人事に尽くして
翌日、地下炭鉱の事務所に一枚の紙が張り出された。
それは作業士のドワーフら全員を、それぞれ別の課に配属する旨が記された異動命令であった。
突然すぎる辞令に彼らは混乱した後に課長に直談判を決めた。
が、当の課長も異動の波にもまれた上に所在不明。
製造しか技無いドワーフらは、渋々現実を受け入れる事に決めたのだった。
____もちろん、そこに新顔の二人の姿は無かった。
「ようこそ!ペルメテリア人事部人事課第十七班へ!」
「朝っぱらから元気の良い事...。近くなったのは良いけどさ。」
眠たい目を擦りながら咲は言った。
横のエルフは机に突っ伏している。
「なあに?二人とも。どうしてそんな気だるげなの?」
「私はチヒロさんに一晩中尋問と...警備関連での話があって...。」
課長の件は警備課にとって重要な事なのだろう。
リンネも都合の良いところで逃げればいいのに、世話焼きこの上ない。
「ま、人事課って言っても研修なんてあってないようなものだし。」
「加えて十七班は私しかいないからやらなくても良いかも。」
それでまかり通るのだろうか。
そんな事を尋ねる隙もなく、グローリアは言った。
「目下の問題は、ペルメテリア中に居ると言われる『裏切り者』の件ね。」
「非公式の務めだし、本来の就業から大きく逸脱している行為ではあるけれど、私たちがやるべき事は彼らの炙り出しよ。」
偶然とはいえ人事課の異動と重なったことで、咲は裏切り者騒動の渦中に入る事が出来た。
「炙り出しって何をやるんですか? まさか、社員一人一人に話を聞いていくんですか?」
先程まで微睡んだ表情だったエルフは、すっかり目を覚ましてグローリアに向いていた。
「それは非効率的だし非現実的だわ。時間も無いわけだからね。」
「それでも私達に残された選択はそれに近しいものよ。」
どこから取り出したのかグローリアは一枚の丸まった大きな紙を開くと、壁に張った。
「ペルメテリア、全十二部百八課の視察を敢行するわ!!」
「ねえ、リンネ...もしかしてグローリアって頭のネジ外れてんじゃないの?」
「私の身近にネジが数本しかない人物がいるんですけど、多分グローリアさんもそっち側ですね。」
こうみえてもグローリアは二人よりも立場が上だ。
「へえ、リンネって交遊関係広いのね。そんな狂人とも縁があるなんて。」
「驚きました? その人、月宮咲って言うんですけど、今度紹介してあげますよ。」
「あ? お前地下送りな。」
「ちょっと喧嘩はやめてよ。私は仲裁役なんて出来るほど人と関わりがないんだからさ、泥沼になるわよ?」
グローリアの悲しい自白をきっかけに二人は口論を止めた。
安心したような顔をすると目の前の龍人は言葉を続ける。
「...それぞれの課の視察はそんな大層な物じゃなくて良いわ。」
「触りだけ社員を見てみて、ペルメテリアに不満を抱えてそうだったら呼び出して追及すればいいの。」
計画とは思えぬほど、ひどく大雑把な概要だった。
「そんなんで上手くいくかしら。自慢じゃないけど、私も人を見る目は無い方よ。...リンネはあると思うけど。」
「大丈夫よ。そもそも敵対派は口車に乗せて『裏切り者』を作ったの。」
「敵対派の視点に立てば、深く人物像を見なきゃ『取り込める』って判断できない奴よりも。」
「明らかにペルメテリアに不満を持ってる方が楽でしょ? それに、彼らのとった戦術は広く浅く裏切り者を作り出すこと。」
「質より量を選んだのであれば、こちらもその観点で裏切りを探せば良い。」
一理あるのかもしれない。
ただ、一つ言うとすれば
「じゃあもうペルメテリア中の呼びかけて、適合者を告発させて行けばいいんじゃ無いですか?」
裏切り者の身近な人物であれば、この三人よりも遥かに容易く心象を見抜けるだろう。
ペルメテリア中の人員を総動員すれば結果的に裏切り者は浮き彫りになりそうなものだ。
「それは絶対にダメ。裏切り者は見つかるかもしれないけど、内部で疑心暗鬼に陥ったらろくな事にならないわ。」
かつてある国で行われた密告制度を思い出した。
その結果と近しい出来事が、平和組織に起こっては最悪だ。
「裏切り者がわかったとして、彼らの処遇はどうすれば良いの?」
「まずは利敵行為の内容、敵対派の情報を聞き出す尋問ね。情報さえわかったら、警備課に突き出せばいいわ。」
「その方が安全だし...。」
敵対派に口封じされかねないと危惧しているのだろう。
憂慮な顔をするとグローリアは鼓舞するように声を張り上げた。
「さ、まとめると私達の目的は二つ!」
「一に『裏切り者』の捕縛及び無力化。二に、『裏切り行為
』情報の収集。」
「これら二点を行えば、来る入社式、もしくはその先で非常事態が起きても被害は少ないでしょう。」
「人員はその任務目的の為に限りなく少数ですが、味方を増やす事はできません。」
「今回の騒動を秘密裏に処理する事が最善ですからね!」
事が大きくなる前に鎮圧する。
最も被害が少ないが、英雄として名が馳せる事もない。
グローリアがそれを選んだのであれば、咲は彼女に続くだけだ。
「あの...。」
グローリアが一頻り話終えた後に、リンネがそっと手を上げた。
「裏切り行為として『兵器の横流し』に手を貸しているものは見逃しませんか?」
「なぜですか?」
「横流しに使われる兵器はペルメテリアで作られた物だけのはずです。ですから、使えない兵器を流させる、と言うのはどうでしょうか?」
龍人は少し考えてリンネに返した。
「そのアイデアは素晴らしいですが使えない兵器は、それが玩具だと見抜かれて横流しの対象とならない可能性があります。」
「罠に嵌める事に賭けるよりも、有用な兵器の流出を防ぐ事に注力すべきかと思うのです。」
「つまり、外見は立派な兵器だけど実際は使えない精巧な兵器
があれば良いんですね?」
「そんなものがあれ...ありますね、造れますね。」
エルフの龍人の視線は一人の転移者に注がれていた。
「ここまでの完成品は見たこと無いって課長が誉めてましたよ。弾は出ませんでしたけどね。」
地下炭鉱での一件だ。
咲の設計図通り作られた銃器を手にした事で、課長の敗北は決まった。
「作れなくもないけど...。いや、あなた達が頼むなら別にいいか...。」
「成功すれば敵対派の兵力削減が可能ですね。」
「大枠も決まった事だし行動開始ね!ここからは二つに別れましょう!」
なぜ二つなのだろうか。
一方がソロになるではないか。
「私とグローリアさんがペアで、咲さんが一人ですね!」
「何どさくさ紛れに二人側になろうとしてるのよ。ビーチュ、エレナに続いて今度はグローリアに尻尾振ってるの?」
「なっ、なんて事言うんですか!それに、ビーチュさんはともかくあの教祖に至っては咲さんの方でしょう!?」
「ああ?どういうことよ?」
「神前 抱擁 押し倒し ...何か思い出した事は?」
「あれは暴徒から隠すために仕方なくよ。」
「二人組はリンネと咲の方よ。私は一人で行動するわ。」
「一人って...どうして?」
「...昨日みたいに不運を被りたく無いでしょ?」
表情が少し陰った。
彼女は自身の体質のせいで、何度もこのような経験をしてしまったのだろう。
「なんだそんな理由か。気にする事ないわ、気にも留めてないわから。」
「不運のせいでグローリアが居なくなるよりも、新人二人でペルメテリアで迷う事の方が嫌よ。だから一緒に行きましょう?」
そこには嘘偽りは無かった。
咲にとっては対した言葉では無かったものの、一人の心を動かすには十分だったのだろう。
「え...? あれだけ散々な目にあったのに?」
確認するように彼女は最後の疑問を口にした。
「不運も見方を変えれば幸運よ、私にも私だけの『幸運論』があるの。」
「...ふふっ、気になるわね、あなたの幸福論。歩きながら教えてもらおうかしら!」
三人は共に部屋を後にした。




