第一話 お見舞い
初投稿作品です。不思議な動物たちの日常物を書いていこうと思っています。
あるところにグリとポコという二人の犬がいました。二人は兄妹で、兄のグリはオレンジの毛並みをしたポメラニアン、妹のポコは真っ白な毛並みをした美しいポメラニアンでした。二人はまるで正反対の性格をしていましたが、けれども何とか仲良くやっていました。
ある日のことです。二人が並んで歩いていると、道に大きな段ボールのごみが落ちていました。そのごみは自動車や自転車に踏まれたりしてボロボロで泥だらけで、すごく道を通るのに邪魔でした。
見かねてポコはグリに言いました。
「ねえグリ、私たちであのゴミを片付けようよ。後で歩く動物のために」
でもグリはとても嫌そうな顔で言いました。
「ポコ、それはいいけどそれは僕の得になるのかい?」
ポコは困ったように言い返しました。
「ならないわ。でも道が綺麗な方が気持ちがいいじゃない」
「ふんっ」グリは馬鹿にしたように鼻を鳴らして笑いました。
「馬鹿馬鹿しいね、話にならないよ」
「何が話にならないの?」
「だってよく考えてごらん?僕の計算だとこうなる。このごみを片付ければ僕はその労力の分だけ損をする。そして後から通るやつはその分だけ得をするというわけだ」
「何言ってるのよ。そっちこそ馬鹿馬鹿しいわ。グリに相談なんてして損をした気分」
ポコはそう言って大きなため息をつくと、自分一人で大きなゴミを抱えて道の端の誰にも邪魔にならないような場所に置いた。グリはそれを見て手を叩きながら馬鹿にした。
「そら見ろ、手が汚れたし、服に泥がはねたじゃないか。お前は大損したぞ。偽善者め、いい気味だ」
「二人で運べば服は汚れないで済んだのに勝手なことばかり言って。私は道がきれいになって気分がいいの。兄さんは心が貧しいからそんなことばかり言うのよ」
「聞き捨てならないな。僕の心が貧しいだって?どういう意味だよ」
「心の貧しいものは自分が他人から与えられることばかり考えるのよ。でも心の豊かな人は他の人に何を与えることができるかを第一に考えるの」
グリは黙りこむと腕を組みました。ポコのせいでなんだかひどく損をした気持ちになったのです。
「ポコのせいで僕は損をした」
「なぜ?」
「お前が俺の自尊心を傷つけたからだ」
「あら。自分の心が貧しいことに気づけたことは良いことよ。それは得をしたわね」
「うるさい」
グリはそういうとずんずんと先に立って歩いて行きました。でもすぐに立ちどまると振り返り、
「ところで今日はこれからどこへ行くんだっけ?」
と、ポコに聞きました。
「呆れた人ね。今日は今からおばあさんのところへお見舞いに行く途中じゃない」
「ああそうだった。で、お見舞いの品はどうするんだっけ?」
「なんでもあたしに聞かないでよ。私は花を摘んできたの」
「はっ」グリはまた馬鹿にしたように鼻で笑いました。
「なによ」
「花なんかでおばあさんが喜ぶわけないだろう」
「そんなことないわ。お花は病人の心を和ませるもの」
「俺が病人だったら絶対にそんなもので和んだりしないね」
ポコは反論する気が失せて小さなため息を一つつきました。
「じゃあ兄さんは何を贈るの?」
「俺か?俺はそうだなぁ。ちょっと待ってろ」
グリはそう言うと顔を上に向け鼻をクンクンと鳴らし始めました。それからしばらくあたりを窺うようにうろうろとしていましたが、急に通りに面したレストランの裏手に入っていくと、裏口に据えられたごみ箱をひっくり返しました。
「あらグリ!何をするのよ」ポコが驚いて声をあげましたが、グリは平気な顔で言いました。
「別にごみをこぼしたわけじゃないよ。そら見つけたよ」グリがそう言って手をかかげると、爪の先に何か小さなものがぶら下がっていました。そしてそれはもぞもぞと動きながら、か細い小さな声を出しました。
「助けてください」
ポコがよくよく目を凝らしますと、それは灰色の小さな鼠の子供でした。
「まあ、グリったらネズミなんて捕まえて!いったいどうするつもりなの?」
「見ろよ、このネズミ。まだ子供だけどレストランのごみを漁っていたから丸々と太ってるじゃないか。これなら骨まで食べられる。病人には精をつけさせないと」
「おばあさんは肉なんて食べないわよ」「知ってるよ。でも病気のときは別かもしれない」
グリはそう言うとその小さなネズミをきゅっと胸のポケットにしまいこむと意気揚々と歩きだしました。
病室につくとポコはまず自分の摘んできた花たちを病室の花瓶に生けてあげました。それはとてもいい香りがして薄暗い病室の中が、まるで春の野原のような匂いになりました。
「おばあさん、このお花たちはね、私が庭で種から育てたの。香りがとってもいいのよ」
おばあさんはお花ですっかり気分が良くなって嬉しくて涙を浮かべながら頷きました。
「ええ、ええ、ポコちゃん。とってもいい香り。本当にありがとうねぇ。お花たちはポコちゃんの愛情を沢山受けたからとってもいい香りを出すんだねえ。本当にありがとうねえ」
ポコはその言葉でなんだか胸がいっぱいになって笑顔で涙ぐみました。グリはそれを見て、いてもたってもいられずに急いで胸ポケットの中に手を突っ込むと、さきほどレストランの裏で捕まえた子供のネズミを意気揚々とおばあさんの鼻先に突き出しました。
「おばあさん、これは僕からだよ。まるまる太ったネズミだよ」
おばあさんはいきなり鼻先にネズミを突き付けられて目を丸くしました。そして眼鏡をかけなおしてよく見ると、小ネズミは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていました。あまりに泣きすぎて両目とも明かないほどでした。おばあさんはそれを見てとても哀れになり、グリに言いました。
「ねえグリちゃん、あたしはね、お腹は空いてないのよ。病院で卵や果物やお野菜をたくさん食べてるからね」
「でもおばあさん、肉だって食べないと病気は治らないよ。僕は聞いたんだよ。犬は昔は肉を食べたんだってね。こいつはちっぽけだけどレストランの裏で捕まえたんだから太ってるんだ」
「いいのよグリ。そのネズミさんはね、後生だから逃がしておやり。私はね、あなたのその気持ちだけでうれしいの。私はグリが来てくれただけでずいぶん元気になったわ。ありがとうね」
おばあさんはそう言うとグルの頭を優しく撫でてやりました。グリは顔を赤くして何か言おうとしましたが、それ以上言葉は出てきませんでした。なので照れ隠しに小さなネズミをまたきゅっと胸ポケットにしまいこむと、それからずっとピュウピュウと口笛ばかり吹いていました。
病院からの帰り道にレストランの側に来るとグリは立ちどまりました。
「ネズミさんを逃がすの?」
「当たり前さ。僕はネズミなんかは食べないよ。ちっとも腹の足しにならないからね」
グリはそう言ってネズミを胸ポケットから取り出しました。ポコはそれを優しく両手で受け止めました。
「ねえネズミさん、あなたのおうちについたわよ」
「へえ、そうですか!あなた方は私を逃がしてくれるんですか?」
ネズミは目をしばたかせながらそう言いました。ポコは優しく頷いて言いました。
「ええそうよ。グリが驚かせてしまってごめんなさい。グリは皮肉屋で冗談好きなの。おばあさんが喜ぶとおもってあんなことをしただけで、私たちはお肉なんて食べないのよ。本当にごめんなさいね」
ポコがそう言ってそっと手を地面に下ろそうとするとネズミは慌てて言った。
「ちょっとお待ちください。私は小さなホムと呼ばれています。一つ私をお二人のお家に置いてはくれませんか」
二人はおどろいて顔を見合わせました。それからポコは言いました。
「犬と一緒に居たいなんておかしな鼠ね」
「食べられないとわかるとどうもこの胸の中が温かくて気持ちよくてついうとうとしてました。私はこんな幸せな気持ちになったことは今まで一度もありません。なんだか食べられてもいいような気さえしました。それにね、私はおばあさんと二人のやり取りを見て感動しちまったんです。ただとは言いません、ゴキブリの奴を追い払うのは得意なんです」
二人はもう一度顔を見合わせた。そして笑った。
「いいとも。じゃあ一緒に暮らそう。僕らのたった一つの苦手なものはゴキブリなんだ」
ポコはホムをもう一度グリの胸ポケットにそっと戻しました。するとホムはすぐに小さな寝息を立てはじめました。
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