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リティ、5級昇級試験を受ける

 実習もすべて終わり、残すは5級への昇級試験だ。試験は筆記と実技に分かれている。

 筆記はさほど問題ではない。9割以上の正答とハードルはやや高いものの、マナー講習の出題含めて常識の範囲内の問題ばかりだからだ。

 問題は実技である。これが試験官次第で、内容は千差万別だからだ。


「えー……私が本日の試験官、ロガイだ。ここに残っている者は当然ながら全員、筆記試験はパスしているな。では実技が気になるだろう?」


 筆記試験の合否はすぐに行われた。ここで何度も落ちる猛者もいるにはいるが、リティを含めて16人全員が満点で通過だ。

 だが実技で、ここにいる全員が落ちる事も珍しくない。特に今回は、ここ最近の冒険者ブームを疎ましがってる初老試験官だからだ。リティが冒険者ギルドで会った重戦士(ウォーリア)ディモスのような人種は珍しくない。

 だが彼のように、分別のある人間ならまだいいのだ。この試験官ロガイは現役時代、ソロ活動からの叩き上げで3級に昇級した。その実力は言うまでもないが、彼は己の苦労を美徳としている。

 齢50を超える彼の時代にはなかった便利なアイテムを毛嫌い。パーティを組むなど、軟弱の証。食料がなければ草や魔物の嘔吐物を食らう。

 そんな経験が彼のすべてだった。


「昨今の冒険者を見るに、どうにも軟派が過ぎていかん。本来、冒険者とは群れるものではない。ましてや女子の同伴など、目も当てられんよ。諸君らは冒険をデートか何かと勘違いしているのではないか? まぁ女子の冒険者も見られるが、それこそが最大の問題なのだ」


 癖が強そうな試験官に、見習い達はすでに辟易していた。リティは相変わらず偏った理屈だろうが、聞き入ってる。

 そんなリティを、ロガイが冷たく一瞥する。


「冒険者は男がやるものだ。力も弱い女に務まるか」

「お言葉ですが、試験官。それは偏見というものです」

「誰だ、この私に口答えするのは」


 噛みついたのはロマだ。彼女もまた昇級試験に挑もうとしている。

 剣士の称号を獲得できたのか。あれからどうなったのか、リティには聞きたい事がたくさんあった。

 しかしロマはリティに目も向けない。嫌われたのかとリティは内心、穏やかではなかった。


「今や1級や2級の女性冒険者も珍しくありません。それにあのユグドラシアに至っては、2人も女性がいます」

「だから何だと言うのだね。男のほうが圧倒的に多い。どうせ続かんさ」

「妬みですか?」

「……君、マナー講座を受けたのだろう? 口の利き方がなっとらんな」


「あの、早く試験を始めていただきたいです」


 リティはこの不毛な口喧嘩を止めたかった。よりにもよって、ロマの前で男女の性差を挙げるとは。

 受験者達は何も始まってない段階で、すでにげんなりしていた。


「君は確か二ヵ月で、剣士の称号を貰った娘か。やる気は立派だが、試験の内容を聞いて愕然とするなよ」

「どんな試験でもやり遂げます!」

「フン、いいだろう。では発表しよう。三日間、バルニ山で生き延びる事。これが合格条件だ」

「それなら……」

「ただし」


 気持ち悪く口角を吊り上げたロガイ。もう嫌な予感以外、何も感じられない受験者達の中にはリタイアを本気で考える者もいた。

 それにこの試験には矛盾がある。


「パーティは組まず、一人で生き残る事。これも条件だ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。僕なんか、まだ戦闘訓練をしていないのですが……」

「それに6級では魔物討伐を許されていないでしょう!」


 その矛盾とは、受験者の二人が指摘したものだ。例年通りであれば、最終試験に戦闘は含まれない。

 それもそのはず、この男はカドックに続いて古株の教官だ。彼を止められるはずのカドックは隣街に、支部長も不在とくれば横暴もまかり通る。

 若手教官のジェームスやトイトーらが口を挟めば、万倍返しの仕打ちが待っているのだ。この二人が実力行使をしたとしても、敵う相手ではない。

 "ロンリーソード"の通り名を持つロガイは、剣士ギルド内で絶対的な権限を持っていた。

 とにかく、最悪のタイミングが重なってしまったのだ。


「君達は馬鹿かね。戦闘など、現場で覚えるものだ。最近の若い連中は、誰かに教えて貰う事ばかり考えているのがいかん」

「そんなムチャクチャな!」

「そう思うのなら降りたまえ。何も強制ではない。ただし日程の最終決定権がある支部長はしばらく帰らん。つまり、今を逃せば次のチャンスはいつやら……」

「やってられるか! 俺は降りる!」

「俺もだ! 支部長が帰ってきたら、全部報告してやるからな!」


 怒りをぶちまけた受験者達が次々と剣士ギルドから出ていく。残ったのはリティとロマだ。

 リティは変わらず、試験への意気込みは衰えない。ロマは別の意味で、燃えている。

 彼女にとって、ロガイのような男はどうあっても許せなかった。こういう男を見返すのが、彼女の本懐だからだ。


「フン、あの昼行燈の支部長に何を言ったところで無駄だ」

「ロガイさん、早くバルニ山に行きましょう」


 ユグドラシアの件もあって、完全に信用できなくなっている。だが次の日程がいつになるかわからないという事実は、リティにとって致命的だ。

 一刻も早く5級に上がりたいという彼女の気概が不信感に勝っていた。


「逃げないのか?」

「何故ですか? 冒険者になれるんですよ?」

「……気に入らんな」


 ロガイの中ではすでにシナリオが出来上がっていた。バルニ山はここから程ない距離にある上に、低級の魔物ばかりだ。

 だがルーキーのこの二人ではとても対応できない。そこへ自分が颯爽と手助けをすれば、現実を知るだろうと考えている。

 その性格の悪さが災いして、どのパーティからも爪弾きにされた男だ。それを孤高と勘違いした男の暴走は、留まるところを知らない。


* * *


 トーパスの街から二時間ほど歩いたところに、バルニ山はある。緩やかな斜面で、林業を生業としている者達の為に道も整備されていた。登頂にもさほど時間も労力もかからない事から、5級冒険者の修業の場としても活用されている。

 ロガイはほくそ笑んでいた。二人が剣士ギルドで訓練を受けているとはいえ、実戦となれば話が変わってくるからだ。

 魔物は正面から襲ってくるとは限らないし、群れを作ってる事もある。ロマはまだしも、リティは完全にルーキーと聞く。

 死ぬとすればこっちか。ピクニックにでも来たかのようにはしゃぐリティに対して、ロガイは冷笑する。


「さて、ここからスタートしよう。言っておくが一度でも山から出たら失格とする。それと二人で協力している素振りが見られたなら、これも同様。もちろん危なくなれば助けに入るが、その時点でも失格だ。わかったか?」

「はい! すごくわかりました!」

「じゃあ、リティさん。別れましょう。難癖をつけられて失格にされかねないからね」

「減らず口だけは立派だな」


 リティが大きく頷き、山の奥へと走る。ロマは逆に落ち着いた様子で、草むらをかき分けて消えていった。

 二人を見送ると、ロガイはとうとう噴き出す。


「ぷひゅー! お前達が3日も生き残れるわけないだろう! 大方、寝ている間にガルフの餌になって終わりだ! あの実習はあくまでパーティ向け……ソロとなれば、勝手が大きく変わる!」


 もし彼女達に何かあれば、自らの立場が危うい。などと、考えるわけもなかった。彼は悪辣だが要領よく立ち回るタイプだったからだ。言い訳など、無数に思いつく。

 剣士ギルドの支部長からして、間の抜けたジジイ。今回も適当に言いくるめてしまおう。

 ロガイは何から何まで楽観していた。


「さぁて、こんな低級狩場だ。持ってきた酒を飲んでも余裕だな。ゆっくりと待たせてもらう」


 ロガイが座り込んで、30年物の酒瓶のコルクを指で抜く。匂いを堪能してから一口、芳醇な味わいに舌鼓を打つ。

 まるで自分自身に酔いしれるかのように、ロガイは心地よく鼻歌を歌い始めた。


* * *


 バルニ山に入ってから1時間、リティは野営場所を探していた。魔の森の時のようなヘマはしない。講習や実習で培った知識を総動員して、くまなく探索していた。

 ようやく拠点となる場所を見つけて、野営の準備に取り掛かる。傍からの見通しは悪く、魔物の痕跡もない。それでいて、こちらからはよく見える。

 リティは剣士ギルドの講習や実習に感謝した。あれは本当に、生き残るために必要な知識だったと再認識したのだ。

 あとはもう少し資金があれば魔物避けのアイテムが買えるのに。と、ない物ねだりをしないわけではなかったが。


 このままここで黙って過ごすのが確実に近い。しかし、それでは物足りなかった。

 特にここにはガルフという狼型の魔物が生息している。5級冒険者なら対処できる魔物だが、群れとなると危ない。

 リティは腕試しをしたい衝動に駆られた。わざわざ見つけに行くのも馬鹿らしいが、魔物の襲撃を待ち望んでいる。

 特にガルフは木こりが襲撃される事も多く、繁殖力もそこそこだ。冒険者を雇って作業をする者もいるほど、被害も大きい。


「動くかな……」


 野営場所にカモフラージュを施して、リティは森の散策を再開した。

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