第四話 ポコの日曜日
ポコは親友のアンと映画を見に行きました。とっても素敵な映画でポコとアンはヒロインに憧れてしまいますが……。
グリとホムがそうやって星を飾っているときに、ポコは何をしていたのでしょうか?
ポコはというと親友のアンと一緒に映画を見にいっていました。アンはゴールドの毛並みをしたとても可愛らしいゴールデンレトリバーの女の子です。二人は同世代の女の子たちの間で話題になっているラブロマンスの映画を見る予定でした。ポコもアンもその映画が公開されるのをとても楽しみにしていたのです。
映画館はすごい人だかりでした。二人の見ようとしている映画の観客は若い女の子ばかり。アンは心配そうに言います。
「ねえポコ、こんなに混んでいて入れるかしら?」でもしっかり者のポコは自信満々にアンに言いました。
「大丈夫よ。前売り券を買って予約してあるもの」
二人は人込みを押し分けて受付へと進みました。途中の柱に大きなポスタ―が張られています。そこにはこんな文句が書いてありました。
「僕は君を見つけ出す。たとえすべてを失っても」
さて、二人は無事に映画を見終えると、近くの人気のあるカフェに行きました。そこはとても美味しい紅茶が出ると評判のお店です。
しばらくすると二人の前には湯気の立つ香り高い紅茶が置かれました。でも二人はそれには目もくれず、先ほど見たばかりの映画のパンフレットに見入っていました。
「ねえポコ、この映画とってもよかったわね」
アンがため息交じりに言うと、ポコは頷きながら同意しました。
「ええ本当に!とってもよかったわ」
パンフレットを眺めていると頭のなかに先ほど見た映画のワンシーンが鮮やかに蘇ってくるようです。ポコは胸がいっぱいになり大きなため息をつきました。アンも同じようにうっとりとした表情でため息をつくと言いました。
「ねえポコ、どのシーンが一番好き?」「それはやっぱり最後のシーンよ。二人がもう一度巡り合うシーン。でもね、一番泣いたのは男の子がそれまでの二人の記憶をすべて失くしてしまうところね」
アンは何度も頷きながら同意しました。
「私も同じよ。あんなロマンチックなすれ違いって素敵よね」
二人はもう一度ため息をつきます。これで何度目でしょう。二人がようやく紅茶に手を伸ばした時には紅茶はすっかり冷めていました。
カフェを出るとポコは女性の役者が白いワンピースを見ていたことを想いだし、アンに言いました。
「ねえアン、これからお洋服を見にいきましょうよ」
アンも同じことを考えていたのか手を叩いていいました。
「それは素敵な考えね。是非そうしましょう」
二人は華やかな洋服屋さんが立ち並ぶ通りに来ました。二人は色々なお店のショーウィンドウを覗いて歩きます。どのお店のショウウィンドウも先ほど見た映画のワンピースと同じくらい華やかに見えます。
「素敵ね」「ええとっても」
アンは一つのお店の前で立ちどまるとポコに言いました。
「ねえ、ポコ、このお店のワンピース、さっきの映画のヒロインの着ていたワンピースに似てない?」
「本当だ。そっくりね」
二人はしばらく外からそのワンピースを眺めていました。見れば見るほどよく似ています。たまりかねてアンが言いました。
「ねえポコ、思いきって試着してみない?」
アンの提案にポコは顔を赤らめました。
「どうしよう。きっと私には似合わないもの」
「似合わなかったら買わなければいいだけだもの。私はお願いしてみるわ」
勝ち気なアンはそう言うと店の中に入っていきました。ポコも後からついていきます。 アンは店員さんにお願いしてショーウィンドウのワンピースを試着しました。しばらくして
「どうかしら?」
と、アンが試着室から出てきます。ポコはアンのワンピース姿を見て思わず歓声を上げ、手を叩きました。白く輝くワンピースはアンの愛くるしい顔にとてもよく似合っていたのです。
「とっても素敵。よく似合ってるわ」
「本当に?」「本当よ。さっきの女優さんに負けないぐらい」
アンはそれを聞くと、太陽のようにまぶしい笑顔になりました。
「嬉しい。勇気を出してよかったわ。こういうお洋服を着るとなんだかとっても素敵な気分になるわ。ねえポコ、ポコだって似合うと思うわ。試着してみなさいよ」
「でも……」
「誰だって似合うかどうかなんて着て見ないとわからないもの。ね、そうしなさいよ」
ポコはどうしてもそのワンピースが自分に似合うとは思えませんでした。でもアンがあんまり強く言うので、
「そうね、じゃあ私も着てみる」と答えました。ポコももしかしたら万に一つ似合うような気がしたのです。でも試着室に入って着替え終わり、白いワンピースを着た自分の姿を鏡で見ると、ポコはひどくがっかりした気分になりました。
先ほど見たアンは鮮やかなゴールドの毛並みで、肩先よりも長い軽やかなウェーブのかかったロングヘア―が白いワンピースにとてもよく似合っていました。
それに比べ自分はひどいくせ毛なセミロングで、真っ白な毛並みが白いワンピースにはとても似合わないように思えました。
ポコは大きなため息をつくと、すぐにワンピースを脱いでしまいました。
「お待たせ」
そう言って試着室を出たポコが、ワンピースを着ていないことに驚いてアンは聞きました。
「ねえポコ、どうしてワンピースを試着してないの?」
ポコは俯いて答えました。
「ごめん、やっぱり私はよすわ。だって全然似合わないの」
ポコがあまりに落ち込んでいるのでアンも無理に何か言おうとせずに頷きました。
「そう……ねえポコ、それなら甘いものでも食べない」
でもポコは力なく首を振りました。
「今日はよしておくわ。そろそろ帰ってグリとホムのご飯を作らないといけないの」
そうして二人はその洋服やで別れました。ポコは帰り道もずっと同じことを考えていました。
――ああ、もっと鮮やかな色のリボンをつけてくればよかったかしら。いえ、そうじゃないわ。このひどいくせ毛がいけないのよ。でもこの髪は色々なハーブやオイルなんか試したけど結局駄目だったし。やっぱりどうしようもないんだわ。
ポコが家に着くと庭でグリとホムが温めた牛乳を飲んでいるのが目に入りました。グリはポコを見つけると楽しそうに言いました。
「やあポコ。おかえり」
ポコは二人がやたらとくたびれて汚れた姿をしているのに気づき、聞きました。
「ねえグリ。あなたの言うせっかくの特別なよく晴れた日曜に、あなたたち二人で何をしていたの?」
ポコの問いに、グリとホムの二人は顔を見合わせて笑いました。
「僕らは地面に星を飾っていたのさ」
ポコにはグリの言うことがちっともわかりませんでした。
「グリってときどき本当におかしなことを言うわね。地面に星だなんて。そんなもの一体どこにあるって言うの?」
グリはそれを聞くとますますおかしそうに笑います。
「そらね、ポコ。言うと思ったよ。確かに君の言う通り、地面に星なんて見えないだろ?でもね、星は確かにあるのさ。この星空と同じようにね。ポコ、ここへ来てご覧」グリは地面を指さします。ポコは指をさす方へ近づきます。それでも何も見えません。
「何も見えないわ」「ここだよ。よく見てごらん」そう言ってグリは一つの石を拾い上げました。ポコはそれを見て首を傾げました。「それのどこが星なの?ただの石じゃない」
「そうかな?」
グリはそう言うと、かすかに残った赤い夕日に石を照らしました。それはグリが最初に拾った白い石灰岩で煙のような赤い筋がいくつも入っている綺麗な模様の星の石でした。星石は夕日を浴びて赤く綺麗に光って見えました。ポコはしばらくその様子を眺めてから言いました。
「……とても綺麗」
「そうだろう?光ってないから見えないしすごく近くに行かないとわからないのさ。でもね、手にとってみたらどうだい?とてもきれいだろう?ホムがね、言うんだ。星空には見える星だけじゃなく見えない星が沢山あるんだと。光るのをやめてしまった星や、最初から光らない星もある。だからこういった石は空から落ちてきた星なんだって。ね、そう思うととても綺麗だろう?光ってなくてもさ」
それを聞いてポコは笑いました。なんだかとても笑いたくなる気分になったのです。
「そうね。きっとそうだわ」やがて夕日が落ち、星石の輝きは消えました。その時ポコは言いました。
「ねえグリ、この星石もらってもいいかしら?」それを聞いてグリはびっくりしました。
「いいけどどうしたんだい?石を家の中に置きたいなんて」「そういう気分のときもあるのよ。ああお腹が減った、ご飯にしましょう」
ポコはそう言うと笑いながら家の中に入りました。グリとホムの二人は顔を見合わせて、それからやっぱり笑いました。