とび箱とべた (箱物語23)
夕暮れの公園。
アヤはしょんぼりブランコにすわっていました。
明日の体育はとび箱。
でも、クラスでアヤだけがとべなかったのです。
と、そのとき。
「アヤ!」
聞き覚えのあるママの声がします。
「えっ?」
顔を上げると、目の前にママが立っていました。
「ママ……」
ママは、アヤが三歳のとき天国に行きました。だから、お空からおりてきたんだと思いました。
「アヤ、おいで」
ママが手まねきをします。
「ママー」
アヤはブランコをとびおり、ママのもとにかけ寄りました。
「いらっしゃい」
ママが砂場へと向かいます。
砂場のそばに大きな箱のようなものがあります。
それはとび箱でした。
「アヤにだって、きっととべるわよ。ママが見ててあげるから、とんでみて」
「あたしがとび箱をとべないって、ママはどうして知ってるの?」
「アヤのこと、ママはみんな知ってるの」
「そうなんだ。でも……」
アヤはとび箱がこわくてしかたありません。
「さあ、勇気を出して」
ママがアヤの肩に手をそえました。
ほんわり、ママのぬくもりが伝わってきます。
アヤはなんだかとべそうな気がしてきました。
「うん」
大きくうなずいてみせ、アヤはとび箱に向かって走りました。
体がフワリと浮いて軽くなります。
そして気がついたら、とび箱の向こうに着地していました。
「とべたよー」
ふり返ると、ママがにっこりほほえんでいます。
「もうだいじょうぶね」
「ママー」
アヤはうれしくてママにかけ寄りました。
「早くおうちに帰るのよ、パパが心配してるからね」
ママが銀色の光の粒となってゆきます。
「ママ……」
立ちつくすアヤの前で、銀色の光はうす暗くなった空に消えてゆきました。
そして……。
とび箱も消えていました。
「アヤー」
パパの声がしました。
帰りのおそいアヤを、パパは心配して公園まで迎えに来てくれたのでした。
「とび箱、とべたよー」
アヤは手をふり、はねるようにパパのもとへとかけ出しました。