枝分かれる倫理
「それで、この改築の御披露目に私を呼んだ理由はなんだったの?」
排気装置を見ていたグローリアは、体を咲の方に振り向かせた。
「この炭鉱は、今はドワーフだけしか働けない空間であるけれど。」
「環境設備が整った以上、そのハードルは格段に下がったと言っていいわ。」
「ええ、そうね。」
「さらに、ここの勤務の上でドワーフだけが持つ『製造』について目を向ければ」
「あの機材がそのスキルを大きく上回る性能を保持している。」
「だから、この炭鉱には...才能評価に関係無く、誰でも働けるのよ。」
「人事課なんて言うくらいだから...そういう障害の無くなった事は伝えておいた方が良いと思ってね。」
柔らかい笑みを浮かべると、咲はグローリアの前に立つ。
「確かに、人事内部でもこの炭鉱にドワーフだけが偏って居ることは議題にも上がっていました。」
先ほどまでとは明らかに違った表情、声色をだして彼女は言った。
「あなたの言う事が確かになのであれば、この炭鉱への種族間の偏りは無くなり、ドワーフらが他の課で労務に従う事も可能でしょう。」
「...いえ、可能と言うよりももむしろドワーフをここから追い出す事は危急の義務ですが。」
恐らく、彼女が口にした『ドワーフの追放』は咲が至った問題とは別の問題の解決策だろう。
「ドワーフに手で偶然生まれたっていう...あの機構のせいですか?」
負い目を感じているのだろう。
リンネの声は、そういう感情をまとったものだった。
「...それをペルメテリアで利用するには問題ありませんが。」
「もしもペルメテリアの監督外でそれが再現され。未来を含めた敵の手に堕ちてしまうのであれば、作らないに越したことはありません。」
「よって、そもそもそれを作ってしまったドワーフを、この地から離さなければならないのです。」
この世界の者らしい発想だ。
例え自身に益をもたらそうとも、それが争いの種になりうるのであれば、自身を含めた全員に放棄させる。
国境付近の資源を『国境緩衝点』として捨てているのだから、
彼女がその思考を辿る事は無理もない。
「機構を作らせ無いためにドワーフを追い出すなら、そもそも『無制限のエネルギー機構』っていう情報を操作すれば良いんじゃないの?」
誰にも存在を教えなければ誰かがその夢を叶える事もない。
だがそれは同時に誰かが発展させる、この世界に益を為すという可能性を潰す事でもある。
「無限エネルギーの可能性を棄却するのであれば、情報統制も手の一つでしょう。」
「ですが、その可能性の良し悪しがつかない現時点での判断はつきかねます。あのエネルギー機構を完全に捨て去る、なんて一介の社員には決められませんよ。」
「だから最低限の措置として、『偶然の再現』という可能性だけを潰しておくのです。」
彼女は最後に『ペルメテリアの者としてね。』と付け加えた。
ペルメテリアが本腰を入れて、その再現に尽くそうものならドワーフをこの炭鉱に戻せばよい。
ただ、残念ながらこれはエネルギー機構が有益だった場合の話だ。
もしも災いの種に足り得るものならば、この選択は間違いだったことになる。
無限のエネルギー装置が存在する、そんなおとぎ話が流布した時点で止める事は出来ないからだ。
おとぎ話を無くすには、その伝承が生まれる前に堕胎させるしかない。
存在を知った課長と敵対勢力の口が開かれる前に、彼らの存在を消すしかない、という事だ。
課長だけならいざ知らず、敵対派に情報が渡った時点で普通は無理難題だ。
「ちょっと課長の所に行ってくる。」
言い終わる前に咲は炭鉱から去っていた。
ガチャン
「作業士の新人か。お前一人か?」
「裏切り者と話したくて。」
「ペルメテリアってエリート組織でしょ? 確かにこの炭鉱は末端かもしれないけれど。」
「どうして裏切ったの?」
リンネから聞いた話では自身への評価と実際の評価から来たギャップが、謀反の原因であった。
「この炭鉱勤務じゃ将来なんてないだろ。」
同じだ、彼の証言は変わらない。
「ねえ、喉渇いてない?」
「そりゃ半日拘束されてんだから喉も渇いてる。なんだ?差し入れでもくれるのか?」
さて、微笑みや愛想笑いは得意な部類だが信用を得る表情であるだろうか。
「...何でもいいから早く寄越せよ。あの怪力エルフに殴られた所はまだいてえし...警備課に差し出された方がまだマシだ。」
不満を漏らす裏切り者に、少女は一杯の透明な液体を差し出した。
「飲ませてあげるわ。」
「優しいな、ありがとよ。」
ゴクゴクと喉をならして彼は飲み干す。
そういえば、彼は何の種族なのだろうか。
「グローリアはさあ...。」
「あんたが敵に渡した技術を暫定的に隠匿するつもりなんだって。」
「なんの話だ?」
「でも、それをどこまで隠すつもりなのかはまだ決めてないみたい。」
「こんな曖昧なままじゃ、『無限エネルギー』なんて噂はすぐに広まっちゃう。」
「でも、私はその情報が流れる事が良いとは思わないの。」
「は...?なんでだよ? 無限のエネルギーだぞ?この世界の常識を覆すんだぞ?」
「並みに善性の感情は持ってるんだ。何が有益か判断が出来るのは偉いわ。」
「もしもペルメテリアがその技術に力を入れるなら、きっと貴方がそれを得た時の『再現』をするはずよね。」
課長は言葉を発する事はなかった。
動けない体を震わせ、顔を赤くして堪えているようだ。
「それじゃ私が困るの。」
「あいつらがこの炭鉱に戻って、繋がりを復元して、その上エネルギーの立役者だなんて気に食わないわ。」
「一生懸命誰でも働ける様に衛生を建て直した意味が無いじゃない、ね?」
呼吸は荒く瞳孔はかっぴらく。
体全体で苦しみを表現しているようだ。
咲の炭鉱を浄化した理由は、ドワーフがここで働かなければならない、という前提を崩すことだった。
そうすれば、ここの帰属意識は瓦解し、集団は個に戻らざるを得ない。
グローリアを呼びつけた理由は、彼女に特加専の人員の総入れ替えを促す為だった。
浄化したところで流石に全ドワーフの追放は難しいと思ったが、ここに幸運が巡った。
『無限エネルギー機構』という夢の装置が出来上がった事だ、さらに言えばそれが敵の手に渡った事。
リンネの過失は誤算だったが咲にとっては良いように作用した。
グローリアはその事実を受けて、再びエネルギー機構が生まれぬ様に『偶然の再現』を捨てるという選択を取った。
だが、それでは足りない。
ペルメテリアが造る意思を持てば、ドワーフが再び炭鉱で一同に会してしまう。
故に咲がとった選択は『無限のエネルギー』という夢物語を人目に触れる前に消す事に変わってしまった。
あくまでも選択であって目的ではない。
目的は『ドワーフらに苦汁を舐めさせる事』。
無限エネルギーが消える事は、その目的を達成する為の副次的なものでしかない。
私怨だ、たった一人の私怨で、この世界の未来を一つ潰すのだ。
「グローリアやリンネには悪いけど...私にとってみれば世界の技術の進歩よりも、あいつらが崇められる事の方が嫌なの。」
「製造。」
手元に粗悪なナイフを作りあげる。
「さっき飲ませたのはね、特殊加工場に放置してあった液体の残留物。」
リンネがキツく結んだ紐を切り裂く。
課長の体は次第に地面に傾いて行く。
「そうねえ...逃げた敵対派が、重大な秘密を持った貴方の口を封じたって物語が妥当よね。」
「良かったじゃない、これならありふれた動機でありふれた行為を働いた訳けれど」
「貴方は秘密を持った生き証人。きっとペルメテリア中が貴方の生存を願って貴方に注目するわ。」
パリィン!!
窓ガラスを内側から割ってすぐさま製造で『外から割られた様に』床に散りばめる。
「んっ...リンネ!!来なさい!!」
「演算処理...反響測定...。凄い身のこなしね、今まで地下炭鉱にいたはずなのに、もう二階に来てる。」
「あと数秒ね。」
ドォォン!!
扉が蹴破られる。
エルフの姿そこにはあった。
「咲さん!?一体何が...!」
「課長がなにかを飲まされたの!!」
「液体瓶に...歯崩れしたナイフ...敵対派が?」
「わからない...わからないわ。本当に一瞬だったから。」
「リンネ!」
遅れて龍人も事故現場にやって来た。
「グローリアさん!直ぐに課長を救護に回して下さい!!」
静寂が満たす昼下がり、二人の叫び声が響き渡った。




