リティ、5級に昇級する
後日、剣士ギルドの支部長室に通されたリティとロマがソファーに腰を落とす。ふわりとした感触に、リティは声を上げそうなほど感動したが耐えた。
昨日のロガイの暴挙について、支部長が改めて頭を下げる。
「すべてはワシの不徳と致すところだ。すまなかった」
「もういいんです。頭を上げて下さい」
ジョブギルドの支部長といえば、2級以上の実力を有する人物だ。ロマが恐縮するのも無理はない。
リティも何か言おうと思ったが、出された紅茶の熱さに戸惑う。息を吹きかけて何とか飲む姿を、支部長は目を細めて見ていた。
「6級がネームドを倒すとはな。冒険者ギルドの歴史をひっくり返しても、そんな例はないだろう」
「あの、確か6級は魔物討伐を禁止されてるんですよね? 私達、何か罰を与えられるんでしょうか?」
「心配には及ばんよ。あれはあくまで仕事としての請け負いを禁止にしているだけなのだ」
「あぁ、そうなんですか。よかった……」
ホッと胸を撫でおろすリティから、支部長は目を離さない。彼女への好奇も無理はないと、ロマもその様子に気づいていた。
「ところで、リティといったか。出身はルイズ村……師匠のようなものはいないのか?」
「……いえ」
「ふーむ、そうか」
実績がありながら、あえて6級から始める者などほとんどいない。単純に依頼の報酬額が低すぎるので、メリットがないからだ。
中には初心者に混じって、優越感の足しにする風変わりな者もいない事もない。だが、本当に稀だ。もしリティがその手合いならば、納得は出来る。
しかし戦闘経験がなく、この街の出身ではないとくればどうやってここまで。
興味はあるが本人が話したがらないのであれば、いよいよお手上げだった。安易ではあるが、天賦の才という言葉で片付けるしかない。
一方、リティとしてはやはりアルディスの事を話す気にはなれなかった。騙された、という負の部分が彼女に抑制をかけている。
学ばせてもらったとはいえ、彼を師匠と呼びたくもなかった。
「まぁ、そんな話よりもこちらだな。お前達を5級へ昇級させよう」
「え?! 試験、あんなことになったのにですか!」
「あんな事になったから、とも言えるが……。いや、まぁ、な。ネームドを討伐できる逸材を6級にしたままだと、ワシのほうが本部に呼び出されかねん」
「支部長の権限でそこまで?」
「ロマの疑問はわかる。試験という形で担当教官に一任してはいるが、基本的にワシの権限でどうにかなるのだよ」
いずれかのジョブギルドで称号を獲得。そして冒険者としての基本スキルを身につけ試験に挑み、合格すれば晴れて5級へ昇級する。
これは6級の場合のみで、それ以降は冒険者ギルドが各昇級を担当する形になっていた。
各ジョブギルドは冒険者ギルドの、いわば子会社のようなものだ。つまり権力としては冒険者ギルドが上である。
呼び出されるなどと、この支部長が冗談まじりに怯えるのも無理はなかった。
「手続きを済ませよう」
「よろしくお願いします!」
「……私はこれで」
「待ちたまえ、ロマ。君も昇級させると言っただろう」
「私は剣士の最終試験に不合格でした」
「腐るでない。カドックの最終試験よりも、ネームド討伐のほうが段違いに難しいのだぞ」
自分を見透かされた気分になったロマは諦めて手続きを受ける事にした。釈然としない思いはあるが、これで男達を見返す要素が増えた。
そこでロマは気づいたのだ。自分になくて、リティにあるもの。
「リティさん、少しお話しない?」
「はい、しましょう」
支部長室で手続きを終えて、剣士ギルドの外へ出ようとすると、大勢の教官が出迎えてくれた。
トイトーやジェームス、縁がなかった教官達。あの受付の男もいる。
「おめでとう。ここから巣立つ冒険者を見送らせてくれ」
「剣も握った事がない子が来た時はどうしたものかと思ったがな。とんでもない大器だよ。ロガイさんの件は本当にすまなかった……」
「お前さん達の道は自由だ。冒険者として突き進むのもよし。俺のように騎士を目指すのもいい」
リティはうろたえて言葉が出なかった。
村にいた頃も些細な事で褒められはしたが、ここまで大勢の人に祝福された事などなかったからだ。
ましてや、あのユグドラシアの事もある。
だけど今は結果を出したのだ。そして、こうして褒めてくれる人達がいる。
顔が火照る感覚を覚えたリティの目に、自然と涙が浮かぶ。
「あの、皆さん……ありがとうございます。こんな私のために……」
「君は自分を過小評価するところがあるな。謙虚なのはいいが、もう少し自信を持つといい」
「はい、持ちます」
「ロマ、君もまだまだ可能性はある。ここだけではなく、いろいろなジョブギルドを巡るのもいいかもな」
「助言、ありがとうございます」
気弱で自信が持てなかったトイトーの言葉に、リティの涙腺がいよいよ危うい。
ジェームスの激励に、ロマもより決意を固める。
「あの、そういえば前に一緒に実習を受けたダニエルさんが言ってたんです。上位職の中には複数の称号が必要なものがあると」
「そうだな。例えば魔法剣士は剣士と魔法使いの称号が必要なのだ。ただし、上位職のギルドはあまり数がない。ここからだと、かなりの遠征が必要になる場所もあるな」
「そうなんですか……」
いろんなジョブギルドというフレーズはリティも気になった。
この街にはまだ重戦士ギルドがある。
どちらにしようか、少しだけ迷ったはず。また一つ、リティに目標が出来た。
「5級になったからには、正式にいろいろな依頼が受けられるだろう。活躍を期待してるよ」
「はい! 皆さんもお元気で!」
短い間ではあったし、一生の別れでもない。自分を認めてくれた人達にリティは心から感謝していた。
自分に自信を持てというアドバイスを深く心に刻み、考えを改めようとする。
振り返って背中を向けた時には泣いていた。
* * *
世話になってる食堂にて、リティとロマが腰を落ち着ける。リティが友達を連れてきたとあって、老夫婦は歓迎してくれた。
サンドイッチとジュース、デザートという歓迎に面食ったロマが遠慮を隠せない。
「あの、お構いなく……」
「いいんだよ。遠慮せずにお食べ」
「はぁ……」
恐縮しながらもそれを頬張ると予想外の味わいに驚く。
こんな味を出す店が、この街にあったのかとロマは店内を観察した。
それほど客は入っていない。流行ってるようにも見えないだけに、惜しいとすら思った。
「サンドイッチでも、こんなに味が変わるんですね。これなら絶対もっとお客さんが来ますよ」
「だったら、いいんだけどね。最近は安価で料理を出す店も増えたし、時代もあるんだろう」
「そういう店の味は相応ですよ。こういう本物を出す店こそが流行るべきです」
「たくさんのお客さんに来てほしいという気持ちはあったさ。でもリティちゃんを見てるうちに、それすらどうでもよくなってねぇ」
「リティさんを?」
すでにサンドイッチをすべて平らげたリティが、ジュースを飲み干している。口の周りにソースをつけて、まるで幼子だ。
少し前ならなんでこんな子が、と思っていた。しかし今のロマならどこか理解できる。
「自分で納得できるおいしい料理を作って、それを求めてくれるお客さんがいる。それで食べていけるなら、これ以上の幸せはないよ」
「そうそう。リティちゃんが来るまでは落ち込んだ日もあったんだけどねぇ」
「そうか……」
目標がどこまでも純粋だ。他者を出し抜こうだとか、そんな意思はない。
リティとはまだ詳しい話をしていないが、この子は冒険者になって冒険をするのが夢だと言っていた。
最初こそ、歳も近いし自分と同じだと思っていたがまるで違う。
「リティさん。あなたは本当に冒険をする為だけに頑張ってるのね」
「そうです。昔からそれだけが夢だったんです」
「それだけ、ね」
彼女もまた、誰かを蹴落としたり追い抜こうなどと意識していない。
ライバル心は武器にもなるが、時として諸刃の剣だ。どうしても勝てないと悟ってしまった時が危うい。
ロマのように男性を見返すという目標は、言ってしまえば誰にも負けたくないという事でもある。
挫けないうちは強いが、挫けた時は底がない暗黒に落ちてしまう。
リティのように、ひたすら前だけを向いて走り続けてる者が強い場合もあるのだ。
素質云々もあるが、ロマはリティとの違いを今日までに学んだのであった。
「バルニ山でロガイに私が攻撃しようとした時、止めてくれてありがとう。もしやってしまったら、あいつの思うツボだったもの」
「ロマさんはすごい人ですから……。そんな事で自分を見失ってほしくなかったんです」
「すごい人?」
「私は両親に反対されて家を出られませんでした。でもロマさんは出ています。私には出来ない事をやってるんですよ。強い意志をもって行動して……強い女性だなって思いました」
「そんな過大評価よ」
「いいえ、私はあるきっかけがなかったらずっと村で暮らしていました。そこが私の弱いところなんです……」
思いがけないリティの言葉に、ロマは次の言葉が思いつかない。てっきり自分の事など眼中にないと思っていた。
あれだけの素質があるのだから当然だと。
しかし彼女も自分を見て、それなりに考えていたのだ。
「誰かの言いなりになって、自分に言い聞かせて……。自分の弱いところを、ロマさんのおかげで発見できたんです。ロマさん、ありがとうございます」
「か、感謝されても困るわ。別にあなたの為に何かしたわけじゃないもの」
「そ、そうですよね」
言葉とは裏腹に、ロマは自身ですら理解してなかった強さについて考え直した。
見方を変えれば、そうかもしれない。
変に突っぱねたせいで、リティも黙ってしまった。空気を変えるべく、ロマは話題を変える。
「教官が言ってた通り、5級になった事で討伐依頼も引き受けられるけど……。リティさんは受けるの?」
「はい。でも重戦士ギルドも気になって、そちらと同時にやろうかなと思います」
「すごいモチベーションね。あそこは重い鎧を身に着けるのが義務だから、あなたの……」
そう言いかけて、やめた。今更、自分がリティに何かを言える立場でもない。
重戦士はその性質上、あまり女性には向かないのだが黙った。
おまけに重くてむさくるしいというイメージから、女性に人気がない。
しかしリティなら或いは、と考えると止めるのも野暮だ。
「私は討伐依頼を受けるわ。少しでも早く実績を積み上げて、4級を目指したい」
「確かに昇級すれば、もっと冒険できますね。ううん、悩む!」
「バルニ山もそうだけど、ビッキ鉱山跡やフィート平原も5級向けの場所よ。特に平原のほうは王都とここを繋ぐ道でもあるから、少しでも魔物を討伐しておくと感謝されるの」
「へぇー! それじゃ頑張らないと!」
「南の魔の森もあるけど、まだ私達には早いわね」
聞けば聞くほど、リティのテンションは上がる。魔の森で自分が生き残ったのは、運が良かったとつくづく実感していた。
スプラやヤングラは5級で、オオサラマンダーに至っては4級だ。奥にいけば3級相当の魔物もいて、かなり危険な場所なのだ。
「リティさん、お互い頑張りましょう」
「はい。ロマさんも」
「さん付けはやめて。歳もそう変わらないし、何より私達は……」
「私達は?」
「いえ、とにかくロマでいいわ。私もあなたの事をリティって呼ぶからね」
そう言い残し、老夫婦に丁寧に挨拶をして店を出ていった。
リティとしては彼女を呼び捨てにするのは抵抗がある。変わらないとはいっても、彼女のほうが年上で先輩だ。
しかし、彼女がそうしてほしいと言ってる以上はやらないわけにはいかない。
「ロマ……」
口に出してみたものの、まだ慣れない。村にいた時、知らない人には敬語で接した方が害意のなさを伝えられると教わった。
ロマに対してそれが必要でない事はわかる。何事も練習だと割り切り、リティもその日を終えた。
名前:リティ
性別:女
年齢:15
等級:5
メインジョブ:剣士
習得ジョブ:剣士
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ここからようやく冒険者としての本格的な活動が始まります。
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