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「昔はね、すごく優しい人だったの」
白月は、窓硝子を伝ってゆっくり下へ落ちていく雨粒を人差し指でなぞりながら、ポツリと呟いた。
「私がまだ、どこにでもいる普通の女の子だった時の話」
「…………」
俺はただ静かに、白月の言葉に耳を傾ける。
「休日になるとね、お父さんがよく車に私を乗せて、色々なところへ連れて行ってくれたの。家にお金だけは沢山あったから、普段は経験出来ないようなことにも挑戦することができたわ」
遠い昔を思い出しているのか、窓に映る白月の顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。
「親なら、子供に沢山の経験をさせてあげたいと思うのは普通のことよね?」
「まぁ、そうだろうな」
高校2年生になったとは言っても、俺もまだまだ子供。未だに毎朝母親に叩き起こされているし、家事だってほとんど親任せだ。まだまだ親に頼らないと思うように生活することすら出来ない俺に、親の気持ちを全て理解するなんてことはできない。
けれど、いつか自分が親になった時のことを考えてみると、やっぱり自分の子供には沢山の経験をさせてあげたいと思う。
その「いつか」が果たして本当にやってくるのか定かではないが、例え話として考えてみても、それは変わらない。
「私の両親も娘の私に対して、そんなことを思っていたんだと思う。私自身も色んなことに挑戦することができて、いつも楽しい日々を送れていたわ」
そう言うと同時に、窓に映る白月の表情は激しく窓に当たる雨によって畝るように歪んだ。
「……でも、ある日を境に、何かに挑戦することを『楽しい』と感じられなくなってきたの」
「ある日?」
俺は白月の言った言葉を繰り返す。
「ピアノの演奏会でね、賞を貰ったのよ。一番上の賞。周りの人はみんな私よりも年上で、その中には毎年その賞を獲得している子もいたわ」
白月は続ける。
「その他にも、始めて出場したテニスの大会で優勝したり、始めて応募した絵のコンクールで優秀賞を取ったり……気がつけば沢山の分野で、私なんかよりずっと長い時間それらを続けてきた人たちよりも、目立つようになっていたわ」
なかなか止まない雨のせいか、それとも白月の話を聞いて無意識に何かを感じ取ったせいか、明確な理由は分からないが何となく体の周りを漂う空気が冷たく、確かな重みを持っているように感じた。




