エクスピース、海の怪物と対峙する
「あら、一番船が制圧されかかってないかい?」
「姉御、どうしやす?」
二番船の船長レイチェルは思案していた。この位置からでも目立つピンク頭の少女を見極めようとしている。
実力だけではない。少女が明らかに対話を試みていたからだ。カシムもそれがわかっているから、積極的に攻撃に転じない。
リティとカシムの睨み合いが続き、周囲の船員達は半数以上が蹴散らされていた。
「私達は冒険者ギルド本部に行きたいんです」
「そりゃ大層な夢だが、オレ達も引くわけにはいかないんでな」
「どうして私達の邪魔をするんですか?」
「さあてね……」
カシムはバランダルから口止めされていた。人質の件を喋れば命はないと脅されているのを知っている。
天下の武装大船団が何とも情けない有様だが、それだけズールの危険性を考慮したのだ。
約束を破れば、どこかで漏れる。あのズールなら躊躇なく殺す。グレートバランにそのような揺さぶりをかけてきた者などいない。
カシムもまた歯がゆい思いをしていた。リティが悪い人間ではないのはわかっている。
それどころか未知の恐怖と危険性、将来性、あらゆる未来を感じさせるのだ。こんな大器は今後、二度と出会えない。一瞬の攻防で悟るほどだった。
その時、二番船が動く。
「レイチェルの奴、何をする気だ?」
「あ! 魔導船に!」
二番船の先頭からレイチェルが跳んだ。魔導船の甲板に着地したと同時に武器を抜く。
両手に持つサーベルのような刃を持ったナイフを巧みに操り、踊った。
「あ、あなた、なに!」
「決まってるじゃないか! あっちはあっちで膠着してるみたいだし、あたいと踊ろうか!」
「あなた、舞踊手ね!」
斬り込んできたレイチェルはすでにロマやナターシェを寄せつけない。
それは舞踊手の動きとして完成されており、彼女が持つもう一つのジョブも関係していた。
舞踊手は踊りで魅了して翻弄する。時には味方をサポートするが、レイチェルは違う。ロマの手元に剣がなかった。
「アハハハハ! 探しものはこれかい?」
「い、いつの間に!」
レイチェルがロマの剣を奪ったのだ。その踊りで魅せた隙に武器を盗む。舞踊手と盗賊を併せ持つ特異な組み合わせが彼女の真骨頂だった。
上位職に挑める組み合わせばかりに目を奪われがちだが、彼女のように特殊な戦法を生み出す者も存在する。
レイチェルはサーベル二本に加えて、ロマから奪った剣を空中に球投げのように放って巧みに操った。
ナターシェが斬り込むと、レイチェルが回転に合わせて刃を流す。
「っ! 危ないっ!」
「惜しいねぇ!」
ナターシェとて、油断すればレイチェルに武器を奪われる。サーカスのように宙を舞う刃に加えて、レイチェルの技は巧みだった。
クーファが放つウォーターガンも回避して、意気揚々だ。エネリーは冷静に状況を分析した。
粘れば勝てない相手ではない。ナターシェとて油断できない相手とは知りつつも、戦うべき相手ではないとわかっている。
しかし、そんな隙を見せて善戦できるほど甘い相手ではない。エネリーは考えた。ここで誤解を解かなければ、戦力差で圧倒されてしまう。
「あんた達、いい線いってるけどまだまだ経験値が足りないね! 惜しいもんだ! こんな出会い方をしなけりゃよかったよ!」
「なんでうちらを狙うか教えてくれへん?」
「うちの大船長の命令さッ……!?」
「ん?」
レイチェルの動きが止まった。彼女の足元が凍りついているのだ。盛大に転んだ後、氷が蠢いてレイチェルを包む。
「そ、そこまでです……」
クーファが外したウォーターガンの水を操って氷へと変化させていた。身動きを封じられたレイチェルが舌打ちをして観念する。
甘く見た。ここにいるのは一級目前の二級パーティであり、笑って戦えるような者達ではない。彼女もまた油断していた。
「あーらら……かわいい顔してとんでもないねぇ」
「姉御ォ! 今、加勢しますぜ!」
「待ちな! あたいの顔を潰す気かい!」
もっともらしい一喝だが、レイチェルもまたエネリーとの交渉に臨みつつある。ただし、どこで人質をとった一味が監視しているかわからない。
ズールの闇への隠遁は地上に姿を現すまで、一切の感知ができないのだ。今にもその辺りに潜伏して聞かれている可能性が高いと考慮していた。
「あんた、子どもは好きかい?」
「苦手やなー」
「そうかい。気持ちはわかるけどね、意外とかわいいもんだよ」
レイチェルは暗に伝えようとしていた。子どもというワードで察してもらうと試みている。
エネリーはちらりと他の船の状況を確認した。三番船は依然として待機中、そこへ四番船が接近していた。
その先頭には船長の男が半裸で立っており、扇状に船員が並ぶ。
「フレェェェェ! フレェェェェ! カァシィムッ!」
「やれっ! やれっ! カシムッ!」
「潰せっ! 潰せっ! カッシッムゥ!」
四番船からとてつもない声量の声援が一番船に向けられる。カシムの様子が一変した。
リティの刃を弾いたと共に腹を蹴りつけて、銛を投げつけたのだ。リティは怯まず左へ回避。
傾いて沈没へと向かう一番船だが、カシムが気にかける素振りはない。
「あの馬鹿、せっかく落ち着いてきたってのによ」
「あれは!?」
「四番船は応援船、全員のジョブが吟遊詩人。あれを聴けば普段の実力以上に力が出る。クソみてぇな声援だがな」
「むむむ! すごいジョブです!」
「しかもそれだけじゃない」
四番船の船長がジロリとリティを睨む。
「大敗必然! ピンク! ピンク!」
「負けるのピンク! ピンク!」
「とっとと武器しまいぃぃ! しっまっえっ! とっとと引退ぃぃぃ!」
「ただの悪口じゃない!」
遠くでロマが突っ込んだ。カシムはニヤリと笑うがリティに変化はない。
またカシムは冷や汗をかいた。四番船の声援はチープ極まりないが、敵に対してその声の力は何者をも怯ませる。
それどころかリティは喜びで打ち震えているのだ。
「まだまだ知らないジョブがたくさん……!」
「なんだよ、こいつは……」
カシムが力を入れてリティを見据える。対話の余地はあるものの、ここで手を抜けば人質の安全に保障がない。
やかましい声援と罵倒が続く中、三番船が動いた。しかも、それだけではない。
「おいおい、まさかバランダル大船長……」
三番船の背後につくのはバランダルの巨大船だ。要塞のような巨大さを見せつけて、ゆっくりと向かってくる。
なぜ動いたのか、カシムは考えたが答えは簡単だ。たかが一隻の船に時間をかけすぎた。
三番船の真意はわからないが、バランダルは半端な仕事を嫌う。つまりその制裁の矛先は自分達にも向けられているのだ。
「おい、ピンク。逃げろ」
「嫌です」
「バランダル大船長が来たらお前ら終わりだ。衰えたとはいえ、未だあの人に勝てる奴なんざいねぇ。それどころかオレ達も殺されかねない」
「誰も勝てない……?」
そのワードは逆効果だった。誰も勝てない、即ち前人未踏の領域。未知の強敵。冒険に他ならないリティが逃げるわけがなかった。
巨大船が近づくにつれて、リティはその烈気を感じた。中にとんでもない化け物がいる。解き放たれたらどうなるか。
怒り猛る激昂する大将すらも圧で潰しかねない。そんな圧を魔導船に乗るエクスピースが感じないはずがなかった。
「や、やっばいなぁー。バランダルのおじいちゃん、怒ってるかな?」
「どいつもこいつも人の話は聞こうや」
エネリーがダメだこりゃとばかりにリアクションする。クーファがミライを庇い、ナターシェが巨大船と対峙するように二刀流を見せつけた。
やがて姿を見せた一人の人影。巨大船の先頭に立って、何かを口ずさんでいる。
「ルール~ルル~ルゥ~」
それがこの場にいる全員に届くのだから、それこそどんな声量だとエネリーは心の中で突っ込む。
一見して機嫌がいいのかとロマは捉えるが、カシム達はそうではなかった。バランダルは猛る気持ちを抑える時、いつも口ずさむのだ。
「うぅ~みぃ~はぁ~……せまいぃなぁぁ~」
リティは武器を握りしめた。歯を食いしばって、かつてない集中力を見せる。
遠目からでもわかる存在感は巨体によるものではない。リティにはむしろ巨大船すら飲み込む巨人に見えた。




