エクスピース、嵐の先を行く
海上にて、魔導船がグレートバランの各船に取り囲まれている。大嵐の後の静けさ、一同は身構えた。
一番船の甲板に立っているバランダルがエクスピースの面々に睨みを利かせて縛り付けているかのようだ。
三番船では静める暴母シィルが涼風を漂させているが、ひとたび怒り出せばまた大嵐に変わる。
「オォイ! てめぇら全員、そこを動くなぁ!」
バランダルの声量は一同をひりつかせた。震動として肌に伝わり、それがバランダルの意思や強さとして感じている。
リティは武器をミャンに収納して待ち構えた。やがて一番船が魔導船に隣接すると、桟橋がかけられてグレートバランの船員が渡ってくる。
バランダルと一番船の隊長カシムは警戒しながら、魔導船のメンバー達を取り囲んだ。
「……フン、マジで女子供の集まりかよ」
「バランダル大船長、どうしますか?」
「どうするもこうもねぇよ。こいつらをこき使って、ルイカを探す」
「へ?」
エネリーはその発言で真実に行き当たった。ルイカという人物が人質として囚われており、グレートバランは脅迫されていたのだ。
自分達を敵視するその存在は先日の追放者ギルドの動向を考えればわかる。
「こ、こき使うって何よ!」
「てめぇら、ガーニス大氷河に行きてぇんだろ? だったら従いな」
「え、偉そうに」
「ロマちゃん、ええんや」
この状況で戦意を剥き出しにして興奮するロマをエネリーがなだめた。
バランダルを前にして微塵も恐れを見せないロマの気性にカシムが驚く。ロマどころか、他のメンバーに対してもそうだ。
中にはルイカとほとんど変わらない歳の少女がいるというのに、誰一人としてその瞳が死んでいない。
もし自分達が牙を向き出して襲いかかっても、抵抗する気力が十分にあると窺えた。
その時、エルリードの船がやってきてシィルと共に魔導船に駆けつける。
「シィル、例の連中の気配はないんだな?」
「空気の動きに異常はないわ」
「というわけですよ、大船長」
「んなもんわかってんだよ。あの闇への隠遁は長時間、潜ってられねぇだろうからな」
エルリードはシィルを使って、船内に潜んでいるかもしれない追放者ギルドの人間を探っていた。
その結果がたった今、出たのだ。闇への隠遁の欠点は短い時間しか潜る事しかできず、再び潜るなら一度は地上に姿を現わさなければいけない。
海面下を除くすべての範囲でシィルが空気の動きを察知して、異常なしとしたのだ。
しかし逆に言えばわずかな隙さえあれば、グレートバランの本船にも潜入できる。積み荷を運んだ時か、いつかはわからないがさすがのグレートバランも想定していなかった。
そこへエネリーが目を光らせる。
「つまりグレートバランは安全が確認できるまではうちらと戦うしかなかったんやな?」
「あんまり調子に乗るなよ、ガキ。オレは別にどっちでもよかったんだ」
エネリーは生まれて初めて身を引いた。口八丁で取り入られる相手ではない。
嘘偽りはすぐに見抜き、正直に接しろというナターシェのアドバイスは間違っていなかった。
エネリーの取り入ろうとする姿勢は逆にバランダルを刺激してしまう。
「おい、ピンク。どういう経緯で手に入れたか知らねぇが、てめぇはオレの前でモーゼスエッジを見せつけた」
「見せつけました!」
「みゃんっ!」
「逃げるなよ」
「はい?」
バランダルが手でリティの頭を掴む。そのまま握りつぶせそうなほどの大きさだ。
「オレの前に伝説を引っ提げて現れやがったんだ。見せるもん見せねぇなら殺す」
「見せるもん?」
「俺に夢を見せてみろ」
抽象的なバランダルの言葉だが、リティには何となく伝わった。戦いを通じて、ある程度はわかり合ったのだ。
今のバランダルは冒険者として枯れている。すべてに飽きて、絶望した彼の前に現れてしまったリティはバランダルに伝説を見せつけなければいけない。
それにリティはどう答えるか。全員が固唾を飲んで待った。
「わかりません」
「あ?」
「私の冒険はエクスピースのものです。あなたの夢ではありません」
怯まないどころか、再戦すら望んでいるリティをバランダルは睨み続けた。
かつてこれほど物怖じせずに対峙した者がいただろうか。あのユグドラシアのアルディスでさえ、今より弱かった事を差し引いてもかすかに怯んだものだ。
ズールは手を揉んでバランダルに頭を下げて、クラリネは面倒臭そうに顔を逸らす。あのバンデラすら警戒姿勢であり、あくまで来るなら仕方ないといった姿勢だった。
バランダルが思い出すのはドーランドだ。望むところと言わんばかりに好戦的な姿勢を崩さなかった彼であるが、リティはその先を行く。
リティの中ではバランダルすら冒険の欠片であり、再戦の先を見据えている。
「おい、ピンクちゃん。うちの大船長が怖くないのか?」
「怖いです。でも楽しいです」
「楽しいってお前……」
「カシム、黙ってろ」
長年、付き合いがあるカシムですらこの一言で引っ込む。リティとの違いだ。
バランダルはエクスピースを見渡して、改めて一人ずつ分析した。全員が一般的な二級冒険者以上の実力を有しており、冒険者ギルド視点で見れば逸材だ。
ただしそんな者達すら飲み込むのが準一級昇級試験であり、バランダルは意を決した。
「お前らは俺に従ってもらう。準一級になりたきゃ協力しろ」
「はいな、よろしく頼みますわ」
「口上担当のデカリュック、てめぇは薄々気づいてやがったな。今の俺達は仲間を人質に取られている。後はわかるな?」
「見つけ出して救出でええんやろうけど、さすがに情報なしはきついなー」
リティは張り切り、エネリーは難色を示す。ナターシェはこれがいかに難題か、わかっていた。
相手はグレートバランを手玉に取る存在であり、規模もわからない。追放者ギルドだけではない。
グレートバランは追放落ちしており、協力すれば自分達も巻き添えになる。追放冒険者パーティに加担したとなれば、追放落ちも免れないのだ。
それを踏まえた上で彼らと行動を共にする必要があった。
「バランダルさん。人質を救出するだけじゃ足りないよ。私はあの海軍……いや、国をどうにかしないとダメだと思う」
「お前、見た事あるな。まぁいい。それで俺を利用して何をさせようってんだ」
「こっちだって巻き込まれたんだからね。追放落ちしたらたまらないし、お互いの立場は対等だよ」
ナターシェもまた一切、バランダルを恐れない。
エクスピースとしての未来を考えれば、強く主張しないわけにはいかなかった。
彼女からすれば、初めて対等に付き合える者達と出会ったのだ。そんな自分の居場所を失うわけにはいかなかった。
それに今回の騒動をうまく収めれば、準一級程度では終わらない。一級どころか特級への道さえあった。




