リティ、絡まれる
重戦士ギルド二日目、教官ゴンザとリティの模擬戦は熾烈を極めていた。
これはもはや模擬戦ではない。鬼気迫る二人の表情と迫力。初日でこの二人を止めた教官も、口出し出来ずにいる。
何より教官ゴンザが意地になっていた。教官ゴンザの得意武器の斧ではないとはいえ、リティは槍を握ってまだ二日目だ。
その初心者に後退を迫られる場面が何度もあった。
「クッ! やるな!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
槍の連突き、これもスキルの一つなのだが誰もリティに教えてない。
無意識なのか、見て習得したのか。それすらもどうでもよくなるほどの攻めだった。
意表を突かれたゴンザの手に力が入る。
「槍ってのはな! こう扱うんだ! 百烈突きッ!」
これみよがしに教官ゴンザが、更に練度の高いスキルを放つ。リティのそれよりも完成されたスキルだが、見習いに繰り出すものではない。
大声で教官達がゴンザを止めるが遅い。リティの頬をかすめて、胸を打ち、半分近くの攻撃を受けてしまった。
「う、うげぇ……」
「馬鹿野郎! ゴンザ! スキルまで使う事あるか!」
リティが膝をつきそうになるが、まだ崩れない。そんなリティを見て、教官ゴンザは我に返る。
やりすぎた。罪悪感が体の芯から湧き上がるが、リティが彼を恨んでいる様子はなかった。
それどころか、教官ゴンザの本気のスキルを半分以上も凌いだのだ。
「すまなかった。だが、その鎧が役立ったな」
「は、はい。あの、もう一度」
「今のは俺の落ち度だ。だからというわけではないが……最終試験の調整に入る」
「いいんですか……?」
「ハッキリ言おう。お前は見習いのレベルをとっくに超えているんだ。何せお前は槍を握って二日目だぞ?」
剣士修練所の時と同じく、ここには年単位で通っている見習いもいる。剣士修練所の連中は何をしていたんだと、教官ゴンザは心の中で悪態をついた。
その見当違いな怒りは、自分が模擬戦で追いつめられた腹いせでもある。しかしそれを踏まえた上で、教官ゴンザは事実を告げる事にした。
「お前には才能がある。年単位が通常な称号を、こんな短期間で獲得に至る奴なんてそうはいない。鼻にかけるのもよくないが、自信を持たないといらんトラブルを起こすハメにもなる」
「自信、ですか」
「謙虚もいいがな。おっと、説経臭くなっちまった」
「私には才能がある、私には才能がある……」
何か自己暗示をかけ始めたリティに、すぐリアクションできる者はいなかった。
教官ゴンザは他の教官にこの場を任せて、修練所から出る。
リティの最終試験の許可をもらいにいった教官ゴンザにかわったのは、教官デニイルだ。漆黒の肌を持ち、ゴンザを越える上背の持ち主だった。
「ゴンザがああいうなら、認めるしかないな。ところで槍もいいが、斧を使ってみる気はないか?」
「使いたいです!」
「いい返事だ。ゴンザの得意武器でもある斧だが、剣とは違った癖があって面白いぞ」
「楽しみです!」
伸びる見習いはとことん伸ばすのが、教官デニイルの方針だ。
そんな彼が持ってきた片手斧をリティが持つと、やはり好奇心で満ち溢れていた。
剣よりも重くてその分、一撃に賭けなければいけない。リティは実際に持ってみて、それを肌で実感した。
「斧は重くて命中させるのが難しい。その重さを活かしたスキルばかりなのが特徴だな」
「これと盾を持って戦うんですか?」
「両手斧なんてのもあるが、今は片手のみにしておこう。せっかく盾に慣れてきたのだからな」
「斧、斧かー。すごくいい武器ですね」
未知への不安がまったくない。教官デニイルもまたリティを不思議な娘だと評価した。
実際に訓練に入れば基本の動きや基本スキルを見せただけですぐに習得してしまう。教官ゴンザの指導の時もそうだったが、戸惑うのはほんの最初だけだ。
そんなリティに接してみて、改めて彼は思う。この子に指導者は必要なのか、と。
「スキルの甲羅割りは、硬い魔物に対して有効だ。動きが遅くて、その手の特性を持つ魔物にはうってつけのスキルでもある」
「それをこう……振り回せば、範囲が広がりますね!」
「そ、そうだな。そういった応用も大切だ」
教えてもいないのに、すぐに基本から派生させられる。それが効果的かどうかはさておき、彼女ならモノにするだろう。
教官デニイルはより気を引き締めて、リティを最終試験へ導く事にした。
* * *
訓練が終わり、夜道を歩くリティ。教官に自信を持てと言われた事、才能があると言われた事。
そしてすでに最終試験を受けられるほどに仕上がってると告げられて、リティのテンションは高い。
思わず駆け出しそうになったところで、足を止める。
前方に人影が数人、近付くにつれてそれが重戦士ギルドにいた見習いだとわかった。
「あの、何か用ですか?」
「お前、ずいぶんと調子に乗ってるよな。少し褒められたくらいでよ」
「調子に乗る?」
「しかもここにいる先輩に挨拶もせず、いい度胸だよな」
体格がいい青年達がリティを囲む。確かに挨拶をしなかったのはまずい。剣士ギルドの時とは違う雰囲気に、リティは戸惑った。
一際、大きな青年がリティの前に立つ。この人がリーダーだと、リティは悟る。
「挨拶が遅れてすみませんでした。私、ルイズ村から来ましたリティといいます」
「今更、遅いんだよ。ここではな、上下ってのが徹底してるんだ。お前みたいな下っ端はここらで思い知らせる必要がある」
「お、思い知らせるとは?」
背後から近づいてきた青年二人が、リティの両肩を片方ずつ抑えて羽交い絞めにする。
さすがに危険を感じたリティは反射的に、脱出を試みた。
両足で二人の青年の足を思いっきり踏む。フィート草原を疾駆するリティの脚力だ。踏まれた青年達が激痛で呻き、リティの腕を離した。
「うああぁ! いてぇ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「こいつ! ガキだから手加減してやったってのによぉ!」
リーダー格の青年が、大振りの拳を放つ。カドックの振り下ろしの時のように、その拳をリティが横から叩いた。
一気にガラ空きになった体に、リティの小さな拳が沈む。
ドスン、と当たった段階で決着していた。青年が気を失い、ぐらりと倒れる。
「もう! 何なんですか! いきなり暴力はひどいですよ!」
「お、おい……」
口から泡を吐いて痙攣するリーダー格の青年の惨状に、他の者達が怯む。元々は嫉妬心に駆られたリーダー格の青年の呼びかけだ。
少し脅かしてやるだけでいい。相手は所詮、子どもだ。それにこっちには人数もある。
勝利のアドバンテージを並べられたものの、結果がこれだった。
これ以上、続ける理由があるだろうか。青年達はリティを見る。
「あの、もういいですか? 早く帰らないと、おじさんとおばさんが心配しますので……」
「そこで何をしている!」
街の警備兵が駆けつけようとしたところで、青年達はリーダー格の男を置き去りにして逃げた。リティだけが止まり、警備兵の到着を待つ。
やましい事はしていないし、逃げる理由もないと判断したからだ。
「なんだ、これは! そこの男は……お前がやったのか?」
「実はこういうわけで……」
自分が礼儀正しくなかった事を含めて、リティは正直に話した。それを聞いた警備兵は納得して頷き、失神している青年の頬を叩く。
「おい! 起きろ!」
「んあ……」
「重戦士ギルドはお前らのような荒くれが多すぎる。夜も遅いが、今から俺と一緒に来てもらうぞ」
「どこに……?」
「決まっているだろう。警備隊の詰め所だ」
「うえぇ! いや、それだけは」
青年の言葉も聞かずに、警備兵は彼を無理にでも立たせる。
これから彼は何らかの処分を受けるだろう。
逃げた青年達もいずれは見つかって同じ末路を辿るだろうが、リティはその様子をぼんやりと眺めるだけだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんであのガキのいう事を信じてるんだよ?!」
「彼女はこの街に来て日は浅いが、感謝してる者が多い。お前は知らんだろうが、精力的に冒険者の仕事に勤しんでいるんだよ」
「な、何だって?」
「あの6級の依頼を総なめにしたんだぞ。割に合わなかろうとな」
「ゆ、有名なのか?」
「つまり、荒くれが多いと評判の重戦士ギルド見習いの証言に信ぴょう性はないが……後で聞いてやるよ」
リティは警備兵の男を知らなかったが、彼は知っていた。彼の祖父がリティによって助けられた事もある。
祖父はリティを商売の後継者にしたいと嬉しそうに語っていた。初めは不審に思ったが実際に目の当たりにすると、心証が変わる。
街中を駆け回っていてよく体力が尽きないなと警備兵は何度も感心したのだ。
「あの、私は怪我してませんから……」
「だとよ。この子に感謝するんだな」
「ううぅ、クソォ……」
大の大人、数人がかりでこの様である。もはや彼に誇るプライドなどなかった。警備兵に連行されるその姿を、リティは少しの間だけ見送った。
しかしすぐに興味を失くして、老夫婦の家へと急ぐ。
青年に対するリティの感情は無だった。襲われて驚いたものの、怪我もしてない上にあの実力だ。
リティにとって何も得るものがない。彼女が求める冒険とは程遠い。彼の今後の処遇について思いを巡らせるはずもなく、リティの次の興味は今日の夕食だった。
初めは遠慮していたが、今ではすっかりと甘えてしまっている。
これではいけないと律するが、温かい食事が目の前に来るとそれもすっかり忘れるリティであった。




