囚われの少女
「ほらよ、ガキ。餌だ」
地下深くにて捕らえられている子どもにズールが食事を与えている。
捕らわれの身という立場でありながら、肉と野菜が織り交ぜられた食事だ。明かりもついており、手足の拘束もない。
入浴や衣服の洗濯など、一通り生活できるように設えたこの場所はズールお手製のものだ。
最初は強情を重ねて食事すら取らなかった子どもだが、空腹には抗えなかった。今ではがっつくように食べている。
「クソッ! お前らなぁ! こんな事して! もぐもぐ!」
「お前には健康でいてもらわないとな。おっかない親代わりのおっさんがキレるんだ」
「人質のオレに死なれちゃお前らお終いだもんな! もぐもぐ!」
「そうさ。弱いって悲しいよな」
捕らわれながら尚も強気の態度を崩さない子どもがズールに悪態をつく。
彼女はアフクルムの港にて、ズールに捕らわれた。これにはグレートバランの油断がある。
たとえ一級冒険者や貴族であろうと、グレートバランの息がかかった人間に手を出す者はいない。
アフクルムとグレートバラン、双方の関係性もあるが何より怒らせてしまえば拷問よりも恐ろしい展開が待ち受けている。
彼女を蹴り飛ばした荒くれ男は縛り付けられて数日間、海に吊るされた。大口を開けた魔物に何度も殺されかかって以来、冒険者を引退してマティアス教に入信したという。
「ズールさぁん! バランダルとうまくいったみたいですねぇ!」
「おう、ルッキー。そっちもうまくいったみたいだな。無事、グレートバランが追放落ちだもんな」
「バッチリっすよぉ! あいつら、オレが化けてるとも知らずに会議を進めてましたからぁ! アッハハァー!」
「お前の変装能力はオレも舌を巻くよ……まったく」
ズールの腹心ともいえる暗殺者、ルッキーはズール達の監獄からの脱出にも貢献した。
その類まれなる隠密能力を買われて、とある貴族から重宝された事もあったが間もなく雇い主を殺す。
家族も惨殺した挙句、屋敷の財産を根こそぎ奪って逃走してから多大な懸賞金がかけられていた。
笑顔で常軌を逸した行動をとることから、スマイルキラーの異名は今や腕利きの冒険者の的にもなっている。
「どいつを殺して入れ替わったんだ?」
「なんとかって奴ですねぇー! 名前は忘れました! アッハハッハァ!」
「まぁいいさ。とにかくこれでグレートバランはアフクルムから切り離されたってわけだ」
「そうっすねぇ! じゃあもうそのガキとか殺しちゃっていいんじゃないっすかねぇ? アハハッハァ!」
「ダメだ。こいつはいわば命綱だからな」
快楽の赴くままに行動するルッキーを唯一、言葉で制する事が出来るのがズールだ。
額をペチンと叩いておどけた後、ルッキーは反省した。
強がっていた少女も、ルッキーの異質さには後ずさりする。
「お、お前ら……何がしたいんだよっ!」
「秩序の破壊さ。お嬢ちゃんは確か強くなりたいんだったよな?」
「そーだ! オヤジみたいに強くなってお前らみたいなのをギッタギタにするんだ!」
「そりゃ結構だな。だったら手段なんて選んでられねえよな?」
「は!?」
ズールが鉄格子に近づいてしゃがむ。少女は石壁に背中をつけたまま、歯ぎしりをしていた。
「強そうな奴を後ろから刺して殺す。見つからないようにして殺す。これも強さだ。でも経験がなきゃできねぇ。じゃあ、どうするかってんならやるしかないだろう?」
「そ、そんなのできるわけないだろ!」
「そうか? なんでだ?」
「そんなのは強さじゃない!」
「おいおい、ここにいる暗殺者のお兄さんが泣いちゃうぜ? どっちかというと、そっちのほうが得意なのによ」
「えーんえーーん!」
ルッキーが泣き真似をして、ズールが頭を撫でる。その芝居に少女は苛立った。
自分に力があれば、何度も心の中で反芻したことか。
「強くなりたいのに、そこに手段があるのに出来ない。金持ちになりたいのに、女を抱きたいのにできない。なんでだ? 答えはそこに秩序や理性があるからだ。
秩序、法や理性が邪魔をしてやりたいことをできない。つまんねぇよな。オレはそんな世の中を壊したいんだ。道端を歩いてる奴を突然、ぶっ殺してもいい。
相思相愛のカップルを引き裂いて寝取ってもいい。イライラすりゃそこら辺の家に押し入って全部、殺してもいい。誰もが自由に快楽を解放できる……そんな世界がいいんだ」
「は、はぁ? お、お前、なに言ってんだ……」
「オレが初めて人を殺したのが確か七つになった頃かな。お前よりずっとガキだった。オレを着せ替え人形か何かと勘違いした馬鹿親を殺した時はスカッとしたよ」
「お、お、親を……」
少女にはズールの顔が人間に見えなかった。口角を吊り上げて、当然のように話す。
そこにいるのは人間じゃない。人間の姿をした悪魔だ。震えた少女にもはや口答えする気力はなかった。
そんな少女の心中を見越したズールが優しい笑顔を作る。
「お嬢ちゃん、強くなりたいなら口調だけ真似てもダメだぜ。何事も覚悟ってやつが必要なんだ」
「さっすがズールさぁん! オレなんか初めて人を殺した時は十ですよ! アハハッハァ!」
少女は何度も脱出を試みた。しかしズールの口から出たのは、ここが地下迷宮の最深部であること。
大昔、アフクルムが地下収容施設として作ったこの場所は複雑に入り組んでいる。アンデッドと魔物も徘徊しており、未だ誰の攻略も許していない。
そして何より、ここの主とされているネームドモンスターはズールですら直接対決を避ける難敵だった。その主の声が迷宮内に低く響く。
「おっと、奴に見つかっちゃやべえな。お嬢ちゃんも大人しくしてるんだぞ。目が見えないから音さえ出さなきゃ、あいつは襲ってこねぇ」
少女は口を押えている。この場所に出入りができるのはズールとルッキーのみだ。
追放者ギルドのメンバーですら、ここには辿りつけない。だからこそ最強の牢として機能している。
少女が殺されてしまえばズールにとってもまずいが、そうなればその時はその時だ。孤立したグレートバランなど、いつまでも資金源とはならない。
搾り取るだけ搾り取れば、人質の有無など関係なかった。何より少女を救出されては面倒だという理由で、ここを選んだのだ。
ズールとルッキーが影となり消えた後、主がのっそりと姿を見せた。
「……! ……ッ!」
主が目の前を通り過ぎて、声を出さないよう努めるが涙は止まらない。
少女は声を上げたかった。思いっきり助けを呼びたかった。
「ひぁ……ひっく……! だ、だれか……」
主が通り過ぎて見えなくなった後、少女はようやく声を出せた。




