リティ、合否の判定をもらう
ガルフが二匹。普通なら足が竦むところだが、リティは違う。草むらから様子を窺い、どう攻めるかという算段を立てていた。
ガルフはオオサラマンダーよりも等級は低いが、動きが速い。この距離から攻めても、きっと気づかれてかわされる。
だったらもう少し――
「あっ……! まずい!」
ガルフがリティに気づいた。一匹が果敢に走り出し、続けてもう一匹が飛びかかってくる。上下の強襲に対して、リティは踏み込んだ。
前に出る事で、飛んで襲いかかってきたほうをかわして着地させる。その隙に走ってきた個体の開いた口に横一閃。がっぱりと開きに開いた口から鮮血が飛ぶ。
すかさず後方から迫るガルフの突進を、今度はリティが飛んでかわす。真上からの一撃で、ガルフの背中を斬り裂いた。
「あー、何とかなったぁ……」
いきなり初見の魔物相手でやれるか、不安はあった。ガルフは5級の魔物だから自慢できるわけではないが、その達成感は心地よい。
しかし反省点はある。今回は二匹だから何とかなったものの、ガルフはもっと多くの数で群れる事がある。
その時に、今回のように先制攻撃を仕掛けられたら。更には逆に不意打ちされる可能性もあった。
もっと警戒を強めなければ。もっと冒険をするには、もっと。
ガルフを捌き、必要部位だけを持ち帰る。散策しているうちに夕方になり、一日目の終わりが近づく。
だが夜も油断は出来ない。寝ている間にガルフの餌になりかねないので、リティは仮眠にしようと思った。
ソロでの活動は交代で見張りが出来ない以上、仕方がない。
3日というのは思いの外、長い。魔の森で一週間も過ごしたとはいえ、きつい事には変わりなかった。
熟睡できないので少しでも体を休める必要がある。リティは早い時間に横になり、目を閉じた。
* * *
翌朝、2日目。幸い、ガルフに襲われる事はなかったが、熟睡は出来ていない。寝起きの頭でリティはロマがどうしてるのか、ふと気になった。
彼女も別の場所で野営してるとすれば、同じように苦労してるはず。それにリティは、ロガイという試験官を信用してなかった。
彼からはユグドラシアのアルディスと同じ匂いがする。もし生き残ったとしても、素直に合格を認めるとは限らない。
それだけにリティは我慢していた。もし3日間、生き残っても彼が合格を認めなかったら。
「絶対、絶対に認めさせてやる」
いつもポジティブに振舞っている彼女だが、こと夢の事になると熱くなりすぎる。
この街で冒険者になり、資金を溜めて一度は帰らないといけない。
そうなるといつかはあの老夫婦との別れがくると思うと、リティは胸が少し締めつけられた。出会いと別れ、冒険を生業としているならば避けられない。
今から感傷に浸ってもしょうがないとリティは思い直し、今日も散策に赴く。
昨日のガルフとの遭遇から得た反省点を活かし、より周囲への警戒を強める。こちらから索敵して、背後からの強襲。
何もしていない魔物を殺すのは、などという躊躇はない。魔物とて生きるのに必死なのは確かだが、彼らは人間を脅かす。
ここでガルフが繁殖し続ければ、木こりによる林業も途絶える。
そうなれば人間である自分達を優先するのは当然だ。これはいわば生存競争でもある。
山奥という自然の中で暮らしていたリティはそれがわかっていた。
数匹の群れを発見した時には逃げようかと真剣に考えた。
しかし、あの足の速さな上に地の利は向こうにある。逃げきれなかった時のデメリットよりも先制攻撃だ。
四匹のうち一匹に先制して仕留めたものの、残り三匹の標的になってしまった。上、中、下。ガルフはチームプレイで攻めてくる。
リティに逃げ場など与えない。が、見えていた。
「ていやぁぁっ!」
スプラの空中からの強襲に比べれば、幾分かマシだ。上から飛びかかるガルフの喉に投石して、怯ませる。
残り二匹に対してはタイミングを合わせて、払い薙ぎだ。斬られたと同時に、吹っ飛ばされたガルフが転がって倒れた。
ダメージは浅いものの、すでに素早さは死んでる。リティはまったく迷う事なく、起き上がろうとするガルフ達に止めを刺した。
「あとは一匹」
投石を当てられたガルフが、前足で地面を払う。まだやる気のようだ。普通、逃げる場面だがガルフは好戦的な魔物だった。
それに群れ意識が強いだけに、仲間の死が許せないのだろう。リティは受けて立った。
しかし、ガルフは突如として斬られる。
「いやぁ、危ないところだったな」
「し、試験官?」
片手に剣、片手に酒瓶という場違いな出で立ち。顔を赤らめた試験官ロガイの剣に、ガルフの血が滴っていた。
林の奥から出てきて、ガルフを不意打ちで殺したのだ。おぼつかない足取りだが、こんな状態でもガルフを殺せる。
だが、そもそも何故この人は酒を飲んでいるのか。理解をまとめようとするリティに、ロガイは口を開く。
「命拾いしてよかったな。だが不合格だ」
「え? でも、今のは」
「私に助けられたら不合格。初めに言ったはずだ」
「私、一人でも倒せました!」
「いいや、危なかった。何にせよ、助けられたというのにひどい態度だな」
リティは理解した。この男は初めからこうする予定だったのだ。頃合いを見て登場して、颯爽と助けに入る。
恩も売れると同時に、気に入らない受験者は不合格。一日目で死ぬと思っていたリティが案外、粘るものだから彼も行動を起こしたのだ。
「それについてはありがとうございます。ですが、残り三匹は私が倒しました」
「そうだな。だが、最後は私に助けられた。それが事実だ」
この主張の一点張りに、リティが沸騰する。アルディスもそうだがこの男も、何故そんなにも他人を認めたがらないのか。
こんな人間に自分の夢を邪魔されるのか。憤りを隠せそうになかった。
「なんであなたという人は……!」
「なんだ? まさかこの私とやり合おうと? フン、無理だな。ルーキーにしてはいい腕前だが、私には勝てんよ」
「勝てば合格を認めてくれますか」
「ハハハッ! やめておけ」
「認めて、くれますか?」
酒で体温が上昇しているはずのロガイは寒気を感じた。今、彼はこの少女に何かを抱いたのだ。無意識のうちに剣を構えようとする。
だが、その刹那だった。背後の茂みから何かが飛び出してくる。
「うおぉっ!?」
ガルフだ。背後を取られたロガイには成す術もなく、その牙が突き立てられようとする。ましてや酒が入った彼では防ぎようもない。
「はッ!」
かけ声と共に、ガルフが斬られた。ロガイに噛みつく寸前のところで現れたのはロマだ。
ふぅ、と一息をついて剣についた血を払う。
尻餅をついたロガイが呼吸を荒げて、ロマを見上げた。
「き、君! なんだね!」
「危ないところでしたね。ところで試験官が逆に助けられた場合はどうなるんですか?」
「どうなるもこうも! 私なら何とかできたのだ! 余計な事をしおって!」
「剣、手放してますよ」
ロマの指摘に慌てたロガイが剣を拾う。どう見ても、どうにかできた状況ではない。
下手をすれば命を落としていた可能性もある。彼もそれはわかっていたので、プライドはズタズタだ。
しかも更に回ってきたアルコールのせいで、立ち上がる事すら出来ない。
「うっ、くっ! わ、私をコケにしおって! おのれぇ!」
「手を貸しますか? お水もありますよ?」
「いらん! ううぅ……!」
「……見下げた人ね」
「ロマさん!」
彼女に声をかけた時、異変に気づいた。奥から一際、大きな音を立てて何かが近づいてくる。
まもなくその正体が見えた時、リティもロマも察した。冒険者ギルドの情報で見た事がある。
「あれは、まさか」
「ロマさん、ネームドモンスター"森の統率者"では?」
ネームドモンスター、それは周辺の魔物に比べて突出した強さを持つ魔物の事だ。
突然変異、或いは迷い込んできた魔物だったりと正体は様々である。後者の場合は生態系を脅かす可能性もあるのだが、この森の統率者は前者だ。
ガルフの群れのボスで、体が通常の個体の数倍はある。バルニ山にてもっとも警戒に値すべき魔物であり、その等級は。
「4級の魔物よ……。まずいわね」
「なんだあれは!」
「試験官、知らないんですか? 現役から退いたとはいえ、事前に入る場所の情報くらいチェックしておくべきでは?」
「だが4級なのだろう? 私がやる!」
千鳥足の彼では太刀打ちできない。二人の目から見ても明らかだった。
ろくにネームドモンスターの情報すらも調べず、酒を飲んで過去の実績を妄信する。
ロマにとっては軽蔑すら生ぬるい。
だが、リティにとっては彼は立派な救助対象だった。
「試験官、下がってて下さい」
まだ5級にすらなってないルーキーのその一言は、ロガイにとって屈辱だった。本来ならあんな魔物、ロガイの中で反芻する。
しかしこの状況がすべてだ。驕り高ぶったロガイに追い打ちをかけるかのように、ロマが彼を守るように立った。