第二話 暖かな夕食
新しく家族となった三人の初めての夕食を書きました。
グリはすっかり暮れた道を歩いていました。春だと言うのに少し肌寒い日で、空を見ると薄曇りで肌寒く、グリは上着の前をしっかり合わせ、ポケットに手を突っ込み、ぴゅーぴゅーと口笛を吹きながら帰りました。
グリは自分たちの住むアパートの玄関のドアの前で立ちどまると、鼻を上に向けクンクンと嗅ぎました。ドアのすきまから夕食の匂いがしましたが、グリはその匂いを嗅ぐとちょっと顔をしかめました。
「ただいま」
「お帰り。遅かったのね」夕食の支度を終えたポコはホムと一緒にソファに腰かけ、温かいひまわりの種のお茶を飲んでいるところでした。
「教会に言っていたんだよ」
「テグシさんは元気だった」
「うん。相変わらずさ」
グリも上着を脱いでからソファに腰を掛けました。
「グリもひまわりの種のお茶を飲む?」ポコの言葉にグリは首を振りました。
「いらないよ。珍しいものを飲んでいるね」「ホムが教えてくれたの。とっても体が温まるのよ」
グリはホムを少しだけ見ると、つまらなそうにそっぽ向きました。でも小さなホムはそんなのちとっも気にならないのか、グリを見あげ目をキラキラさせながら、感心のため息をつきました。
「教会に行くなんてとても偉いですね。グリさんは神様を信じているんですか?」
グリはいつものように「ふんっ」と馬鹿にしたように鼻を鳴らすと言いました。
「僕の場合は逆だよ。神様なんてものが信じられないから行くのさ」
ホムは小さな目を丸くした。「それは一体どういうことです?」
「いないものをいると言っている人たちがおかしくてね。それで興味本位で顔を出したら熱心に僕に神様の存在なんてものを教えてくる。でも誰一人見た人なんていないんだ。それが滑稽で僕はときどき教会に顔を出すのさ」
小さなホムはまた感心したようにため息をついた。
「それはまた結構なご趣味ですなぁ」
「違うのよ。グリはいつもの皮肉を言ってるだけなの。テグシさんっていう牧師さんがいてね、その人がとても気さくでいい人だから時折遊びに行くのよ」
「余計なことは言うなよポコ。お前は僕について何一つだってわかっちゃいないんだから」
「はいはい、わかりましたよ。それよりも私たちはグリを待ちくたびれてもうお腹がぺこぺこなの。ご飯にしましょうよ」
三人はソファから立ちあがりダイニングテーブルに向かいました。グリとポコはいつものように向かい合わせの椅子に座りました。ホムはというといつの間にかダイニングテーブルにつけられた細長い梯子をちょこちょこと登り、テーブルの上に据えられたさらに小さなテーブルと対の椅子にちょこんと腰かけました。それを見てグリは不機嫌そうに言いました。
「なんだか僕らのテーブルに余計なものがついているようだね」
「ホムのために通販で買ったのよ。便利でしょう」
「ホムには便利かもしれないけど僕には不便さ。梯子に足を引っかけちまうよ」
「いいじゃない。いずれ慣れるわよ」
「ふんっ」グリは鼻を鳴らす。
「この調子だとこの家はネズミにとっての天国になっちまうぞ。そうなったらおしまいだ」
もうポコはグリの皮肉には答えませんでした。さっさと全員の分のご飯を盛り付けるとまたイスに座り手を合わせました。
「それでは食べましょうね。いただきます」
今日の夕食はお味噌汁と焼き魚でした。魚はふうわりと焼け、お味噌汁からは熱々の湯気が立っていました。ポコとホムは美味しそうにそれを食べましたが、グリだけは夕食に手を付けずに箸をいじったりしていました。それを見てポコは言いました。
「ねえグリどうしたの?お腹空いてないの?」
「ねえポコ。なんで今日は焼き魚なんかにしたんだい?」
ポコは首を傾げました。でも素直に答えました。
「だってお魚が安かったんですもの」
「だと思ったよ。ポコはなんだってその日安いかどうかで決めちゃうんだもんな。でも僕は今日はシチューが食べたい気分だったんだ」
ポコはあきれてため息をつきました。
「そんなの知らないわよ」
「そうかなあ。今日はだって薄曇りで少し寒かったろう?こんな日は絶対シチューな気分になるもんだけどなぁ」
「でもお魚だって美味しいわよ」ポコはそう言いましたが、せっかく作った夕食をそんな風に言われてもう泣いてしまいそうでした。
「違うんだよポコ。僕は魚が嫌いってわけじゃないんだ。ただ少しだけ考えてみてほしかったんだよ。こんな日に僕が何を食べたがるのかってね」
「わかったわよグリ。そんなに言うなら食べなくていいわ。グリの分もあたしが食べるから」
グリの言葉にポコは顔を真っ赤にしました。そしてよほど怒鳴りつけようかとも思ったけれど、これまで一度だって他人に怒鳴ったことがなかったのでただ消え入りそうな声で言いました。
「私からも一言いい?こんな薄曇りの日って、グリはいつまでも皮肉ばかり言うから嫌いよ」
でもそう言った後でポコはなんだかとても惨めで悲しい気持ちになり、自分の分さえも喉を通らずに俯いてめそめそと泣き始めました。
「泣くことはないんだ。僕はただ自分の気持ちを正直に言っただけなんだから」
グリはそう言うと、耳を下げてつまらなそうに口笛を吹きながら、また箸をいじっていました。するとそれまで黙ってかわるがわる二人を見ていた小さなホムが口を開きました。
「ねえお二人さん、あなた方はいつもこうやって二人で食事をなさるんで?」
グリはホムのほうを見て頷いた。
「まあそうだよ。いつも二人だったねぇ」
「そいつはとても羨ましいことですねえ」
「なんでだい?」
「私には生まれたてのころは沢山の兄妹がいたんですがね、みんなどこかに連れ去られたり逃げ散ったりしてばらばらになってしまったんです。だからご飯はいつも一人で済ませてたんです」
するとポコは涙を拭きながら聞きました。
「じゃあご兄弟はどこへ行ってしまったか全くわからないの?」ポコの問いにホムは頷きました。
「ええ、まったく。だからね、私は家族の団欒てものが羨ましくて仕方なかったんです」
グリとポコの二人は顔を見合わせると同時に言いました。
「そうかな」
「そうかしら」
ホムはそれを見てにこやかに笑いました。
「ええそうですよ。一人で食べる食事なんて味気ないものです。どんなご馳走だって一人で食べるより二人の方がいいもんです。だからね、私には今日のご飯が今まで生きてきた中で一番のご馳走に見えるんですよ。ああもう我慢できない、私はもうお腹が減って仕方ないんだ。お先にいただきますよ」
そう言ってホムはがつがつむしゃむしゃとご飯をさも美味しそうに食べ始めました。それを見ているうちに二人もなんだか無性にお腹が空いてたまらなくなり、そしてついにグリが言いました。
「ねえポコ。さっきはごめんよ。やっぱり僕の分のお魚を食べてもいいかい?」
「もちろんよ。私だってさっきはごめんなさい。少し意地悪な言い方だったわ」
二人はにっこり笑い合うと、あとはいつものように、暖かな夕食を楽しんだのでした。
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