絵空事の憂鬱
ペルメテリア7号館...4階:第1救護室。
ギィィン
軋んだ音が耳を撫で、扉が開いた。
「あ、ここ立て付け悪くなってる。後で事務に言っとかなくちゃ。」
「グローリアさん!それで、課長の容態は?」
龍人が出てくるや否やエルフは駆け寄り声を張り上げた。
「応急的な解毒魔術、後月宮さん提案の水魔術の胃洗浄を施したけれど...。」
彼女の言葉尻は重たい。
依然として良くはないのだろう。
主犯はその光景を、さも悔やんでいる様な表情で伺っていた。
「ただ...危篤状態からは脱したそうよ。依然として生存が綱渡りであることは変わらないけれど、一先ず体勢は持ち直したみたい。」
死ぬ間際から生死の境まで退行したのだろう。
そこまでは予測通りだ。
あとは適度に脳に障害が残れば、咲の不道徳が白日に晒される事はない。
「あの事は言ったの?」
「いいえ、貴方の予期にしたがって伝えなかったわ。」
あの事、とは咲が隠匿に躍動する『無限エネルギー機構』の件だ。
敵対派が口封じを行った理由はその機構を漏らさせないため、というなにもかもがでっち上げの推論をかざし、その上
『無限エネルギーの存在を知っている者は...誰もが暗殺のターゲットになるんじゃないかしら?』
というほとんど脅迫の提言によって証言から除外させた。
懸命な判断だ。
咲の推測がまともであれば、知った事が生存への危機となってしまう。
徒に話すべきではないのだ、相手を守る為に、自分を守る為に。
もちろんまともではないのでその情報を広めた所で何者にも害は及ばないだろう。
グローリアは沈んだ表情のまま、咲の前に立った。
横には不安そうな顔のリンネがついている。
「月宮さんの方は、もう大丈夫なの?」
「大丈夫。課長が襲われた時にぶっとばされて頭を打っただけだから。」
頭には包帯が巻かれていた。
「ごめんなさい...きっと私せいだわ...。」
まさか、貴方のせいじゃありません。
そう答えようとしたがグローリアが先に続けた。
「幸運をねじ曲げてしまったんだわ...だから、貴方が傷を負ってしまった。」
「それって、以前言っていたグローリアさんの体質と関わるんですか?」
「良く覚えてたわね、リンネ。そう、私の体質で月宮さんの幸運が上手く働かなかったのよ。」
グローリアのリンネへの敬称は外れていた。
いや、今はそれどころではない彼女の発言だ。
この世界の『幸福論』という観点の外周に触れられるかもしれない。
「私は普段、幸運を撒き散らす体質、裏を返せば生まれつき私は不運なの。」
「この際『幸運』『不運』の定義は置くとして、月宮さんがケガを負ったのは、月宮さんが撒き散らされた幸運の範囲外に出たことで」
「私の『不運』が作用したんだと思う...。」
初見で、それも元の世界でこんな話し聞けば、全員が全員まともに取り合う事はないだろう。
残念というべきか、この世界は異世界。
そんなのは迷信だ、と一言吐いて終わらせる個とは出来ない。
「確かに」
黙ったままの咲に代わって、エルフが言葉を述べた。
「今回咲さんが襲われた事は不運なのでしょう。」
どうせ『でもこれは咲さん自身の日頃の行いのせい』とでも続けるのだろう。
「ですがそれは結果だけに注視したからこその事、過程に目を向ければあながち不運でもありませんよ。」
「敵対派が割ったガラスは一枚、それも特加専の課長が拘束された『庶務室』だけです。」
「果たして、『幸運にもガラスを割って入った所が暗殺対象の拘束室だった』んでしょうか?」
「あり得なくもありませんが、暗殺稼業で幸運にすがるのはいささか不甲斐が無い気がします。」
「この事から敵対派の暗殺者は、私の強襲を受けて課長の居場所を予め見つけていたのでは無いでしょうか?」
「...そうね。続けて?」
「で、あれば暗殺者は課長が『庶務室』に拘束されていることを知っていた、という事実が出来上がります。」
「でも、この事実と、咲さんが再び課長を訪れた時に偶然暗殺が重なる事は不思議ですよね?」
「『庶務室』を見ていたのなら私たちが長時間あの場を離れていあたことも知っているはず。課長の暗殺を目論むのであれば、その時に狙えば良かった。」
「ですが、実際は咲さんが戻ったと同時に事は起きた。」
「何が言いたい?」
咲は少し苛立ちながらリンネを促した。
自身の行動が、彼女に筒抜けだと危惧したからだ。
その偶然が不自然とでも言うのか?
「良いパスをありがとうございます。では、この過程から結論を述べると」
「暗殺対象に咲さんも入っていたのでは無いでしょうか?」
「つまり、暗殺者は本来、課長と咲さんを狙う算段を付けていたんです。」
「ふっ、私も狙ってた?転移者だからってこと?」
全く別の推理だったことに咲は頬を緩めた。
「さあ、でも動機はいくつも思い当たるでしょう?」
「いや、だとしての月宮さんが一人で課長の部屋を訪れたのは偶然よ。やっぱり、不運が働いたのよ。」
「そうですね、その部分に関しては私も色々と疑問が残っていますが」
瞳だけを咲にチラリと一瞬向け、すぐにグローリアの方に居直ったリンネは続ける。
「もう一人の対象がのこのこ庶務室に入った事は暗殺者にとっても幸運だったのでしょう。だから、彼は動いた。」
「ガラスを破り、粗悪なナイフで紐を狩り課長を用いて脅迫。咲さんを手に掛ける手筈だったのでしょう。」
「が、しかしこれは上手く行かなかった。」
「さて、グローリアさんの杞憂を晴らす舞台は整いました。」
「は?お前は何をそんなに気取ってるんだ?」
「良いじゃ無いですか!ちょっとくらいカッコつけてもバチは当たりませんよ!」
「グローリアさん、貴方は自分の不運が咲さんに傷を負わせたとおもっているのかもしれない、でもそれは違うんです。」
「突発的な暗殺者にとって都合良く働いた幸運でも結果としては咲さんを殺す事は出来なかった!」
「またそこで別の幸運が活性化したんです。それによって引き起こされた未知の事象によって、暗殺者は早急に撤退せざるを得なくなった!」
リンネはグローリアの手をとると最後に言った。
「それはつまり...貴方の幸運が作用したんですよ!貴方は咲さんを無意識に守ってたんです!」
幸運不運の相対がどのように作用するのかを咲は知らない、それは全く別の観念だからだ。
だがしかしこの世界の姫君は龍人の落胆を見事に晴らした。
「...ふふ、そうかも。私の幸運が...後輩を守ったのよね。」
彼女らが納得したのであれば咲は口を出すつもりはない。
そもそも運気の流れを、さも側に居るように捉えるなど容易いことではないので出せる口などはない。
「あれ!?リンネ!...っと月宮!なんでここに?」
情溢れる光景にはそぐわない馬鹿デカイ声の少女がこちらに歩みを進めていた。
「チヒロさんこそ...どうしてここに?」
リンネがそう尋ねると、チヒロは彼女の耳元に顔を寄せた。
「前言ってた裏切り者の事さ。どうやらそいつがこの救護室に搬送されたらしいんだ。」
「何でも、裏切り者と敵対派閥の奴ら数名を相手取って生き延びた上に、裏切り者を引っ捕らえたブッ飛んだ奴がいるらしいんだよ。」
「警備課じゃ大騒ぎだよ。どうしてそんな体躯の持ち主がこの課に居ないんだ!って。」
「...あ、あの、どうしてそれを知ってるんですか?」
リンネは恥じらいながら言葉を返した。
チヒロの声は、とても内密な話を意図したと思えないほどでかかったので丸聞こえだった。
「ああ...で、その裏切り者が敵対派に殺されかけたらしくて、この救護室に運ばれてさ。」
「今日の救護担当者が事のあらましを...えっと、この端末に警備課宛に送って来たんだよ。」
「で、あんたら二人...と珍しいな、グローリアはどうしてここに?」
「その裏切り者を捕まえたのがリンネで、殺されかけた裏切り者をここに連れてきたのが私達なのよ。」
咲のその言葉をチヒロは上手く飲み込めなかったようで、少しの間が開いた。
「マジ...?」
「大マジよ。なんならリンネに聞いてみなさいよ。」
「ああ...そうか、リンネか...いや、そうか。」
「じゃあリンネ。今回の参考人として警備課に今から来てくれるか?」
リンネは答えを仰ぐように咲の方に顔を向けた。
包帯を頭に巻いた主人は、さっさと行けとでも言うように手を振った。
「はあ...わかりました。私で良ければいきますよ。」
「良し、じゃあ早速行こうか。月宮!リンネは少し借りるからな!」
嵐の様に去った後、二人は殺風景で薬品の匂いが肺を濡らす廊下に突っ立ったままだった。
どちらのものとも判別がつかないが、大層まぬけな音が鳴る。
グゥゥゥ~...
「あっははは...お腹空かない? 良いお店があるんだけど。」
「どうせペルメテリアの中でしょ。あんなことがあってもお腹は空くものね、行きましょ。」
龍人と転移者は、裏切り者が眠る救護室を後にするのだった。




