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それは1日目の天体観測を終えて部屋に戻ってきた直後。時刻は22時半を過ぎたところで、寝るにはまだ少し早い時間ではあったのだが「明日に備えて今夜は早めに就寝しよう」という白月の提案で、各自就寝の準備を進めていた時のことだった。
就寝するため、壁際に置いておいたバッグを手に取り、別の空き部屋に移動しようとしていたところを、押入れから取り出した布団を敷く白月に呼び止められた。
「ちょっと、どこに行くのよ」
「……どこって、別の空き部屋に移動するんだが?」
「私が訊いてるのは、どうして別の空き部屋に移動しようとしているのかについてなのだけれど?」
「どうしてって……そりゃあ、寝るためだろ」
さっきからこいつは一体何を言おうとしているんだ? 全く意図が読めない。
首を傾げながらとにかくそう答えると、白月はあからさまに不機嫌な雰囲気を醸し出し、長々とため息を吐いた。
「何をふざけた事言ってるのよ。あなた1人だけが贅沢に空き部屋を使おうだなんて、私が許すわけないでしょう? 皇くんもここで寝るのよ」
「……は?」
白月の口から衝撃的な言葉が飛び出し、思わず間抜けな声が口の端から零れた。
全く、一体何を馬鹿な事言ってるんだ、こいつは……。
俺は白月と同じように長々とため息を吐くと、くりっとした目をこれでもかと見開く葉原をちらりと見てから静かに言葉を返す。
「……白月、葉原が困ってるからそういう冗談はやめておけ。第一、同じ部屋で男女が寝泊まりって、色々と問題があるだろ……」
「問題? 問題って何よ。私たちは皇くんと同じ部屋で寝泊まりするくらいなんとも思わないわよ。ねぇ、葉原さん?」
「えっ、あっ……うん……。わ、私は全然気にしないよっ!」
唐突に同意を求められた葉原は顔を赤く染め、戸惑いを隠しきれていない様子でそう答えると、視線を明後日の方向に向けて作り笑いを浮かべた。
「ほら、葉原さんもこう言っているわよ。……そもそも、皇くんに私たちの寝込みを襲う度胸がないことは知っているから、何も心配しなくて大丈夫よ。それとも何? 皇くんはそんなに私たちと一緒の部屋で寝るのが嫌だっていうの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「なら、何も問題ないじゃない。ほら、文句ばっかり言ってないで、あなたもさっさと布団くらい敷きなさい」
白月はそう言うと、再び就寝の準備に戻っていった。
俺はそんな白月と、見るからにそわそわし出す葉原を見て、ただただ困惑の表情を浮かべる。
一体何なんだこいつは……。
マジで言ってんのか? 冗談で揶揄ってるというわけじゃなく?
というか、あまり部に顔を出さないとは言っても、一応柴田先生も本校舎の宿直室で寝泊まりしてるんだぞ。もしも先生が見回りに来たとき、俺はなんて言い訳すればいいんだ。
と、そんな考えを巡らせながらも、俺は結局白月たちと同じ部屋で就寝することにした。
まぁ確かに白月が言ったように、俺には理性を失って感情のままに手を出したり、寝込みを襲ったりする度胸もなければ、そんなことをしたいという考えもない。
ただ、慣れない状況に少し動揺してしまうだけ。何もやましいことは無いし、問題なんて起こらない。
そう自分に言い聞かせて、俺はその日4時間ほどかけてようやく眠りにつくことが出来た。
とても熟睡とは言い難い、浅い浅い眠りに……。




