さかさにじ の ねがい
みんながしらない もりのおくに、ふしぎな さかさまの にじがかかる『逆さ虹の森』が ありました。
そして 逆さま虹の森には ドングリを なげいれて おねがいすると、そのねがいを かなえてくれる ふしぎなドングリ池が ありました。
だけど、ドングリ池が かなえてくれる ねがいには、ひとつだけきまりがありました。
それは『じぶんじゃない だれかのための ねがい』であること。
カエルが こまっているから あめを ふらせて ください、とか。
カゼをひいた子リスに ふとんを つくるために はっぱを たくさん おとしてください、とかね。
さて。
そして これは そんなドングリ池の ちかくに くらす はずかしがりやのコマドリのおはなしです。
*
コマドリは うたが だいすきでしたし、とってもじょうずでした。
けれど、とってもはずかしがりやで、とてもとてもちいさなこえでしか うたえませんでした。
あるあさ、コマドリは オンドリがあさを しらせるこえを きいて めが さめました。
「まぁ。なんて すてき なのかしら」
コマドリは おもいました。
(わたしのうたも あんなふうに みんなに きいてもらえたら きっとすごく すてきだわ)
コマドリはさっそく むねいっぱいにあさのくうきを すいこんでみました。でも「さぁ、うたおう」とクチバシをひらいたとき、のそりのそりとクマが こみちを あるいてきたので、はずかしくなって いきを とめてしまいました。
そのまま いきを ひそめていたコマドリは、クマの せなかが みえなくなると ゆっくり いきをはきながら しょんぼり うなだれました。
「コマドリのおじょうさん。そんなにしょげて どうしたんです?」
あさのしごとをすませたオンドリが、コマドリに こえをかけました。
「わたしも あなたのように みんなに うたを とどけたいの」
「それは すばらしいことですね。みんなが きっと よろこぶでしょう!」
コマドリは とてもとても ちいさなこえで こたえましたが、オンドリは ようじんぶかく はなしを きいて、うなづいてくれました。
「ねぇ、オンドリさんは どうして そんなに こえが おおきいの?」
「ワタクシは ドングリ池に おねがい したんですよ」
「ドングリ池?」
「ドングリ池は、ドングリをなげいれて おねがいすると、そのねがいごとをかなえてくれるのです。だから ワタクシは『森のみんなに あさをしらせる しごとがしたいので みんなにとどく こえを いただけませんか?』と、おねがいしたんです。おじょうさんも、やってみてごらんなさい」
そういうと、オンドリは かわいらしいひよこたちが まっている いえに かえっていきました。
コマドリのくらすブナの木のねもとには ドングリが たくさん おちています。だからドングリ池に なげいれるドングリに こまることはありません。だから コマドリは さっそく ドングリ池にいって ドングリを いっこ ぽとんと なげいれました。
「おねがいします。どうか わたしは おおきなこえで うたいたいんです。だから オンドリさんのように こえを おおきくしてください」
池は しぃんとしたまま なんにもふしぎなことは おこりませんでした。
ためしに コマドリは そっと うたって みましたが、いつもとかわらない ちいさな ちいさな こえでした。
「どうして……?」
コマドリは からだを ちいさくちいさく すぼめて つぶやきました。
「ドングリ池が かなえてくれる おねがいには、きまりが あるんだよ」
「きまり?」
はなしかけてきたのはキツネでした。
「ドングリ池は じぶんのための ねがいごとは かなえてくれない。だれかのための ねがいなら かなえてくれるよ」
コマドリは しょんぼりと うなだれました。
「だいじょうぶ。かわりに だれかに おねがいしてもらえばいいんだよ」
にっこりとわらったキツネは、コマドリのあたまを やさしくぽんぽんと なでると、「じゃあね がんばって!」といって くるりと せなかを むけました。
「あ、ありがとう……!」
コマドリのおれいは ちいさすぎて キツネのせなかには とどきませんでしたけれどもね。
コマドリは じぶんのかわりに ドングリ池におねがいしてくれるひとを さがしにいくことにしました。
まずさいしょに コマドリの ちかくを リスが かけぬけました。
「お、おはよう。リスさん」
コマドリは ゆうきを だして いつもよりも おおきなこえで リスに はなしかけました。
けれど リスはきがつかずに とおりすぎてしまいました。
(もっともっと おおきな こえで おねがいしなくっちゃいけないのね)
ほそい えだの うえで コマドリが しょんぼりしていると、するするするっと しろいネコが のぼってきました。
「あっ、ネコさん……あのっ!」
こんどこそ、しろいネコは ちらりと ふりむいてくれました。
けれど、目が合うと はずかしくなってしまって、コマドリは パタパタと はばたいて にげだしてしまいました。あとに のこされた しろいネコは、ただただ くびを かしげるばかりでした。
「はぁ……」
コマドリは じめんに ちょこんと すわって ためいきを こぼしました。
「おおきなこえが ほしいのに、だれかに おねがい してもらうのに おおきなこえが いるなんて……」
しくしく しくしく
コマドリは ちいさな ほそい ほそい こえで なきました。
「どうして ないてるの?」
すると、あしもとから コマドリよりも もっと ちいさな こえがしました。
それは ちいさなアリでした。アリは からだが とっても ちいさいので、こえも コマドリよりも ずっと ちいさいのでした。
コマドリは ニワトリみたいな おおきなこえで うたいたいのだと いいました。
「なぁんだ。それなら ボクが きみのかわりに おねがい してあげるよ」
コマドリは よろこんで、さっそく ふたりで ドングリ池に いきました。
「よっこいしょっと!」
ちからもちのアリが ドングリを もちあげて 池のふちから なげいれようと しました。
けれど、たいへん!
アリは あしを すべらせて、ドングリと いっしょに 池のなかに ぽちゃんと おちてしまったのです。
「たすけて!」
アリは ひっしに さけびました。だけど、そのちいさなこえでは そばにいるコマドリにしか きこえません。
「たすけて! だれか たすけて!」
コマドリは アリのうえを とびまわりながら さけびました。けれど やっぱり そのこえは ちいさくて、だれにも きづいて もらえませんでした。
「どうしよう どうしよう?」
「たすけて! た…すけ……てっ」
あぷあぷと 池に しずんでいくアリは、水をのんで もう さけぶことも むずかしくなりました。このままでは、コマドリのことをおねがいをしてくれようとした やさしいアリが おぼれて しんでしまうかもしれません。
コマドリは むねが いたくなりました。いたくて いたくて はりさけてしまいそうでした。
「うわぁああん!!」
あまりにも いたくて くるしくて。
コマドリは おおきなこえで なきました。
「だれか! だれかっ! アリさんを たすけて!!」
森いっぱいに コマドリの おおきな おおきな こえが ひびきわたりました。
ぽわんっ。
とつぜん しゃぼんだまのようなものが 池から とびだしました。
そして しゃぼんだまは おぼれていたアリを つつみこんで ふわりと うきあがったのです。
コマドリの ひめいを ききつけた どうぶつたちが ドングリ池に あつまってくるころには、アリは コマドリの あたまのうえに ちょこんと のっていました。
「コマドリさん、ありがとう」
「わたしは なんにも……」
「コマドリさんが おねがいしてくれたから ボクは たすかったんだよ」
アリは にっこりと わらいました。
「それに もう ボクが おねがいしなくても だいじょうぶかも しれないよ」
コマドリは まわりをみて びっくりしました。だって、森の はしっこに すんでいる どうぶつまで あつまっていたのですから。
「ボク、コマドリさんのうたが きいてみたいな」
コマドリの目から ぽろぽろと なみだが こぼれました。
「ありがとう……ドングリ池。アリさん。それに みんな みんな……ありがとう!」
コマドリは そのちいさな からだに にあわない りっぱなこえで うたいました。
それはコマドリが じぶんのために うたっていたときよりも ずっとずっと うつくしい うたごえでした。
そして きょうも さかさ虹の森には、コマドリの うつくしい うたごえが みんなをたのしませているのです。
-おわりー