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リティ、とっておきのスキルを放つ

 飛びかかり、前足の強靭な爪が木を斬り倒す。樹齢そこそこの木が、障害とすらなってない。

 こんな魔物が生息していたのでは、森がガルフで埋め尽くされてしまう。何としてでも討伐しなくてはと、ロマは逃げの手を考えない。

 手下のガルフが集まってきたら、本格的に手に負えなくなる。


「ロマさん! 足です!」


 厚い毛皮にこの剣では大したダメージにならない。

 それならば、関節部分だ。リティはそう考えたが、そもそも捉える事が難しい。

 巨体ながらも、その跳躍力は枝葉に届く。通常個体の比ではない。

 かわすので精一杯な二人をあざ笑うかのように、森の統率者は猛撃をやめなかった。


「クッ! ダメね!」


 見習いの中でもトップクラスの実力者とはいえ、ロマの手に負える魔物ではない。

 このまま逃げ回ってるだけでは、体力が尽きてしまう。

 今、自分に出来る事。それはたった一つしかなかった。


「はぁぁぁっ!」


 怪物の注意を自分に引きつける。闇雲でもいい。大声を出して、当たりもしない一撃を放ってもいい。

 リティとカドックの戦い以降、嫉妬していた。彼女の才能に比べたら、自分なんて。そう考えるほど、何かに飲まれていく気がした。

 自分では、森の統率者を倒せない。しかしリティなら。あの魔物とて、二人同時は追えない。

 だからここで自分が囮になって、リティに倒してもらうとロマは決心したのだ。


「ロマさん!」


 逃げ回りながらも、リティがロマを呼ぶ。

 何事かと思えば、リティが懐の袋から石を取り出し、森の統率者の頭部へと当てた。何をしているのか。ロマには理解できなかった。

 しかし森の統率者が、リティへと向き直る。

 ロマは瞬時に理解した。リティは自分が囮になろうとしているのだ。何故そんな事を、とロマは困惑するも疑問は氷解する。

 この場において、リティの足の速さは衰えてない。それに比べて、ロマはもう息が上がっている。どちらの体力が上かは明白だ。

 だからリティは攻撃役をロマに託したのだ。動きを最小限、かつ機を待つ。この状況でそれを見抜いた上での判断、やはりこの子は普通じゃない。感心に続いて諦めの境地に辿り着く。

 同時に、体が軽くなった気がした。


「わかったわ」


 リティを追うのに必死で、森の統率者はロマに背を向けた。恐らくたった一度のチャンスだ。そのチャンスで、足を挫いてあの速度を殺す。

 そうなれば一気に形勢は逆転する。思い出せ、訓練で学んだすべてを。対魔物の訓練はしていなかったものの、磨いたスキルはある。

 今、自分が持っている最高威力のスキル。それは。


「リティさん……あなたって人は」


 一人、小さくそう呟いた理由。それは森の統率者の動きがローテーション化しているからだ。リティがそう誘導している。

 それも長くは続かないだろうから、ロマは覚悟を決めた。

 森の統率者が着地する寸前、ロマが突進して斬り込む。全身全霊をかけて、一度の一振りにすべてをかけた一撃。


「疾風斬りッ!」


 通常の剣速を上回る華麗な一閃。森の統率者の後ろ脚を切り裂き、がくんと挫かせた。切断まではいかなくとも、戦闘力を奪うには十分だ。

 背後からの強襲に、森の統率者は対応を試みる。しかし正面にはリティだ。


「爆炎斬りーーッ!」


 ロマは我が目を疑った。森の統率者の後ろ脚が崩れた途端、大振りな縦の振り下ろし。リティの剣に帯びた炎が、森の統率者の頭部に命中した途端に爆発した。

 斬られ、爆破された森の統率者が雄叫びを挙げて横倒しになる。起き上がる気配がないと確認したリティが、大きく息を吐く。


「うまくいってよかった……」

「リティさん、今のスキルって」


「き、君達……嘘をついてるな?!」


 ロマを遮ったロガイが、強い口調だ。激闘のせいで、すっかり忘れていた男だった。ロマはもはや目も向けない。


6級(ルーキー)などと言っておきながら、本当はもっと上なのだろう! そうでなければ、あのクラスの魔物は倒せん!」

「嘘じゃありません!」

「君のそれは素人じゃない! まったく、とんだ食わせ物だよ! 私が直々に上に掛け合ってやる!」

「そんな事をしても無駄だと、わかっているでしょう。見苦しい」

「何だと、貴様。ロマ、お前……あのバカどもから天才だの煽てられて調子に乗ってるんじゃないか?」


 ロマの怒りが腹の内で煮えたぎる。真面目に冒険者を志す自分達が、何故こんな屑に邪魔されなければいけないのか。

 その怒りが攻撃性に変換されるのも、時間の問題だった。


「大体、女が冒険者になる必要などない。とっとと結婚でもしてしまえばいいのだ」

「このッ!」

「ロマさんッ!」


 剣を持っていた腕を、リティに握られる。ふるふると首を振ったリティを見て、ロマは腕を降ろした。

 彼女も憤っているはず。それなのに何故、平静でいられるのか。さっきの戦いといい、自分と彼女で何が違うのか。

 届きそうで届かない答えに、ロマは歯がゆさを感じていた。


「ロマさん、帰りましょう」

「……そうね」


 冷静になった矢先、周囲から複数の視線を感じる。がさりと動く茂み。木陰から顔を覗かせるガルフ。

 二人は直観した。森の統率者の手下が集まって来たのだ。

 悩んでる暇はない。ロマはすぐに次の行動に移った。


「リティさん! 手下がいよいよ集まってくるわ!」

「逃げましょう!」


 ガサガサと茂みの音を立てて、何匹ものガルフが集まってくる。あと少し決着が遅かったら。

 一瞬の決着だからよかったのだ。そんな冷や汗をかきつつも、全力で森の出口を目指す。


「あ、試験官は!」

「自分の命が優先よ!」


「ま、待たんか~!」


 酔いが少し冷めたのか、ふらつきながらも追いかけてくる。何匹かは振り切ったものの、後ろには数匹のガルフだ。

 ロガイが剣を抜いて一匹を斬り倒すも、もう一匹の餌食になりかける。あの状態で一匹でも倒せるのは、やはり経験によるところか。

 ロマは多少、感心した。


「二段撃ちッ!」


「ギャンッ!」


 振り返ってガルフの撃退を試みた二人の背後から、矢が飛んできた。ガルフに刺さった二本の矢が、一匹を仕留める。

 続いて現れたのは教官のジェームスとトイトーだ。その戦いぶりたるや、瞬く間にガルフの群れを問題なく全滅させてしまう。

 逃走を試みた最後の一匹すらも逃がさない手腕に、リティは感動した。


「教官!」

「間に合ったようだな。怪我はないか?」

「おかげさまで!」


「ふむ、それはよかった」


 弓を片手に持った老人が、教官二人の後ろから登場した。その姿を確認したロマが、すぐに頭を下げる。

 リティはその顔を知らないが彼こそが剣士ギルド、トーパス支部の支部長であった。

 白髪の頭髪に線が細い体型、齢70越えにしてガルフを仕留める弓引きの腕。弓手(アーチャー)の称号を持つ実力者の老人は、静かに見習い二人の前に出る。


「すまなかったな。そこの二人の報告で慌てて飛んできた」

「いえ……感謝します」

「見習い達がジェームスとトイトーに、そこのロガイの暴挙を報告したようでな。さすがに今回は見過ごせん」


「し、支部長。お帰りになられてたんですか……確か4日後とお伺いしていたのですが……」


 睨みを利かされたロガイが剣を仕舞う。今になって姿勢を正すも、すべてが遅い。彼は知らなかったのだ。

 彼は支部長を軽んじていたが、あえてチャンスを与えられていただけに過ぎなかった。


「予定は変わるものだ、ロガイよ。お前は性格に難があるものの、優秀な男だ。いつかは心を入れ替えて、後進の育成に真剣に取り組んでくれるだろうと。今回の最終試験決定の際にあれほど言ったはずなのだがな……」

「こ、これには深い事情がありまして」

「その酒気にも、か?」


 昼行燈などと評されていたが、それは単に懐の広さ故だった。彼は苦悩していたのだ。


「お前を処罰するのは簡単だった。ワシは悩んだのだ。若い頃に悪さをしても、今は教官をやっている男。

怪我をして引退した後は腐っていたが立ち直り、今は仕事に尽くす男。自分に自信が持てずに自暴自棄だった男。それぞれに色がある。その色が華やかになると、な」


 ジェームスが苦い顔をして顔を背け、トイトーが恥ずかしそうに上を向く。この場にいない受付の男も含んだ過去を暴露されたのだ。

 そんな彼らが教官としてここにいるのは、支部長の人徳によるところも大きい。

 ロガイもまた、支部長に諭された。しかし、結果がこの惨状である。


「すべてはワシの過ちでもあるが……ロガイ。本日を持って教官の資格、及び剣士の称号を剥奪する」

「なっ! ま、待って下さい!」

「もう散々待った」


 その言葉の重みが、今日までの歳月である。後輩に辛く当たるのも、やや無茶な訓練や試験を課すのも言葉で諭してきた。

 しかし、ロガイはもっとも許せない行為をしてしまったのだ。


「未来の卵を危険に晒した行為は到底、容認できるものではない」

「うう……認めん! 認め」


 ロガイが乱心する前に、支部長の手刀が早かった。首元に一撃を浴びせて、ロガイを昏倒させる。

 意識が途絶える寸前、ロガイは己の屈辱を思い出す。現役時代、自分を省いたパーティの事。そんな連中を見限ってやったと虚勢を張って一人で戦うも、何度も死にかける。

 その後もさしたる成果は得られず、才ある後輩には抜かれてしまう。老いて自分の下である見習い達をいびるも、彼は怪物に出会ってしまった。

 その怪物は今も尚、自覚がない。


「リティさん……」

「はい?」

「いえ、後でね」


 リティが森の統率者に止めを刺したあのスキル、あれは魔法剣だ。出来そのものは拙く、熟練者が見ればお粗末と評するだろう。

 だが問題はそれをどこで覚えたのか。二ヵ月のルーキーが、どこで。

 それに今回は華を持たされたとロマは確信している。リティだけでも、あの場を切り抜けるのは不可能ではない。ガルフの群れも、きっとどうにかしただろう。

 根拠はあまりないが、そう確信させるほどの素質を目の当たりにしてしまった。

 考えれば考えるほど腐ってしまいそうだが、ロマは楽観的な思考に切り替える。形はどうあれ、彼女は自分の為にしてくれた。今はその好意を受け取ろう、と。

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