したこと、リティを陥れて不合格にしようとした狡猾で汚い男。
冒険者資格をはく奪された上に監獄送りにされたと聞いていたロマにとって、すべてが一瞬で繋がった。
「目上の人間に舐めた口を利くな。これだから若い連中はなっておらんのだよ」
「犯罪者に落ちたあなたに言われたくないわ!」
ロマはロガイの口元を覆う奇妙なマスクが気になった。
大口を開けたデザインが印象的なあのマスクは普通ではない。
リティが動けなくなった理由だと確信していた。が、すでにリティはそこにはいない。
「いいかね、君達。私が手に入れたこの魔道具はアギャッ!」
リティによって豪快に蹴り飛ばされたロガイが壁に突っ込む。
リティはロガイとの再会に何の感情を動かさずに速やかに攻撃した。
どういう理屈で動けなくなり、そして動けるようになったのか。
ロマには見当もつかないが、リティは何らかの理由で動けるようになった。
そしてすぐ様、やるべきことをやったのだ。これがリティだとロマは苦笑する。
「皆さん! ハンデッドと追放者ギルドの討伐です! 頑張りましょう!」
ありきたりなセリフだが、実にリティらしいと全員が思う。
これで鼓舞されるほど、エクスピースはリティが中心となっていた。
並みのパーティでは壊滅確定の状況だが、エルリードは改めてエクスピースの実力を見たいとすら考えている。
すでに彼も魅せられているのだが、本人は気づいていない。
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