エクスピース、グレートバランの実態を知る
山を見上げるような巨大船は近づくにつれて全容が明らかになる。複数の層で構成されていて、外側から見ればまさに要塞だ。
案内、というより連行されるかのようにエクスピースとブアド達、乗組員は巨大船に連れていかれる。
船体にぽっかりと穴が空いたかのように入口が現れて、中に入ればそこはもう町だった。
飲食店、服店、書店。外でも馴染みの店や全容が把握できない店まで揃っており、王都の広場のごとく噴水がある。
入り口となる最下層の広さだけでも、奥が見えない。どれだけの人数がいるのか、誰も想像できなかった。
「カシムさん。ここにいる皆さんは全員、グレートバランの船員なんですか?」
「そうだ。戦える奴ばかりじゃないからな。帰るところがない奴、帰りたくない奴。色々いるが、誰一人として働いてない奴はいない」
一番船の船長カシムに案内されながら、リティはミャンと共に頭を動かす。
特に飲食店への興味が尽きないミャンは忙しかった。一方でエネリーは誘拐の件に納得する。
グレートバランほどの集団が人質を取られる不覚を取ったのは、ここがある意味で弱点だからだ。
大人から子どもと幅広く、なんとなくグレートバランの実態が見えてきた気がした。
武装集団というイメージからはかけ離れた船内の風景は日常を感じさせる。
「妙な気を起こすなよ。ここでも決まりはある。やらかした奴は海に放り投げられて魔物の餌になるからな」
「なぁ、あれって賭博場ちゃうん?」
「あれも本船名物の一つだ。エルリードの野郎は弱いくせにあそこでスッカラカンになりやがるからな。お前らも気をつけろよ」
「ほーん……。うちもギャンブルはごめんや」
そう言いつつ、エネリーはバランダルに臆した自分を思い浮かべていた。
口八丁でやり込めていた彼女が初めて敵わなかったのがバランダルだ。どうしてあのような結果になったのか、ずっと考えている。
常に楽観的でストレスを溜めないのが長生きの秘訣だと信じていた彼女にとって、凄まじい心情の変化だった。
ギャンブルという単語が頭の中を駆け巡っている。
「エネリーさん。ギャンブルってなんですか?」
「例えばな。あそこにいるおっちゃん、あの人はどの店に入ると思うん?」
「んーーー……。食べ物のお店でしょうか?」
「リティちゃんはその予想にいくらお金を賭ける? 当たれば賭けたお金の数倍の額がもらえて、外れたら取られるで。これがギャンブルや」
「んむー……」
さすがのリティもあまりのわかりやすさに言葉が出ない。冒険は自分の意思で行動して結果を出せる部分もあるが、こればかりは何一つ判断材料がないからだ。
中年男性を見ても、まったく行動が予想できない。やがて中年男性が賭博の店に入ったことで、リティの予想は外れた。
「な? こんなもんハマるほうがどうかしてるで。人生、コツコツが一番や」
「ケッ、腰抜けだな」
「はぁん? バランダルのおっちゃん、なんやて?」
「人生なんて選択の繰り返し、ギャンブルみてぇなもんだ。ここぞという時に勝負できねぇ奴は一生へっぴり腰の人生を送る」
エネリーは虚を突かれた。まるで自分の弱点を言い当てられたとさえ思う。
のらりくらりとかわしてトラブルには関わらない。やり込んだ相手も勝てそうと判断した人間ばかりだ。
もしかするとここに何か原因があるのではないか。エネリーはまた考えた。
「死ぬ気で生きてる奴は何も恐れねぇ。たとえ全財産を失うリスクがあっても挑むんだよ。そういう奴が強い」
バランダルは一瞬だけリティに視線を移した。彼女との戦いの中でバランダルも何かを見出している。
しかしバランダルの主張に納得がいかないのはロマだ。ナターシェもうんうんと頷いている。
「私は賭け事には反対よ。自分の運命を運に任せるなんて信じられないわ」
「ロマさんの意見に賛成! あの手のものって誰がどんなルールややり方をしているかわかったものじゃないからね。ここだってまともな運営をしてるかどうかねぇ?」
女としての生き方を強制されたロマにとって、ギャンブルは縁遠い。
自分の未来を誰かに託すのではない。あくまで自分の意思で切り開くものだと頑なに意思を貫いていた。
ついていけないのはクーファとミライだ。
「賭け事……。ちょっと難しそうです」
「クーファお姉ちゃん、あのおじさんにおいしい食べ物を見せたらお店にきてくれるよ。リティお姉ちゃんの言う通りになるよ」
「そ、それはダメなんじゃ……」
「グハハハハハッ! この中で一番、見所があるガキがいるなぁ!」
バランダルの大笑いにもっとも驚いたのはカシムだ。
ここ最近、飲んだくれてまともに笑ったところを彼は見たことがない。
「誰かがルールを敷いてるなら、やりてぇ事ができねぇならぶち壊せばいい」
ミライの言う通りに実行すれば不正になる。少なくともロマはそう考えていた。
エネリーもあくまでギャンブルという概念に沿って考えていたせいで、その発想はない。
のらりくらりと生きてきて、トラブルは避ける。一方でリティは得たいの知れない凄みがある。それは覚悟の差かもしれないと思った。
死ぬ気で挑む人間の意思の前では口上など、何の武器にもならない。一皮向けるヒントはそこにあるとエネリーは柄にもなく拳を握った。
「……リティちゃん。後で時間があったらでええけどな。模擬戦、付き合ってや」
「エネリーさんが!? いつも私とロマさんが戦っているところを笑って見ていたエネリーさんが!」
「そんな詳細に言わんでもええって」
「みゃんみゃんみゃあんっ!」
「おかしくなったのかとミャンも言ってます!」
「訳さんでええって」
エクスピースの中でミライを除けば、もっとも戦闘が苦手だったエネリーなりの覚悟だった。
自分はサポート役でいいと決めつけていては、いざという時に足を引っ張る。先の激昂する大将戦を振り返れば、そういった場面がない事もない。
ましてやここはグレートバラン本船であり、これから起こる戦いとなると一切甘えてはいられないのだ。
「バランダル大船長。各船長、揃いました」
「エルリード。今月はいくらギャンブルに突っ込んだ?」
「え? 確か二十万……。いや、シィルがネレイドの香水がどうしても欲しいっていうんで資金調達のためにね……」
「てめぇはそいつに寄生されてんじゃねえのか?」
エルリードにしなだれかかる風の精霊シィルにロマは危険な臭いを感じた。
その様子はまるで男に媚びる女そのものだからだ。
「ねぇ、エルリードォ。私ねぇ、カラリスのバッグが欲しいのぉ」
「あれ、とんでもない値がついてるだろ……さすがにな」
「ねぇ、お願い」
「……しょうがないなぁ」
この怪しい関係にも見える二人に他の船長達は突っ込まない。
その時、クーファは悪寒がした。自分が使役しているはずの水の精霊から只ならぬ気配を感じたのだ。
「ねぇ、マスタァ。アタシも欲しいんだけどぉ?」
「だ、ダメ!」
「アタシという精霊を使役しておきながら、まさかケチくさい事いうのー? マスターとしての格が知れるねー」
「そ、それは……」
「もう! ふざけてる場合じゃないでしょ! これから作戦会議なんだから!」
このままではクーファは押し切られてしまう。そこへロマがもっともな理由で打ち切った。
これはクーファだけの問題ではない。ただでさえ未だクーファが翻弄されているというのに、味を占めてはたまらない。
エクスピースの資金事情を考えれば、何としてでも阻止しないといけなかった。
この緊張感のないやり取りに、各船長は呆れる。グレートバラン本船で、一切の緊張を見せなかった者達などほとんどいなかった。
「クソガキどもが……」
面白いのか、面白くないのか。バランダルはエクスピースに悪態をついた。




