リティ、重戦士ギルドで学ぶ
「君はこれを装備できるのか?」
翌日、重戦士ギルドで真っ先にダメ出しされたのはリティの体格だ。
角刈り男が提示したのは全身鎧だった。サイズも何もかもが合わない。
女性、しかも少女が訪ねてきたのは初めてなので男も対応に困っていた。
「これはぁ……もっと小さいのないですか?」
「あるにはあるがなぁ。そもそも君、剣士の称号を持ってるんだろ?」
「お願いします! やれる事はやっておきたいんです!」
「ううん、こちらとしても歓迎したいがね。ちょっと待っててくれ」
倉庫にて、端に寄せてあった鎧を持ってきた。それはフルプレートとは程遠いが肩や胴体、腰までカバーした鉄製の鎧だ。
サイズ的に装備できない事はない。リティはさっそく飛びついて、着用を試みた。
結果、問題なく装着は出来た。だが。
「お、重いですね……」
「そうだろう。しかも、それは重戦士の装備としてはかなり貧弱だ。着こなせたとしても、ジョブとしての特性を発揮できるとは思えない」
重戦士は、その重量を活かした体当たりも行う。
リティが装備した鎧は防御も重量も半端で、どちらかというと剣士のそれに近い。
臨機応変に動き回る剣士として重量は枷なので、今一つ人気がない装備でもあった。
「剣士ギルドじゃ、金を払えば簡単に登録できたろ? けど、こっちじゃお断りしてるんだ。
連中みたいにしめしめと金だけちょうだいなんて真似はしたくないからな」
「これでやります。お願いします」
「んんん、上に掛け合ってみるから待っててな」
受付に戻り、角刈り男がせわしなく消える。その間にもリティは鎧を身に着けたままだ。
重い。はっきり言って脱ぎ捨てたい。圧倒的な速度で戦ってきたリティにそんな思いがよぎる。
しかし、リティはこの段階で閃いていた。この重いものを装備したまま戦えるようになれば――
「よう、待たせたな」
「俺が重戦士ギルドの支部長だ。お前か……これは確かに珍客だ」
スキンヘッドの大柄な中年男性がリティの前に現れた。剣士ギルドの支部長とは違い、こちらは大男だ。
40そこそこの年齢だが、筋肉からして衰えは見えない。
「よし、いいだろう。修練所に連れていけ」
「へ? いや、さすがに潰れますぜ?」
「だったらそこで終わりだ。せっかく若いのがやりたいって申し出てるんだ」
「わかりました」
登録料を支払い、リティはいよいよ修練所に案内される。
近づくにつれて、とてつもないかけ声が聴こえた。男達の怒号が、建物に振動を与えるほどだ。
剣士の修練所とは違った雰囲気を感じたリティは身構えた。
* * *
男達が一堂に会してトレーニングを行っている。
ハーフパンツ一枚で汗だくになりながらも腕立て伏せや腹筋、スクワットなど。
ありとあらゆる方法で自分の体を痛めつけていた。そのおかげか、どの男も凄まじい肉付きだ。
元々の体格が大きいのも特徴の一つで、剣士ギルドよりも求められる条件が多いとリティは感じた。
「鎧を着るのも何をするにも、まずは体づくりからだ。剣士ギルドがスキル重視とすれば、こちらは力重視といったところかな」
「なるほどー!」
「やる気なら、すぐにでも教官を紹介しよう……いや、君。まだ鎧を着てるのか?」
「はい。慣れておきたいんで」
角刈りの男が訝しがるのも無理はない。この鎧だってそれなりの重量だし、少女だって重いと口にしていた。
しかし今は平然としているようにも見える。
やせ我慢か、男は気にせずに教官を呼んだ。
「おう! バリガン! 何の用だ!」
「よう、ゴンザ。この子が今日からここで学びたいとよ。まぁ言いたいことはあるだろうが決定したんだ」
「お、おう? おう……」
「よろしくお願いします!」
ずんぐりとした体形の教官ゴンザも、リティの存在を一瞬で受け入れるのは難しかった。
ここに来るのはむさくるしい屈強な男ばかり。男なら怒鳴ろうが叩こうが、遠慮はなかったが少女となるとどうだ。
34歳にして独身のゴンザにとって、ある意味で試練でもあった。
「言っておくが少女だからといって手加減する必要はないぞ。この子も、そのつもりで来ているからな」
「おう……」
「教官! あれをやればいいですか?!」
「いや、まぁ。うん、やってみて?」
リティが指したのは、スクワットだ。教官ゴンザのテンションとは真逆に、リティはいきなりスクワットを始める。
考えなしの高速上下運動にさっそくダメ出しをしようかと思った矢先、ゴンザは気づく。
「おう、なぁ。鎧、脱いでもいいんだぞ?」
「いいんですか?!」
「むしろなんで着たままやろうと思った?」
「そのほうが強くなれそうだと思いました」
これはおかしい。ゴンザは未知の生物にでも出会った感覚に陥っていた。
長年、異性と接触がなかったせいもある。その異性とは、ここまで謎に満ちたものか。
鎧を脱いで、より高速化したリティのスクワットを眺めるしかなかった。
「あ! なんだか軽いですね!」
「あ、なんか体とか出来上がってるみたいだからもういいわ」
「いいんですか!」
「ウソだろ……あのゴンザさんが簡単に認めた?!」
この修練所にて、ゴンザの罵声を浴びなかった者や簡単に次の段階へ進めた者はいない。
同伴していた角刈り男バリガンも完全に察した。自分達はこれからとんでもない怪物を相手にしなければいけない、と。
この小さな体のどこから、そんなフィジカルが出てくるのか。首を捻ろうが何をしようが、それだけはわからなかった。
「じゃあ、次はなんかこう重心を安定させるやつやるわ」
「ゴンザ、気持ちはわかるが投げやりすぎないか?」
「重戦士ってな、敵の攻撃を受けるのが仕事なんだ。その際に受けられずに転んでちゃ意味ないだろ?」
「その通りですね!」
「あれを見てくれ」
槍を構えた男に、もう一人の男があらゆる角度から攻撃を打ち込んでる。衝撃音からして凄まじいが、受けている男は崩れない。
剣士修練所で見た受けに似ているとリティは思ったが、あちらよりも防御に特化した訓練だ。
「あんな風に、どんな攻撃が来ても揺るがずに耐え続けなければいけない。あれ、やってみるか」
「ゴンザ、早すぎないか?」
「槍ですか! 初めて持つので楽しみです!」
そうかそうか、とゴンザは微笑んで頷いた。いかつい見習い達も、彼の豹変ぶりに戸惑いを見せている。
この場に少女がいるだけでも、ありえない状況だ。
更には見合いで振られた腹いせに、厳しく怒鳴り散らす事もあるゴンザが明らかに軟化している。
そのゴンザが持ってきた槍は、リティには到底扱えるとも思えない長さだった。
「槍はこれだ。一番短いものを選んだつもりだが、どうだ?」
「なんだか不思議な感じですね……。これを、こう動かして。回して……」
「無理をしなくてもいい。今日は初日だから」
「何となくわかりました。始めたいです」
「そっか」
「ゴンザさん?!」
ゴンザが笑顔で、リティを練習相手の前に立たせる。
リティが槍を両手で持って構えるが、相手はなかなか攻撃しない。
明らかに初心者だ。無茶だ。相手の男はそんな疑念に囚われていた。
「ゴンザさん、これよりも盾を持たせたほうがいいんじゃ?」
「まぁ軽くやってみろ。ダメなら考える」
「はぁ……じゃ、怪我しないようにな。お嬢ちゃん」
男が槍にて、明らかに手加減した一撃を繰り出す。
リティのほうは扱い慣れてない武器のせいか、よろめきながらもかわした。
得物が長すぎて、感覚を掴み切れてない。言わんこっちゃない。男は攻撃を止めた。
「かわすのもいいが、今は受ける訓練だ。出来るだけ敵を引きつけて受ける。それこそが重戦士の本領なんだよ」
「はい、もう一度お願いします!」
「いや、ダメだな」
「あの、あと一回だけでいいんです。お願いします」
食い下がるリティに、男も返答に困る。教官ゴンザに目で確認を取ると、小さく頷いたのを確認した。
リティの要望に答えようと、男は槍を構え直す。
「あと一回だけだからな」
「お願いしまぁすッ!」
ギルド内の雰囲気に負けじと大声を張り上げるリティ。その声量は、修練所内にいる人間全員を振り向かせるほどだ。
男も気圧されそうになるが、それを押し貫くかのように突きを放った。
刃もない模擬槍とはいえ、このまま腹部に当てれば激痛が走るだろう。最悪、吐くかもしれない。ほんの一瞬、誰もが脳内で想像した。
が、男の槍を防いだのはリティの槍だった。
「なっ……! あ、合わせた!?」
リティも同じく、突きを放ったのだ。槍の先端同士、ピタリと合うようにその突きを相殺した。
直後、男の槍を弾いたリティが追撃を繰り出そうとする。
「待てッ! 攻撃はなしだ!」
「あ……」
教官ゴンザの怒声でリティは我に返る。
これはあくまで受けの訓練だ。男の研ぎ澄まされた一撃に、つい乗ってしまった。
リティはすぐに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!」
「……見事だった」
男は槍を降ろし、素直に賞賛した。その一言が限界だったのだ。男は修練所内では駆け出しの部類であったが、才能は認められいる。
いくら相手がすでに剣士の称号を得ているとはいえ、槍に関しては自分のほうが上だと自負していた。
それが何故、あんな風に。どうして。男は考えたが、ある一点においては除外していた。
「動きを見切ってなけりゃ出来ない芸当だぜ……」
教官ゴンザの一言が、男がもっとも避けていた答えだった。
ついさっき修練所に姿を現した少女が、わずかな間で自分の動きを見切ったという現実。
最初の一撃で? いや、もっと前からだ。彼女は自分の動きを一瞬、見ただけだ。
重戦士の称号だなんて、寝ぼけているとしか思えない。そんなもので収まるわけがないと、駆け出しながら男は悟った。
「お前……もっと上まで行くよ」
自然と本音を口にした。




