イズベルタ収容所 1
コンフューズ・ワルツ→コンフューズ・ダンスに変更しました。
海岸より徒歩で数日の距離の場所にそれはあった。
森に隠されるようにして、或いは守られるようにして。
突如として、ツタに覆われた巨大な建造物がエクスピースの前に姿を見せる。
ぽっかりと空いた口のような窓が無数に並んでおり、時折なにかが顔をのぞかせていた。
目鼻や口が空洞となった虚無のような存在が、イズベルタ収容所の前に立つ挑戦者を認識している。
「やっと着いたな。ここがアフクルムの汚点だ。わざわざ木を植え替えて森に変えてまで隠したんだから恐れ入るよな」
「エルリードさん、ここはよく冒険者がくるんですか?」
「ここに来るのは命知らずかただのアホくらいだな。一級冒険者すら行方不明になり、もしくは尻込みするのは理由がある。一つはハンデッドの厄介さだ。生物とアンデッドの狭間にいるあいつらには明確な対処法がない」
「そうなんですか。でも最近、誰か来たみたいですよ」
エルリードも気づかなかった先客の痕跡がうっすらと足跡として残っている。
リティが指摘したそれは複数あった。大人のサイズのものに混じって、一つだけ小さなものがある。
エルリードがしゃがんで確認すると、深くため息を吐いた。
「……当てが外れたら面倒だが、当たってたならそれも面倒だ。ここにルイカがいるのは確定じゃないか」
「急ぎましょう。それにこの足跡、まだ新しいです」
ミライの足のサイズとほぼ変わらない足跡だ。
そのミライが、自分達を監視するハンデッドに気づいている。
それがヒュッと窓の奥に引っ込んだと同時にミライも顔をそらす。
「クーファお姉ちゃん……。ゆ、幽霊船より、怖い……」
「わたし達、強くなってるから大丈夫」
クーファが声を震わせずにミライを鼓舞した。
それは虚勢ではなく、確かな実力に裏打ちされた言葉だ。
以前のクーファであれば、私がついているからとかすかな不安を隠せなかっただろう。
これまでの戦いがクーファを成長させており、アーキュラもすでに気構えが違う。
もしクーファが望むのであれば、この忌まわしき建物もろとも押し流すほど気迫に満ちている。
そして暗いイズベルタ収容所内に一行が足を踏み入れた。
「あの足跡、気になります」
「リティ、どういうこと?」
「ロマさん。気づきませんか? 新しい足跡がいくつかありました。ルイカちゃんが拉致されたのはずっと前です。それなのにあの足跡は私達が辿りつく少しのものとしか思えません」
リティとロマの会話を聞いて、ナターシェとエネリーは疑惑を深めた。
ただの先客であればいい。しかしルイカが囚われた場所であれば、すでに追放者ギルドの手が入っているはずだ。
生き残るだけでも困難な場所で何かを仕掛けてくるとは考えにくい。
しかし命のリスクがあるのは誰であろうと同じだ。
より考えを深めようとしていたところで、暗闇の影が動く。
動いた影が人の形となり、人体として不可能な関節の可動を見せた。
「ハンデッドね!」
「シャドーピープル。ハンデッドだが、ここじゃ最弱だな。が……」
シャドーピープル、群れを成す三級に指定されているアンデッドだ。
まとまった上で三級ではない。一体で三級なのだ。
実体がある影人間だが、その攻撃範囲は広い。壁や床に浸透して、長く伸ばした腕をエクスピースに向かわせる。
掴まれてしまえば鍛え上げた人体ですら握りつぶされてしまう。
「ていやぁッ!」
「コンフューズ・ダンス……」
リティがモーゼスエッジで難なくシャドーピープルを複数体まとめて斬る。
ロマのコンフューズ・ダンスはハンデッドであろうと、判断を鈍らせた。
ハンデッドの恐ろしさは中途半端にアンデッドの性質を持つところにある。
実体があり、物理的なダメージは届くが効果が薄い。
しかしその分、生物の性質も併せ持つのであれば視覚などが惑わされて影響を受ける。
その動きに翻弄されたシャドーピープルは、剣の舞ともいえるロマの動きを捉えられずに斬りつけられた。
更にリティのモーゼスエッジはハンデッドであろうと、形なきものを斬る。
たった二人が戦線に立ったおかげで、下手をすれば二級冒険者パーティを全滅させるハンデッドが討伐された。
手を出そうかとエルリードが判断した矢先の出来事である。
「……こりゃすごい。うちの連中が苦戦するわけだ。そこらの二級の実力じゃないなぁ」
「うちの斬り込み隊二人でなんとかなったなー。ナターシェちゃんが出るまでもなかったっていうな」
聖属性付与のおかげとはいえ、ロマもリティに合わせて始末できた。
そのポテンシャルにもっとも驚いたのはナターシェだ。
以前はわずかに心配したが、ロマの反骨心が彼女を成長させている。
ひょっとしたら自分は大きく見誤ったのではないかと、己の見る目のなさに対して自嘲した。
「さて、シィル。行先案内を頼む」
「はぁい、アレねぇ。風の道案内」
シィルからふわりとそよ風が放たれた。
何かを全身で感じたシィルが目を閉じている。
「地下ねぇ。ルイカちゃんらしき体格をした生物の気配があるわぁ。でもぉ……大人らしき人間もいるわねぇ」
「マジかよ。いい先客だといいんだがな」
「この奥に進んでいるとなると、かなりの実力者かもしれないわぁ。あとハンデッドは感知しにくいから、そこんとこよろしくねぇ」
一連の流れにクーファの胸が高鳴った。
風の上位精霊は大気を我が物として、収容所内にいる生物の気配を感知している。
シィルがいれば、大半のダンジョンの探索は半分以下の労力で行える。
グレートバランが数々のダンジョンを荒らした立役者の一人であることは、誰も疑いようがなかった。
「いくぞ。シャドーピープルはほんの小手調べってところだ。やばいのは地下だからな」
「三級の魔物で小手調べんでほしいなぁ」
ぼやくエネリーだが、ここでこそ自分が覚悟を決めるタイミングではないかと考えている。
道具に頼らない自分なりの戦い方ができるかどうか。エネリーはナイフを握りしめた。
* * *
イズベルタ収容所の最下層にて、とある一団が待機していた。
ズールの命令により、追放者ギルドとしてエクスピースの始末を任された精鋭達だ。
指揮を任されているのは元一級冒険者の付与術師、幻霊の異名を持つソピオーネ。
齢70、更に魔術系のジョブでありながらソロ冒険者としての知名度が高い老齢の女性だ。
「はぁ、さてさて。やぁっとこさ、仕事が始まるねぇ。年寄りを待たせるんじゃないよ、まったく……」
その実績の裏では多くの生き血が流れていた。
幻のごとく夢を見させて、最後には仲間を陥れて手柄を得る。
ソピオーネは誰も信用せず、追放者ギルドすら例外ではなかった。
「お前さん達、ここが踏ん張りどころだよ。いつまでも、あのズールとかいう小僧に使われたくはないだろう?」
「もちろんだ。だから経験豊富なあんたに従っている」
「ヒッヒッヒッ……。賢くて頼りになるよ」
ソピオーネに次ぐ実力者は魔法剣士の男、ベルクフェクト。
かつては二級冒険者として名を馳せたが、とある理由により追放落ちしている。
彼としてはソピオーネの思惑など、どうでもいい。
今回の作戦実行役に買って出た理由の前では、本当にどうでもよかった。
「やっと俺の人生を壊したあいつに復讐できる。こんなにも早くチャンスに巡り合えるとはな」
「あんたも一途だねぇ。ヒッヒッヒッ……」
「だが、他の奴らが足を引っ張るようであれば……わかってるな?」
ベルクフェクトが睨みを利かせたのは元王国騎士団のアンフィスバエナ隊の隊長バイダー。
そして元三級冒険者にしてリティ達の五級昇級試験の試験官を務めたロガイ。
元準二級のガリクソン、元三級のグウレイ。脱獄の際にズールが勧誘した連続殺人鬼、殺戮魔人と呼ばれる男。
いずれもあらゆる点に問題がある者達である。
「ソピオーネ殿、どうも若い連中が多すぎますな。彼らは経験がなければ苦労を知らない。問題はありませんかな?」
「ロガイや。お前は余計な心配をしなくていいから、存分にその魔導具を振るえばいいんだ。そいつがあればあんたは無敵さ」
「フン、僕の魔導具には敵わないねぇ」
ロガイとバイダーは共にズールから魔導具が与えられている。
今すぐにでもその力をもって、エクスピースへの復讐を果たしたくて仕方がないのだ。
暗い収容所の地下にて、彼らはソピオーネの魔術のおかげでハンデッドの認識外にいる。
つまり後はエクスピースのみに注力できる状態であった。
「でもあんた達、ガキどもがここまで辿り着かなかったら……その時はあたしを恨まないでくれよ?」
ソピオーネにとってすべてが駒だった。
小便臭い子どもの集まりを殺すだけで、莫大な報酬を受け取ることができると笑っている。
なぜかズールに高く評価されているエクスピースを仕留めることができれば、魔術師としての箔を見せつけられる。
元冒険者にして大魔術師の継承者達、六賢人の一人としての役割を果たせるのだ。
ズールが死の商人として世界の裏で暗躍をするのであれば、その彼を牽制しない理由はなかった。




