幸福論の定義
「開拓公社なんて名前の割には娯楽施設も完備してるのね。」
休日のせいか、思い思いの服装を着こなした者らが多い道を歩く。
「そりゃそうよ。立地上ここは陸の孤島、だからこそペルメテリアは何でも揃ってなきゃいけないのよ。」
「なるほどねえ。」
「あ、ここよ、さっき言ってたお店。竜族の料理を専門としてるの。」
外観は木材を基調としたなんて事のない建物だった。
が、中に入って捉えた景色は『私』にかつての原風景を思い起こさせた。
「和風...。巫女がいるくらいだし、竜族は日本っぽい国なのかな。」
咲が内装に注目している内にグローリアはさっさと中に入っていった。
ここに足を踏み入れてわかった事が一つある。
異様なまでに雰囲気がひどいのだ。
部外者は立ち入らせないとでも言う空気だ。
「ねえ、グローリア...やっぱり別の場所にしない?なんだか私、ここに歓迎されてないみたい。」
「そんなことないわ。」
あっけらかんと言い放つグローリアに咲は一瞬たじろいだ。
まさか、この空気を感じとっていないのか...と思いきやそうではないようだ。
「ここの敵意はあなたに向けられたものじゃない。」
「私によ。」
「利己主義者は出てけ!」
誰かが叫んだ。
大衆の前で声を張り上げるとは、なかなか度胸のある人物だ。
「今日のランチを二つ。」
グローリアはそんな謗りをものともせずに、空いていた二人掛けのテーブルに座った。
「どうしたの?そんな顔して、ここは全額無償だから安心して?
」
顔がひきつっている。
彼女はおそらく、無理に耐えているのだろう。
「グローリアは他の課からアテにされてるんじゃなかったの?」
「...。」
沈黙が続く。
二人が来てから、恐らく昼の喧騒に包まれていたであろう料理店は、寂寥の静けさで満たされている。
「アテにされてるわよ...と言っても、日頃の鬱憤を張らすサンドバッグとしてね。」
彼女がそうこぼした瞬間、食べ掛けの料理皿が彼女を襲う。
「...!? 製造!」
咄嗟に陶器を掌上に造ったことで、グローリアへの直撃は免れた。
料理は軌道を反らして彼女の足元にヌチャリと落ちた。
「私には何をしても構わないって彼らは思ってるのよ。」
何から何までわからない。
ペルメテリアがこれほど民度が悪かったのか、グローリアは嫌われているのか。
そして、彼女はそれを知ってなぜそんな境遇を受け入れているのか。
「あなたに話すべきなのかわからないけれど、ランチが出てくるまでの暇潰しに聞いてて。」
そんな前置きを皮切りに彼女は自身を取り巻く現状への告白を始めるのだった。
「私ね、前にも言ったかもしれないけどペルメテリアに入社する前は学園で『幸福論』を専攻してたの。」
「らしいわね。」
「はい、ここで問題です。『幸福の定義』とはなんでしょうか?」
「え、ええ? ピンを見つける事かな?」
「全く想定外の答えで困惑してるわ。」
「聞いておいてなんだけど、幸福っていうのに明確な定義付けはされてないの。」
「なにかを得る事、愛を育むこと、..,努力せず生きること。」
「一番広くに信じられているのは『願いを叶える事』、これが誰しもの幸福だと信じられているわ。」
「その言い方から察するに」
「ええ、でもこれも『幸福論』ではまだ間違い。なぜなら、今挙げた幸せは等しく自分だけに視点を当てているからよ。」
「だって、この世界には何千万、何億もの種族が営んでいるのよ?」
「誰かが幸せになる事が他の誰かの幸せになるとは限らない。むしろ、自分が不平を被る事の確率が多い。」
「だからこそ、幸福論...『幸福論』での幸福は世間一般でね。」
この答えがグローリアの現状を紐解く最初のボタンなのだろう。
「『勝利を掴む為の学問』と忌避されているのよ。」
グローリアの頼んだ昼食はまだ運ばれない。
ああ、また一人、目の前の彼女を煙たがる様に出ていった。
見つめる咲は何も返さなかったが彼女は続けた。
「自分の幸せのために他人が不幸な目に合ってもいいってことだからね。」
「利己主義者って呼ばれる所以はそういうことだったのね。」
「そうよ、みんな恐れているの。自分の幸福が私に取られるってね、皮肉にも実際は逆な訳だけど。」
『幸福論』を知っている者は、自分が幸せに...つまり勝利する方法を知っている、という風潮があるようだ。
それ故知らない者は敗北し勝者の幸福の踏み台となる。
学術という専門的な領域故に起こった、万能感が生んだ悲劇だろう。
彼女の様子から察するに、確実な幸福を手繰り寄せる手段はまだ確立されていないようだが。
「幸福論って何を学んでるの? 実践的では無いようだけど。」
「あるにはあるのよ? 幸福を自在に操ろうって学派もね、でも私が学んだのはちょっと違う。」
「幸福の起因を幸運や運気の流れで捉えて、そこから更に数値で分析していくっていう、メカニズムを調べてたの。」
この世界の幸福論と元の世界でそれの違いを悟った。
ここでは、幸福という概念を形而下に引き降ろしているのだ。
自然現象や数学と同じくして、傍らに存在を認めているのだろう。
「前菜も来ないわね。じゃあ、もう少しだけ続けましょう。」
グローリアの講義はもう少し続く。




