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異動命令

グローリアは一式の書類をバッグに入れると個人寮を出た。


昨日になって突然『明日に約束の日を変えてくれない? ちょっと事態が変わったの。』という月宮からのメッセージがシルヴィアから送られたのだ。


地下炭鉱の状況に目を通し劣悪な環境であることを再認識できた。

加えてグローリアの願い届けは丁度昨晩受理された。


「今日は休みなのに~。」


誰にとってもなんて事の無い、穏やかな休日が幕を明けた。



「疑わしきは罰する、という言葉を知ってるかな?」


左手で持った鈍器を右手にパシッと軽く当てながらリンネは言った。

窓辺から差し込む陽光が三人の少女を照らす。


「突然お呼び立てしてすみませんでしたね、グローリアさん。」


「えっ、あ、ああ、大丈夫。まさか呼び出し先が尋問現場とは思わなかったけど...。」


「ふぁ...今日が休みで良かった...。」


眠たそうに咲は言葉を発する。

半分寝ていると言っても過言ではない。


幸運にも今日は特加専は休日認定。

余程の動機が無ければ、この地を踏むものはいないだろう。


「さあ課長、もう黙ったままじゃ終わりませんよ。今回の事案に際して、詳細な情報を取らせて頂きます。」


「...話せねえぞ。どうせこんな辺境の事なんて、上の奴らの目には止まらない。」


「ここは平和理事会のペルメテリアだぞ? 例え裏切り者でも取扱いを一歩間違えば大問題」


パアン!!


捕虜の横、数ミリをかすめて投擲物(鈍器)は壁に傷をつけた。

が、すぐに壁は修復されて、鈍器はリンネの手元に戻った。


「甘えんじゃない、まともな扱いをされるなんて思わないで下さいね?私達はペルメテリアに未練なんてありませんから。」


だから何だってやるという脅迫だろう。

五年前には考えられもしなかったが、このお姫様は主人に近付いているように思う。




「そうですね、では貴方はいつから裏切り者としての活動を?」


「一年前だ。新人として入って来た監督官が敵対派でな、境遇に不満を抱いてた俺を言葉巧みに諜報員に仕立てあげたのさ。」


「はあ、なるほど。」


そのままリンネは問いを続ける。


「あなたの諜報員としての活動は何ですか?」


「ここで製造した兵器の横流し、それとまあ...炭鉱を改造して密会場を作ることだ。」


「あの空洞は課長が作ったの?」


いつの間にか目を見開いた咲が言葉を発した。


「作ったのはドワーフに『ゲンさん』って呼ばれてる奴だ。そいつは俺が唆した。」


「あそこに空洞を作ったのは偶然? それとの誰かの意図?」


「敵対派の奴さ。一分の狂いも無いように設計図を作って来やがった。」


通風を阻害したことは敵対勢力の意図した所なのだろう。

地下炭鉱の衛生水準を陥落させる事を目的としたのか、はたまた外部との繋がりを狙ったのか。


恐らく後者だろう。


「では、あなたが昨日敵対派に渡した、あの小さな機構は一体なんなのですか?兵器の一部?」


「昨日言っただろ? 俺にだってよくわかっちゃいない。無制限にエネルギーが取り出せる装置なんだよ。」


それを聞いてグローリアが声を張り上げた。


「無制限!?そんな物をここで作りあげて...挙げ句の果てに敵対者に渡したんですか!!」


「はッ、これだから上の奴らの目は節穴なんだよ。」


「良いか? お前らが、道具を作るだけの場所って貶すここの炭鉱はな、この世界のエネルギー常識を覆す黒点なんだ。」


「あの鉱石ね?」


「現場に配属された癖に目敏いな。あそこの価値に気づいてるのは俺だけだと思ってたが。」


「何度も触れてみて実感したわ。」




三人は一度部屋を出た。

扉には「庶務室」の札が掛かっている。


リンネは落ち込んだ声でグローリアに向けて言葉を発した。


「昨晩、私は彼を捕らえた際に、そのエネルギー機構を保持した敵6名を逃しました。」


「その奪取条件として、彼の身柄を解放するという交換を目論見ましたが...それも悪手でしょう。」


「敵対派は潜り込んだ目的は、直接謀るのではなく切っても害の無い内部の人間を取り込んだのです。」


「つまり、課長に交換材料としての価値は無く。むしろ、現在ペルメテリアには特定不可能なほどの裏切り者がいる事が判明しました。」


平和を企図するペルメテリアは、既に汚染された後だった。

後は機を伺って陥落させるだけだ。


加えて武力でそれを行使するのであれば、十分な兵力は敵の手に渡ってしまっている。


「何故それを私に?」


「地下炭鉱管轄ですらこのような事態に陥っているのです。」


「他の課の内情、及び裏切り者を把握しなければ...ペルメテリアの先は長くないように思われます。」


「ですので、ペルメテリアで最も他課と関わりを持つと思われるグローリアさんに相談させていただいた次第です。」


「視察日を早めるには十分な理由ね。」


新たに加わった厄介事にグローリアは息をゆっくりと吐いた。

その顔には負の感情は見当たらず穏やかであったように思われる。


「リンネ監督官の申し開きは聞き届けました。まずは、課長の身柄は警備課の者に引き渡しましょう。」


「え?でも警備課にも裏切り者が」


慌てたリンネの言葉をグローリアは制した。


「わかっています。ですから、裏切り者が多数居ることは伝えずに引き渡すのです。」


「彼だけが裏切り者という情報をペルメテリア内で流せば他の謀反者の警戒は薄れるでしょう。」


「でも、警備課も同じように『複数の裏切り者』に気が付くと思いますよ。」


リンネの言葉には咲も同意だった。

例え直ぐには至らぬとも、課長を尋問すればすぐにわかることだ。


「推測に過ぎませんがその事実に行き当たれば、彼らもリンネさんと同じ行動を取ると思いますよ。」


「『信用に足る人物』にのみそれを伝え、水面下で裏切り者捕獲に手を尽くすかと。」


「課長のやらかした行為は兵力の横流しに新兵器の発明。彼だけが諜報員だった、という情報は主流に足る素質があります。」


警備課が気付こうが気が付かまいが、どっちに転んでも裏切り者が複数居る可能性は、せいぜい陰謀論程度にしか広まらない。


グローリアの行動の正否がわからなかったので、咲は熟慮した表情だけして口を出すことはなかった。


実際には眠たくて何も考えていなかったが。

リンネは目が覚めているので、更にグローリアに質疑を投げた。


「警備課のトップが...この課長のように裏切り者であればどうしますか?」


「問題無いわ。それなら、尋問以前に裏切り者が複数犯である可能性を潰すでしょう。」


「私達の行動に何ら支障はないわ。」


その通りだ、と咲は思った。

考える事を放棄して寝る準備に入っていたので、彼女達の心地よい声色を子守唄にすることにした。


....私達?


「え?私とリンネは動けないわよ?炭鉱で働くんだから。」


「あ、まだ起きてたんですね。物騒な話を子守唄に寝てるのかと思いました。」


図星だったが、気に食わないので何も言わない。


「あ、そうでした。まだ渡してませんでしたね。」


「私が貴方を訪ねる理由は、何も月宮さんの思惑のみではありません。私にも用事があったんです。」


グローリアは壁にもたれ掛かった咲の前に立つと、一枚の紙を差し出した。


「何これ?」


「仮雇用の身ですので、これが正しい表現なのかわかりませんが。」


「異動命令です。月宮作業士、リンネ監督官の両名は本日付けでペルメテリア人事課に配属となります。」


「はっ...人事課?」


「そして、貴方達の管理役はこの私、グローリアが請け負わせて頂きます。」


「これから一緒に働きましょうね!月宮さん!リンネさん!」


彼女の表情は明るかった。

寝不足の咲には眩しすぎるほど、敵対派を逃がしたリンネには眩むほどに。

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