リティ、故郷に手紙を出す
冒険者ギルドにて、リティは張り出されてる依頼書を眺めている。そんな時、受付の女性がリティに気づいて声をかけた。
何事かと向かうリティを、テーブル席でくつろいでる冒険者が目で追う。
以前の件もあって、彼女は完全に目立ってしまった。ただしディモスのように、絡んでくる者は今のところいない。
「リティさん。まずは5級への昇級、おめでとうございます」
「はい、どうもです」
「それと剣士ギルドの支部長から、あなたが森の統率者を討伐したと伺っております。その件の報酬もお渡しします」
「え?! 報酬を貰えるんですか?!」
「当たり前ですよ。長らく放置されていた討伐依頼でしたが、まさか6級が討伐ですからね。私も大興奮ですね」
「大興奮ですかー」
「何だって……?」
初耳であろう冒険者達が、がたりと席を揺らして次々と立ち上がる。彼らが耳を疑うのも無理はない。
ネームドモンスター"森の統率者"は山ほど冒険者を葬ってきたのだ。
ここにいる冒険者の中には、仲間が殺された者もいる。3級の冒険者ですら、ガルフ達が集まった状態で手に負えなかった時もあるくらいだ。
そうなるとリティとロマの場合は、運がよかったとも言える。しかし結果は結果だ。
「こんなに貰えるんですか?!」
「森の統率者は4級と、そこまで高い等級ではありません。しかし被害と危険性を考慮して、大きく報酬額が設定されてますね。逆にいくら強くても、それほど被害がなければ少ない額にもなります」
「あ、あの! これはさすがに受け取れません! それにロマさんと一緒だったんです!」
「あの方にもすでにお渡ししてますよ。ですから半々ですね。ちなみにあっさり受け取っていかれました」
「はぇ~……」
ため息ともつかないマヌケな声しか出ないリティだった。
また一つ、ロマの器量を知ったからだ。金額の大きさに慌てふためいてる自分とは違う。
そうなると、ここは自分も堂々と受け取るしかない。
田舎で裕福ではない暮らしをしていたリティにとっては、まさに手が震えるほどの金額だ。手にとった後も、動悸が収まらなかった。
そんな彼女を訝しがる者がいるのも仕方がない。
「森の統率者の等級は前から疑問だったんだ。3級相当だってな」
「もう少し被害が出れば、引き上げられてただろうな」
「それをあんな子どもが? さっき来た娘といい、どうなってやがるんだ……」
ロマに続いてリティとくれば、冒険者達も穏やかではいられなくなる。そんな彼らの気も知らずに、リティはまだ大金を持ったままだ。
冒険者をやっていれば、いずれこういった金額を手にする事もある。これは試練であり訓練だ、リティは自分にそう言い聞かせていた。
そしてようやく、ポーチに収める。これだけの金ならば、村もいくらか救えるはずだ。そうならば、すぐにでも帰るべきだと思い立った。
しかしいくら地図と睨み合っても、ルイズ村の位置がわからない。そんなリティを察した受け付けの女性が、ある提案を持ちかける。
「故郷へ送金したいんですか?」
「は、はい。でも私、ちょっと遠くに来すぎて……村がどこにあるかわからなくて」
「それでしたら、ハルピュイア運送をご利用されては?」
「はるぴゅいあ運送? あぁ……そういえば!」
「ハーピィ達による運送で、どこへでも物資を運んでくれます。信頼性も高く、冒険者ギルドと提携している組織ですよ」
「だったらそれでお願いします!」
ハーピィは強靭な足爪と柔らかい翼を両腕のかわりに持つ魔物で、人間に友好的だ。
そんな彼女達が運営するハルピュイア運送は、故郷を離れた冒険者に人気のサービスで多くの利用者がいる。
ハーピィ自体の実力もあって、道中で強奪される心配もほぼない。そんなサービスの存在をリティは知らなかった。
正確には冒険者マニュアルの記述に目は通したが、忙しさのせいですっかり忘れていたのだ。
「そうだ! ついでに手紙も添えられますか?」
「もちろんですよ」
「今すぐ書きます!」
ペンを借りて紙を受け取り、テーブル席につく。冒険者達と相席になったが、リティはまるで気にしてない。
そんな彼女を徹底して観察するが、どうにも強さの源泉が見えてこなかった。剣も冒険者ギルドを卒業する際に貰ったありふれたものだ。
いっそ彼女を誘って討伐にでも向かおうかと考える者もいた。
だが誰一人としてそれを実行しない。
「出来た!」
「ではこちらで手続きをします」
無邪気に受け付けへ向かうリティだが、冒険者達は知っていた。あの4級のディモスすらも黙らせた時の雰囲気を。
ネームド討伐がデマとも思えない。だからこそ、もし彼女が本物ならば自身のアイデンティティが揺らぎかねないから。
彼らは見守るだけに止まったのだ。
「はーい! ハルピュイア運送のご利用、ありがとうございます!」
「ルイズ村まで、こちらのお金と手紙をお願いします」
軽快な挨拶をして登場したのがハーピィだ。少女の姿ではあるが両腕の白い翼が、立派に人外を主張している。
リティは少し驚いたが、すぐに切り替えた。
「え、こんなに? せめて手元に少し残されては?」
「いいんです。私はこれから自分で稼ぎますから」
「そうですか。ではルイズ村ですね……ええと、多分、この辺かな」
「遠いですね……」
「王都からもだいぶ離れてますからね」
ハーピィが地図で特定したルイズ村の位置は、とてつもなく遠かった。どんなに小さな村でも、彼女達が知らない地域はない。
しかしルイズ村ほどの規模となれば、特定も難しくなる。
「この距離ですと、送料がかなりかかりますね。荷の重さはほぼないんですけどね……」
「かなり!?」
「えぇ、ですからもう少し近い街からのご利用ならば安くなりますよ」
「……これでお願いします」
「いいんですか?」
「はい。少しでも早く、両親に無事を知らせたいので……」
自分で口にしておきながら、このサービスの存在をすっかり忘れていた事を恥じた。その分、無理をしてでも送り届けようと決意する。
料金を支払い、ハーピィが送金する金と手紙を受け取った。
「では責任を持ってお届けします!」
「お願いします!」
足で荷を掴み、ハーピィが冒険者ギルドから飛んで出ていく。リティがそれを見送りながら、彼女の無事を祈った。
届いた金と手紙を見て、両親はどう思うだろうか。驚くだろうか、怒るだろうか。信じてもらえないだろうか。
そんな不安をどうしたら消せるか、リティは考えた。
自分が実績を積んで、安定して送金できるようになれば両親も少しは安心するはず。
その為にはまだまだ頑張るべきことがたくさんある。リティはボードに張り出されてる依頼書を凝視し始めた。
ロマが言った通り、フィート平原やビッキ鉱山跡の依頼がある。
魔物討伐は討伐数に応じて報酬が貰える仕組みだ。リティは依頼の張り紙を手に取り、受付に持っていく。
「このフィート平原の依頼を受けます!」
「いいけど、一人で?」
「はい。少しでも稼がないといけないので」
「オイオイ。舐めてんなぁ……」
聞きようによっては無神経な一言だが、リティに自覚はない。
「くれぐれも無理はなさらないで下さいね」
「はい、危ないと思ったら逃げます」
リティが元気よく冒険者ギルドを出ていっても尚、他の冒険者達は動こうとしない。
彼らもさぼっているわけではなかった。討伐は過酷な上に怪我も付きまとう。いくら低級の魔物相手とはいえ、肉体と精神の消耗は大きい。
各々の体調や天気を考慮した結果、仕事を見送るというのも珍しくはなかった。
「雨雲が近づいてるんだがな」
「誰か教えてやれよ」
「少しは現実を知ったほうがいい」
毎日、同じモチベーションと体調を維持して天候に左右されずに狩れる冒険者などいない。
もしいたならば、彼らとは比べようもないほどの収入を得ているだろう。
少しかわいそうと思う者はいたものの、誰も最後まで止めなかった。