怪物 VS 大船長
要塞のような本船の先端に立つバランダルは戦況を俯瞰していた。二番船の船長が敵船に乗り込むも拘束。
三番船は静観、一番船と四番船は応戦。バランダルを見下ろしていた。一番船で戦うリティとカシムを見て口笛を吹く。そしてまた口ずさむ。
「うーみぃはぁ……狭いなぁ」
先端からバランダルが跳んだ。本船から遠距離にある一番船まで、誰もが見上げる高さだった。
一番船の甲板をめがけて着地――
「あ……」
甲板から大きく外れた海にバランダルは飛び込んでしまう。着水時の水しぶきを上げて、バランダルは浮いてこない。
リティとカシムは手を止めて、水面を観察していた。
「落ちました」
「落ちたな……」
やがて海面から顔を出したバランダル。静かに泳いで一番船に接近したところでまた沈む。
そして海面が盛り上がって飛び出してきた。直立したバランダルがまた空中に跳ねてから今度こそ一番船の甲板に着地する。
傾く一番船は沈没の危機に瀕しているが、バランダルは構わなかった。
一番船に限らず、グレートバランの装甲は海の魔物の襲撃にも耐えられる。それがたった一人の少女に破られたのだ。
カシムは直観した。バランダルはわざと海に飛び込んで、破られた箇所を確認したのだ。
それが何を意味するか。一番船とリティ、バランダルの中でどちらを支持するか。カシムは観念した。
バランダルはカシムの頭に手を置いて、そして撫でる。
「カシムゥ、海ってのは狭いがお前にとっちゃ広いんだ。陸と違ってお船を浮かべなけりゃ俺達は移動もままならねぇ」
「へ、へいっ……心してますっ……」
「油断してました。船に穴が空きました、沈みます。で、お前はそれで済ませるのかぁ?」
「す、すぐに」
カシムの顔面がめり込む。バランダルに殴り飛ばされて、甲板を越えた。
海に落ちたカシムを見届けたバランダルがまた口笛を吹く。
「油断とか甘えが命取りになるって教えただろうがよぉ。頭冷やせや」
二番船の船員に救助されてカシムは事なきを得るが、リティはその所業に疑問を持った。
失敗は誰にでもある。バランダルの言い分もわかる。リティとて命は一つしかないなど理解している。
エクスピースでは互いを傷つけたり責める事はない。誰かのミスは誰かがフォローして、学んで先へ進むのだ。
経験の欠片を手に入れて紡いでいく。それが強さになる。エクスピースの由来だ。
自分達とは正反対のやり方をリティは考える。そこに合理的な理由があるのか。そうであればリティとしても学ぶべきところはある。
しかし考えたところでそれが一つのやり方でしかなく、リティの中では合理的ではないとしか判断できなかった。
「これが特級のパーティなんですね」
「あ?」
「残念です。あまり参考になりません」
バランダルは改めてリティを頭から足先まで観察した。イリシスが一目でフィジカルモンスターと見抜いたように、バランダルとて気づいている。
全身から立ち昇る得体のしれない圧だがバランダルは一丁前に、などと鼻で笑った。
同時にズールがわざわざ自分達に潰せと命じる理由がわからないでもない。今まで遭遇した数多の強者自慢を考えれば、リティは異質だ。
粋がる者は多々いたが、睨まれて意見した者などいない。ユグドラシアのアルディスでさえ、彼と初対面した時は臆したのだ。まだ彼が特級に届く前である。
凛とした佇まい、それどころか挑む精神さえ感じられるリティにバランダルは口角を上げた。
「お前は俺達から何を学べると思った」
「わかりません」
「いちいち素直だな。よし、わかった」
バランダルの拳がリティのど真ん中にヒットする。カシム同様、リティも海へとはじき出されてしまうところだが――
「だぁッ!」
「みゃっ!」
甲板で踏ん張るリティ。ミャンも闘志を見せる。
幻獣ミャーンを見たところでバランダルはすでに理解していた。リティがまともな人間だとわかっていても尚更、癪に障る。
その原因が何なのか、バランダルにもわからない。
バランダルが戦闘態勢に入った。攻撃した。リティは受けて立っている。たったこれだけの流れに各船には波紋が広がっていた。
バランダルの真の戦闘スタイルは素手ではない。しかし丸腰でも二級以下の魔物は難なくねじ伏せられるのだ。
つまりこの時点でリティは少なくとも二級以上、平然と立っている時点で――
「気に入らねぇな」
バランダルの拳をリティはかすめるが、拳圧だけで船が損壊する。船底の修理に追われている船員にはたまったものではない。
リティはバランダルに挑むが、彼女もまた素手だった。拳を握りしめて飛ぶ。
バランダルの頬に一撃。が、バランダルは身体を逸らさない。わずかに体が揺れただけだ。
「こんなもんか」
ほぼ効いていないが、この程度でリティは動揺しない。二番船から四番船。そして魔導船から遠巻きにその戦いを静観する者達は違う。
バランダルに一撃を入れた。リティの拳が効いていない。まともに殴り合えるのか。
船長格が武器を取ったとしても、素手のバランダルを殺せるか怪しい。そのバランダルが素手とはいえ、本気になればどうなるか。
一級の激昂する大将と殴り合えるバランダルのフィジカルだ。リティでは分が悪い、とロマを初めとするエクスピースの面々は考えた。
「てやぁッ!」
「ぐっ!」
バランダルへ浴びせる一撃の重みが明らかに増している。
激昂する大将戦の時から怪物はまた成長していた。力の重心、体勢、単純な身体能力。すべてを野生から学び取ったリティはバランダルを怯ませるほどだ。
バランダルは尚も理解できなかった。自分が何に苛々しているのか。本来であれば素手とはいえ、ねじ伏せられる相手だ。しかし勝負は決まらない。
「ドちくしょうがッ!」
「んぎっ!」
口から血を流すリティだが笑っている。殴られて怯むどころか、矢次に反撃がくる。
態勢を整えてから防御といった動作がほぼない。バランダルの巨体がまた揺れて、更に揺れて。
彼はやはり苛々していた。体が思うように動かない。何故だ。自分は何が気に入らないのか。
笑顔で殴り合いに応じる少女の異質さに怯んだわけではない。自分の中にある感情の振れ幅を計れずにいる。
「海にお前みてぇなガキがよ! 出てくるんじゃねぇッ!」
壮絶な殴り合いに、もはや誰も手も口も出せない。敵も味方も、いつしかその戦いに魅入っていた。
拘束されている二番船の船長レイチェルは瞬きすらしていない。引き上げられたカシムも体を濡らしたまま呆然としている。
四番船の船長含めた者達は声を張り上げなくなった。
風の上位精霊を従える三番船の船長はふと手で風を感じる。
「……やっぱり追い風じゃん。バランダル大船長、あんた自分が教えた事すら忘れちまったのかよ」
その風は間違いなくリティの背中に向かって吹いている。バランダルにとっては向かい風だった。




