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少女、才能がないと言われる

初の三人称に挑戦しました。

「お前には才能がない。よってパーティから追放する」


 パーティのリーダー、アルディスから少女に告げられた。少女は真面目な顔つきで、アルディスの発言を受け止めている。

 憧れの英雄アルディスに弟子入りして早半年。洗濯、炊事、荷物持ち、罵声、暴力。ありとあらゆる必要事項や理不尽を、少女は黙って受けていた。少女に何の落ち度がなくとも、アルディスの虫の居所が悪ければ殴られる。唾を吐きかけられる。

 本来は綺麗なはずの薄ピンクの髪は、すっかり薄汚れてしまっていた。


 護身用の武器すら持たせてもらえず、小さな体で一生懸命に荷台を引っ張る。

 食事は一番最後の残り物で、何も残ってない時すらあった。常に空腹の中、睡眠時間はごくわずか。

 野営時では、見張りの時間が一番多く割り振られてる。ほぼ一睡も出来ない時があるのもザラだった。

 それでも少女は耐えた。自分は見習いだから、このくらいは当然。そんな中で師匠であるアルディスは私を試しているんだ、と。

 少女は嫌な顔を一つせず、それどころか常に笑顔だ。背中から蹴られようが、自分が邪魔な位置にいたのだと解釈する。今度からは気をつけよう。少女はありえないほどポジティブだったのだ。


「不服か? だが、事実だ」

「い、いえ……」


 前人未到の地"世界の底"を制した英雄アルディス率いるパーティ"ユグドラシア"。そのリーダーのアルディスは前衛に立てば千の魔物を一掃し、後衛なら誰一人として生傷すら残さない。

 最高クラスのジョブ「アークナイト」は世界で彼のみである。器用万能、天才、勇者、英雄。人々は惜しまず、そう賞賛した。


「ようやく、かよ」


 獣人と人間のハーフであるドーランドは、拳一つで竜をも揺るがす。魔法なしでの戦いならば、アルディスよりも彼に軍配が上がると評する者も多い。

 「ワールドグラップラー」ほど、肉体の限界を超えたジョブもないだろう。魔力なしで打ち出す気弾は、魔術師も顔面を蒼白させる反則技として名高い。


「まぁまぁ、この子だって頑張ったんだからさ。な?」


 中立の立場を取る男、ズールにかかれば幾重にも張り巡らされたトラップは無意味となる。

 堅牢な鱗に身を包んだ魔物だろうが、彼が製作した毒薬ならば脅威にすらならない。一つトラップを設置すれば、魔物の群れとすら戦う必要がない事もある。

 シーフの窃盗スキルや器用さ、レンジャーの地形把握やトラップ、アサシンの暗殺術を統合した上での完全上位互換。それが彼のジョブ「シャドウレンジャー」だ。


「ストレス解消の役には立ったんじゃない?」


 "やさぐれ天女"という不名誉な二つ名を持つパーティの癒やし手クラリネ。その名の通り、ガサツで口も悪い。しかし、未来予知とまで言われる支援や回復魔法のタイミングは神業に等しい。

 「ホーリービショップ」は聖職の最高クラスである「ビショップ」を凌ぐ。一般的には治癒魔法で病まで治すのは難しいとされているが、ホーリービショップならばその域に達せる。


「火と風をかけ合わせれば、あの魔法が完成するわけで……」


 "災火"の異名で恐れられる魔術師バンデラに至っては、読書に夢中でこちらに目もくれない。彼女にとっての好奇は魔法、ただ一点だ。

 「セイジ」はソーサラーの上位互換職で、世界でも彼女を含めて数人しかいない。異名も相まって、一発の魔法だけであらゆる生物が命や戦意を失う。

 ドーランドがアルディスと並び、少女を見下ろす。その体躯に立ちはだかられても、少女は大男を静かに見上げただけだった。


「オレ達の次の目標は"世界の天井"だからな。15の段階で実戦経験なし、何のスキルもなし、称号もなし。出来る奴はガキの頃からやっているんだ。お前は村に帰って野良仕事でもしてるのが似合う」


 "ユグドラシア"が立ち寄った村にて少女を同行させた理由。それは一重にアルディスの気まぐれでしかなかった。

 高すぎる才能を持つが故に、魔が差した遊び。早い話が、弱い者いじめの一つもしたくなるのかもしれない。

 世界的に名の知れている英雄一行ならばと、景気よく娘である少女を送り出した両親には想像も出来ない光景だろう。

 少女の村は山の奥深くにある僻地だった。細々と育てている農作物のみが唯一の稼ぎだ。楽しみといえば、たまにやってくる旅人達の与太話。少女も、そんな彼らの話が大好きだった。


 世界には、延々と地下に続く回廊がある。


 世界には、天空へ続く庭園がある。


 世界には、暗黒で閉ざされた壁がある。


 竜にまたがった勇者が世界をすくった話。


 物を自在に操る能力を持つ少女の話。


 それらが必ずしも真実とは限らない。聞けば聞くほど、少女の外への憧れが膨れ上がる。だが両親は反対した。一人娘を冒険者にするために送り出すなど、両親として許すわけがない。

 隠れて木の棒を振るって剣士の真似事をしても、見つかって怒られる。閉鎖的な環境が彼女を抑圧するが、それは何の制止にもならなかった。

 何も物語の主人公になりたいわけじゃない。その脇役、いや。遠くから眺めているだけでもいい。

 とにかく見たい。聞きたい。体感したい。妄想するだけで夜も眠れぬほどだ。

 もしアルディス一行が現れなければ、少女は村で一生を終えたかもしれない。或いはいつか飛び出していたかもしれない。

 いつものように木の棒を振るっていた少女を、アルディスが見つけなければ。見どころがあるな、俺の弟子にしてやろうという一言がなければ。


「私の剣術を見て下さい! それでダメなら諦めます!」

「あー、そうだな。そりゃ不満だよな。わかった、優しいアルディス様から一つ最後のチャンスをやる」

「本当ですか?! ありがとうございますっ!」

「礼を言うのはまだ早いぜ? 何せお前には"魔の森"で一週間、過ごしてもらうんだからな。無事、生き残れたら追放はなしだ」

「魔の森?」


 アルディスのにやけ面の真意をくみ取れないのは少女だけだった。先程まで少女を酷評していたドーランドすらも、アルディスに向けて顔をしかめる。

 クラリネは納得したように何かをぼやき、バンデラは読書の手を止める。全員が察した。


「どうする?」

「やります!」

「よし、じゃあ向かうぞ。ちょうどここから近いからな」


「あーあ……ホント性格ひっどい」


 アルディスへの評価を遠慮なく口にしたクラリネ。聴こえたのかどうか、少女の表情に失意はない。期待で胸が高鳴る少女とは裏腹に、一行の想いは千差万別であった。


* * *


 魔の森までの数時間、少女は少しでも見直してもらおうと奮闘した。料理の腕だって以前よりは成長したし、荷台運びのおかげで力もついたはずだ。

 野営の準備も見張りも、的確にこなせる。魔物が近づけば大声で知らせた。その際にうるせぇと怒鳴られて一発殴られるのも、日常の風景だ。

 魔の森付近での野営で食事も終わり、一行は各々くつろいでる。一方、少女は鍋の底をさらって少しでも空腹を満たすのに必死だった。


「なぁ、才能ない奴が努力するっておかしいだろ。努力ってのは実る奴がするから、努力ってんだ。無能のそれはただの徒労だろ」

「それならアルディス、お前はその努力をした事があるのか?」

「オレにはその努力すら必要ないのさ。ドーランド、お前こそどうなんだ?」

「筋力が落ちない程度の維持はしているが"世界の底"以来、張り合いがなくてな……」


 アルディスは天才だった。元は平民の生まれだが幼い頃から剣術ともに才覚を見せつけ、7才の時点で大人を圧倒。次の年には最下級の魔物を自力で討伐する。

 本格的に頭角を現した13歳の頃には国王の耳に入り、名門貴族も集まる王立学園に推薦入学を果たす。平民だからとやっかまれるが、わずか2年で卒業してすべてを黙らせた。

 もっとも、入学して半年の時点で教師ですら口を出せない状況が出来ていたわけだが。

 黙っていても賞賛され、女性は寄ってくる。そんな彼が弱者を思いやる心を持ち合わせるはずもなく、傲慢に輪をかけた性格になるのは必然だった。そんなアルディスは暇さえあれば少女をいびる。


「おい、ガキ。お前は本気で冒険者になりたいと思ってるのか?」

「はい! 村では」

「いや、それ以外は聞いてねぇよ。何度も言わせんな」

「すみません……」

「だったら"魔の森"程度、一人で生き残れなくちゃな? クックックッ!」


 アルディスの言葉は嘘だった。"魔の森"は最低でも4級冒険者、つまり冒険者ギルド支部に功績を認められた冒険者でなければ太刀打ちできない魔物が多くいる。

 そんな冒険者がパーティを組んでも、死者を出す可能性がある場所だ。実戦経験もない少女が生き残れる環境ではない。


「明日はいよいよ魔の森に着く。そこで一度はお別れだ。合流ポイントは追って話す」

「はい!」


 魔の森に着いた後、それ以外は嘘だ。一介の村娘に期待を抱かせて、死という絶望に直面させる。心の中でそれを優しさなどと正当化する。

 アルディスに出会ってしまった事は、少女にとって紛れもなく不幸だった。


* * *


「じゃあ、ここでお別れだ。一週間後に入口で待っててやるからな」

「あの、武器は?」


 アルディスが嫌な笑みを浮かべて、少女への答えを示した。そして言葉で絶望を叩きつける。


「は? こんなところ、武器なんかいらねぇよ。ここを丸腰で生き残れないようで、何が冒険者だ?」

「そ、そうなんですか」

「それに俺は生き残ればいいと言ったはずだ。つまり戦わないなり、工夫できるだろ。その程度すら思いつかないのかよ、ボンクラ」

「精進します……」


 さすがの少女の心にも、絶望が去来した。この時点で得体の知れない魔物の鳴き声が、複数入り混じって聴こえる。

 怖気づき、逃げ出したくならないわけでもなかった。しかし、簡単に夢を叶えられるとも思ってない。


「で、では行きます! 一週間後に会いましょう!」

「おう、頑張れよ」


 少女は振り返らず、森の奥へと進んだ。その直後にアルディスが噴き出し、ドーランドが苦笑い。クラリネが前髪をかきあげてから大きく一息。

 バンデラだけが唯一、アルディスにちらりと視線を移した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 電子書籍版の1巻を購入してあらためて読んでいるんですけど、 アルディスが腹いせにリティを殴ったり蹴ったりしてるのって普通にヤバいですよね。 手加減しているとはいえ英雄に殴られたり蹴られたりし…
[気になる点] 苛めだけのシーンを見て、面白いと思う人、どれくらいいるのかな~、と欄外を見て思ってしまいました。 -- (私の場合ですが、最初は酷いシーンでもこれから面白くなる可能性があるから暫くは続…
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