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もう一人の

あれから一時間経過した。

客の姿は既にない。


「それでね~。幸運の数値を持つ者が、特定条件、特定領域に複数いる場合はね。」


「各々が幸福を得る確率は、その個人の幸運値と全体の幸運値での割合と一致するって見解が出てね!」


『失敗した、安直に彼女の領域に踏み込むべきでは無かった。』


「じゃあ、全員の幸運値が同一の場合一体誰が幸福を勝ち得るのかっていう難題が出たのよ。」


「これを純粋幸福論っていうんだけどね。」


「ちょっと待ってて。」


別にグローリアの講義に対しては不満はない。

むしろ、彼女が満足するまで話してくれても良い、とさえ思っていた。


彼女の身の上話を聞くに、グローリアが友人と呼べる者は限りなく少ない。


だからこそ、こうして誰かと話せることに喜びを感じているのだろう。


咲は席を立つと厨房に向かった。


「すみませぇえん!!ランチメニュー頼んで一時間経ってるんですけど!まだ掛かりそうですかね!?」


談笑にふけっていた店員は、咲の姿を見るや否や驚いた声を漏らした。


「あれ...?なんでお客さん残ってるんですか?」


「はあ?一時間以上前から待たされてるけど。」


「え?あ、すみません!こちらから死角なもんですっかりノーゲスかと思ってました。」


「すぐお作りいたします!」


グローリアの不運のせいだろうか。

結局この日は、昼食以降も彼女と行動を共にした。



先に述べた失敗とは、彼女のパーソナルスペースに踏みいってしまった事だ。


なんでもない所で転ぶ

上から水を掛けられる

アパレルショップに入ってみればサイズの合わない服を勧められる。

間食を取ってみれば異物(7本足、胴体部分に不規則に突出した頭部が3つ)が混入

トイレで吐き出していると水洗式トイレが逆流し、汚物の雨を浴びる。


「不運...やっと理解したわ。グローリアの脅威の一端を垣間見た気がする。」


「今日一日付き合わせちゃってごめんね~。」


彼女は小さな子供の様に無邪気な笑顔を見せる。


「どうして私はばっかり...グローリアはなんとも無いのに。」


「いつもだったら私も同じ目に合うんだけどね。なんだか今日は運が良いみたい。。」


「幸せそうでよかったわ!私は汚物まみれになったけどね!」


「はは、また懲りずに付き合ってくれると嬉しいな。」


最後に軽く挨拶を交わすとグローリアは細道に入っていった。

個人寮は入り組んだ裏道の先にあるそうだ。


彼女の足音が小さくなっていく事を確認した後に、咲は一人踵を返した。




バンッ


夕陽がすっかり沈んだ夜。

一つの会社とは思えないほど都市設計がなされた道を歩いていると、咲は誰かにぶつかった。


見たことのない男物の装いのそいつは、夜半のせいで顔を確認する事が出来ない。


ぶつかった相手は咲の方に向いて一瞬立ち止まると、焦った様に走り去って行った。


「あっからさまに怪しいわね。製...いや、やめとこ。」


相貌を明かしてやろうと目論んだがその考えはすぐに吹き飛んだ。

理由は特にないだろう。


どこかで見たような背丈を瞳に刻んで彼女は振り返った。

最近近くで良く見る体型だった、そんな気がした。





「ただいま~。」


「あ、咲さん!どこ行ってたんですか!」


「グローリアとお散歩。」


「今朝の出来事が有ってよくそんな悠長に居れましたね。」


「課長の容態はどうなの?」


変わって居ないことなどわかりきっている。

その予想は正しくリンネは、変わらず目を覚まさない、と答えた。


玄関先で会話をしていると顔を出す者が居た。


「あれ?帰って来たのは月宮だったか。」


人間の少女であるチヒロだ。


「まだ誰か帰って来てないの?」


「ディーナだよ。休みだってのに今日も朝から居なくてな。」


「経理ってやっぱり忙しいんだな....。」


リースとシルヴィアの仲はそれなりに良好だったが、ディーナとチヒロにもそれと同じ関係性があるのだろうか。


「一週間前は一緒に帰って来てたのにね。」


咲が四人の出会った日だ。

その時彼女たちは互いを罵りあっていたが、実際の間柄はかなり親しい事を知っている。


「あの日はディーナが都合付けてくれたんだよ。絶対忙しいのに、暇してるアタシ達の時間にあわせて仕事を終わらせたんだよ。」


「ディーナは優秀なのね。」


「ああ、そりゃ『龍の巫女』になるはずだったからな。才能の評価は指折り付きだよ。」


龍の巫女...確か、グローリアもその候補だったはずだ。

彼女は結局能力が無かった為に巫女にはなれなかったようだが。


「ディーナはどうして龍の巫女になれなかったの?」


チヒロは咲の言葉をすぐに訂正した。


「なれなかったんじゃない、ならなかったっんだ。」


「私はサガミに着いていく!ってさ、竜族の奴等を次々に言い伏せて、終いには全員に頷かせて、『龍の巫女』を辞退したんだよ。」


「いやあ!あれは格好良かったなあ。」


サガミの物語のワンシーンだろう。

気に入らないのでそこの詳細を聞こうとは思わない。


「リースはディーナの事を謎が多いって言ってたけど、あなたは良く知ってるのね。」


ああ、と答えて彼女は続ける。


「リースって私達の中じゃ、一番最後に着いてきたんだよ。だから最初から居るアタシよりも知ってることが少ないんだろうな。


「そっか、ディーナが龍人ねえ。グローリアも龍人だったわよね、あの二人って話してるの見たこと無いけど。」


「ああ、えっとな...言うべきかどうか分かんないんだけど。」


じゃあ言わない方が良い、という言葉を咲が発する事はない。


「ディーナってなんでかグローリアだけは敵対視してるんだよ。冗談じゃない位に嫌っててさ。」


「だからあんまりディーナの前でグローリアの事は出さない方が良い。」


同郷故にいさかいでもあったのだろうか。


それともペルメテリアの者が等しく抱えるグローリアへの恐怖を、ディーナの持っているとでも言うのだろうか。


考えてみてそれは無いと気付いた。

幸運について困惑を共有する事があっても、同じ龍人をその点でいがむ事はないだろう。


チヒロはリンネに呼び掛けると、リンネはそれに応じて彼女の部屋に向かった。


残された咲はシャワー室の方に向かう。

流石に身体を洗い流したい。


「...?」


なんてことはないはずのドアノブに興味が湧いた。

扉を半開きにして、中から外に目を写す。


そうだ、四人と初めて出会った時...この状態で彼女達を見ていたのだ。


その憧憬を思い浮かべた瞬間、心に残っていたつい先程のモヤが晴れた。


「あのシルエット...あの身長...。」


黒ずくめとシルエットと過去のシルエットが重なり合う。


「さっきのって...まさかディーナ?」


まさか、とは思いつつも妙な確信がその推測を掴んで離さない。

次に浮かんだ疑問はなぜ、というものだった。


「なんであんな服装で外に...。いや、そんな、まさか...。」


独り言を呟いて思考は明らかになっていく。

そして一つの結論に行き着いた。


「彼女も『裏切り者』なの?」

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