表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/319

残された二人

「ゲホッ、ゲホッ」


咲の仕事は終わらない。

脱出用具の無い今、市街に戻るしか生存の道はなかった。


「さすがに...もう森は終わりね...」


巨石で大木は倒れた、そのために火山灰の傘は無くなり降り積もる。


「熱い...ゲホッ...」


植物性の薄い布を製造する。

無いよりはましだが長くは持たないだろう。


暗闇の中、単身で森を抜ける。







西区画のエルフを避難させてからあまり時間もかからずに市街へと戻ってきた。


非常に危険なルートだったが運に恵まれたのか噴石に遮られる事なくたどり着いたのだ。


奥に見える噴火口からは溶岩が溢れている。

警戒すべき火砕流の到達まで十数分と行った所だろう。


エルフは見えない。

概ね避難は完了したのだろう。


テントの元へと向かった。




「リンネー!西区画の避難は終わったわよ!!」


「咲さん!無事で良かったです!」


テント内にはリンネを含めた数人のエルフが残っていた。


「咲さん...一人ですか...?」


「ええ...戻ってきたのは私だけよ。」


「そう...ですか。」


リンネは目を伏せた、穴蔵に留まったエルフを思っているのだろうか。


「全区画の避難の完了を確認...行きましょう。」


テントの外に出ると、リンネが咲の持っていたような立方体を地面に打ち付けた。


「え...これリンネも持ってたの?」


「一つだけです。まともに完成したこれだけは市街からの脱出用に配備してました。」


全員が馬車に乗り込む。


「咲さん、口閉じててくださいね。」


半透明の馬は走り出す。

しかし、その速度は予想もしないほど速かった。


この速さであれば恐らく脱出は容易だろう。



突如として起きた災害に対して迅速な決定を下し、大きな混乱もなく避難を完了させたリンネの功績は大きい。

馬車は南区画の経路へと差し掛かる。

しかし、その瞬間もう一度大きな噴火が発生した。


ドォォォォォン!!


天を貫く咆哮に馬車の外壁が揺れる。

そして一部の巨石が馬車に打ち付けられた。


上空に打ち上げられたそれのエネルギーは尋常ではない、だが馬車は少し揺れただけでバランスを持ち直した。


もしかしたら一撃だけならまだ逃げ切れたのかもしれない。

上空からの狙撃は幾つも馬車を襲った。



グワァンと馬車の均衡が崩れる。





視界は一周し、平衡感覚は瞬間的に失われた。


ほんの一瞬だけ意識が遠ざかる、再び目を覚ました咲の目には止まった光景が映し出された。



「ゲホッゲホッゲホッ...あれ...?」


「熱っ!」


降り積もった火山灰に手を当てていたようだ。

激痛で意識は舞い戻った。


「馬車...投げ出された...?」


近くに馬車の影は見えない。

辺りを見回すと平野に黒ずんだ火山灰が降り積もり、空からは噴石が飛び散る。

遠くの山は微かに赤く煌めいていて、闇は先ほどよりも広がっている。


咲は目前数メートルしか認知できていなかった。


「嘘でしょ...おいてかれた?こんなところで...」


絶望的な状況しか見えず、光明の光は指さない。


「熱い...こんなところで死ぬのは嫌だ...」


ふらふらとあるきだした咲は何かにつまづいた。


「ゴフッ...」


灰に埋もれた姫がそこにはいた。


「リンネ...?」


同じ様に投げ出されたのだろうか、しかしあの馬車は異端の人間ならいざ知らず王国の姫を置いて脱出したのだろうか。


素手で灰を掻き分ける、衝撃で意識を失ったのだろうか。

息はあるが反応はない。


咲は良く考えずにリンネを連れて歩きだした。

解決策は無い、このままでは二人共死ぬ事は明白だ。


だが、何か忘れている気がする。

まだ生存への布石が残っているはずだと感じていた。


それが絶望を目にしての現実逃避か、神の啓示かはわからない。



「何も製造(作れ)ない...このままじゃ灰にやられちゃう...」


咲は一歩一歩踏みしめる毎に諦め始めていた。


前兆もなく襲いかかる災害に成すすべもなく脱落する。

こんなことであれば西区画の馬車に無理にでも乗り込んでおけば良かったかもしれない。








前兆もなく...?


そうだ、噴火の直前ですら[演算処理]で見たのにその予測は出来なかった。


噴火とは、そのメカニズム上前兆が分かりやすい。

地震だったら地形が変わったり咲の眼なら観測できるはずだ。


だが、前兆も無かったはずなのにエルフは速やかに避難を終わらせた。



ということは...


ということは...?


手元にあった思考はぼやけて霞んだ。


こんなことが前にもあったような...



「咲さん...」


リンネが目を覚ましたようだ。


「一人で歩けるわね。重かったわ。」


そう言うと咲は奴隷を突き放した。


「迷惑かけてすみません。ところで、ここはどこですか...?」


「まだエルフの国よ。私たち脱出できてないの。」


「そんな、咲さんはどこに行こうとしていたんですか?」


「わからないわ...ただ、止まってても灰に埋もれてしまうから。

でももうダメね、脱出用の馬車があれだけなんでしょう。

ここで終わりかしら。」


「脱出用...」


「咲さん、あなたの家の方向はわかりますか!?」


リンネは声をあげた。

まだ眼には光が宿っている。


「山があっちだから...」


「あの森を越えた辺りかしらね...」


うっすらと闇のなかに佇む木々を指差した。

咲の自宅は山よりも遠い為に被害が多少は軽減しているのかもしれない。


「急ぎましょう!そこならあるはずです、脱出用の馬車が!!」


「はあ?なんで私の家にあるのよ。」


「完成品はあれだけでしたが、試作品はあなたの家にあるんです!あなたの家はエルフの技術を結集させた物なんですから!!」







「ゲホッゲホッ...もう体が動かない...」


森の中で咲はついに倒れこんだ。体は噴石で傷つき、血が滲んでいる。

咳はもうとまらない。



「咲さん...!」


反応はない。


「私が連れていかなくちゃ。咲さん!もう少し、もう少しなんです。」


地面は揺れ始め、噴火とはまた異なる音が地面に響く。

溶岩は既にその細部が見える程近づいている。


「はあ、はあ。ゲホッゲホッ。」


リンネもまた咳込む。

森人であるから人間よりは頑丈なのだろうが、この環境ではそれも誤差程度だろう。


「わからない、どこに進めばいいのっ...?」


「っ...よ...」


「咲さん!?目を覚ましたんですか!?」


背負う咲をリンネは見る。

しかし咲は気絶したままだ。


「今のは一体...明らかに人の声だったけど...」


「そっちじゃないわ、右よ。」


「だれかいるんですか!?」


「私の事は気にしないで。ちょっときついでしょうけど急いで、このままじゃ間に合わないの。」


リンネは辺りを見回したが声の主は見えない。

ただ言われるまま走り出す。


「そうそう良い調子ね。そのまま真っ直ぐよ。」




「今度は左よ。こっちならまだ木が残っているから安全よ。」



「次も左、もっと左よ。そう、良い子ね。」




「大丈夫よ、落ち着いて。このまま真っ直ぐ進めば見えてくるはずよ。」


「はあっ、はあっ。本当についた...咲さんの家...」


「ゲホッゲホッ、リンネありがとう。」


「咲さんっ!」


リンネのお陰で目的地に辿り着いたようだ。


「リンネは馬車を用意して。私も探すものがあるから。」


「咲さん、体は大丈夫ですか?」


「あなたの背中で休んだから大丈夫よ、また動けるわ。」


「わかりました。三分後にここで落ち合いましょう。」


リンネはそう言うと扉を開けて中に入った。

私もあとに続く。








「咲さん、それは...。」


「アタッシュケースよ。五年もしまってたから動くか不安だけど持っていった方が良いと思ってね。」


「私も準備ができています。今度こそ、この災害から生き延びましょう!」


リンネは立方体を打ち付ける。


「試作品ってこともあって強度に不安は残りますが、幾つかあるので脱出には困らないと思います。」


「ならよかったわ。じゃあ乗りましょうか、この悪夢から、醒める為に。」





馬車に乗り込むとリンネはすぐに操作盤に触れる。

窓からはエルフの国を包み込む溶岩が見える。


火砕流の速度は車に追い付くとも言われている。

完成品の馬車であればその速度は容易に越していたが、試作品では逃げ切れるか心配だ。


「行きます!」


リンネの掛け声とともに馬車は走り出した。






リンネは操作盤の前に立つ。

火山の姿は小さくなり、馬車を襲う噴石の音は次第に小さくなる。


エルフの国は、完全に溶岩に包まれた。

森を越え、私の家をも飲み込もうとしている。


「合流地点のエスティア街道まではどれくらい遠いの?」


「エルフの国からレミニアまでの距離の二倍近くあります。」


「それじゃあ足りないかもしれないわね...」



「そんな!?前はそこで逃げ切れたんですよ!?」


演算処理に依ればこの噴火はただの噴火で収まるレベルではなかった。


前...?



「前?前にもこんなことがあったの?」


「咲さんにも話したでしょう。エルフ族が奴隷になった原因です。」


「災害に近い、悪意を持つ攻撃?」


だが、これはれっきとした災害だ。自然の驚異だ。


「五年前にもあの山は突然噴火しました。あの時は何もかもわからなくて...ほとんどの民を犠牲にしてしまいました。」


「でもあれは攻撃じゃないわよ...?完全に自然現象よ?」


「いや、待って。五年前にも同じ山が前兆もなく噴火したのよね。」


「はい、だから今回は想定に想定を重ねてエルフの最小犠牲で避難を完了させました。」


同じ山であればの山は活火山という事になる。

だが私は気がつかなかった。

五年もあればその痕跡は必ずわかるはずであるのに。


そして、五年前と同じく前兆が無かったとも言った。


思考が再び霞む、だが今度はしっかりと掴んだ。


「リンネ、そういえば悪意を感じたのよね?今回も感じる?


「それ...なんですが...すごくいいにくいんですけど。」


リンネは口ごもる


「エルフへの悪意、というよりも。咲さん、あなた個人への悪意を感じるんです。でもおかしいですよね、魔王は貴方と関わったことなんて無いのに。」


私...!?


「魔王が関わっている可能性は限りなく無いわ。」


「ええ?でも前は魔王の侵略だったんですよ?」


再び思考が乱れる。先ほどよりも強い、これは偶然では無いだろう。


「魔王はね、もう殺されたのよ。異世界転移者にね。」


「魔王が死んでる!?」


「それにね、前の噴火を魔王の侵略って言ってるけれど、」


「確かに、魔王側は故意に火山を噴火させられるのかもしれない。でも、侵略したのになぜエルフの国は廃墟になっていたの?」


五年前にもエルフの国の廃墟を見て同じことを思った。

噴火させる程の技術を用いてほったらかしというのは明らかにおかしい。


あの時は思考を手放したが今回ははっきりとしている。


「確かに...侵略したなら魔王の配下がいても良いはず。でもあの国は廃墟のままでした。

どうして気がつかなかったんでしょう。」


リンネも思考の妨害に晒されていたようだ。


「私の推理だけどね。」


「五年前も、今回も。この現象は自然の物ではないし魔王によるものでも無いわ。」


「だったら、一体誰が...?」


自然現象であれば演算処理で予測できたし、魔王であればその行動は矛盾している。


であれば考えられるのは一人、いや一つの集団だ。

だが噴火を突発的に起こす能力すら持っているのだろうか。




「異世界転移者よ。」


「転移者、咲さんのような人達ですか?」


「私はその中でも最低レベルの能力らしいんだけどね。それだけじゃなく、彼らは女神から恩恵とやらを貰ってるようなのよ。」


「恩恵...?それがこの事態を引き起こしたと...」


「でも、自分でも信じられないわ...こんな事を自在に起こせる能力なんて、世界をも滅ぼしかねないもの。」


「それに、異世界転移者が私に悪意を向ける意味がわからないわ。魔王以上に私を狙う動機がないのよ。」


「じゃあやっぱり違うんじゃ?」


「まあそうね。ただ起こせるかもって話だし、推理なんてものじゃないわね。妄想に近い推測よ。」


「なんだ、じゃあやっぱり自然現象ですよ。そんな能力を持っていたらこの世界がむちゃくちゃになっちゃいますもの。」


リンネは速度をあげた、火山からの距離はかなり離れている。


「ええ、そうね...私もそうだと信じたいわ。」



そう言うと私は手元のアタッシュケースを開いた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ