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居残る監督官

尋常ならざる配分の仕事量を終えて、昼休憩を告げるチャイムが鳴る前に私は地下に向かった。


新人一人に渡す量では無かった。

それに、周りの者はさほどデスクに体を向けて居なかった様に思う。


何か別の事に執心していたのかもしれない。


そんな事を思いつつ、粗悪な光球でうっすらと足元が照らされた階段を降りて炭鉱に足を踏み入れた。


メンテナンスなどされていない、頭を覆う装備が私を守る盾となる。




「なあ、もう少し早く手を動かせねえのかよ!!」


ドォオオォオーン!


「ドラは相槌じゃねえぞ!お前マジで俺らの事舐めてんな!」


ドォオオォオーン!


研修が外れたと嬉々としていたのが数日前だが、彼女の側にはドワーフが立っていた。


すると、また別のドワーフが咲に駆け寄っていく。


「良いよ良いよ、そいつには何言っても意味無いんだから。どうせ他人に貸す耳なんて持ってないんだよ。」


...中々良い洞察力だと思う。


「お前のそれが許されてんのはペルメテリアだけだからな? 他の所行ったらお前やってけねえぞ?」


咲は私の存在に気付いたのかこちらに目線をずらすと


「アハハハハ、はーい!!」


「冗談じゃ無えからな。」


事もあろうにその叱責を笑いで凌いだのだった。

その場から立ち去った彼女は、少し息を切らしながら私の前で止まった。


「早いじゃないリンネ。」


「あの人達はいいんですか? まだ何か言いたげですけど。」


「ああ、良いの良いの。日頃の鬱憤を晴らせる相手に晴らしてるだけだから。」


「そうですか。私は彼らの注意を引き付ければ良いのですか?」


「手段は何でもいいわ。一時間ちょっとあいつらの気を惹いてくれればいいから。」





こんな時に”恋の病”でもあれば楽なものなのだが。

結果的には、そんな願望は必要無かった様に思う。


初めは近くに居た二人に声を掛けた。

適当に、先の設計図に関して問を投げ掛けた。


それから、私の方に目を向ける者にも声をかけていき。


休憩が始まって五分後には、おおよそ炭鉱の作業士をほとんど一ヶ所に集中させた。


「貯蔵庫って狭くありませんか? あそこももっと広く出来たら良いのですが。」


密会場創設のドワーフを見つけるために与えた疑問だ。


「ああー、あそこは落盤事故が起きたからなあ。」


「小規模で終わって良かったよな。もう少しでかかったら死人が出てたぜ。」


事故?


「いやあ、でも貯蔵庫に居たのがゲンさんだけって言うのも奇跡だよな。」


「もっといたら混乱で小さな事故の一つや二つ起きてただろうな。」


その名前は覚えている。

初日に咲にブチ切れたドワーフだ、同時に私を案内してくれた者でもある。


そういえばそのドワーフはこの場に居ない。


「落盤事故ですか...再発防止の為に記録で残ってませんか?」


「いやあ...どうだったかな。その時は偶々課長からの直接指示で急な納品が入っててさ。」


「ああ、そうだそうだ!!あの時みんな良く頑張ったよなあ!」


「ゲンさんが『傷もねえから、記録作業よりも製造に手ぇ動かせ』って言うもんだからなあ...。」


「無いんですか? 記録、落盤事故の記録。」


「無いと思うな。ああ、でもゲンさんに直接聞けばその時の事を教えてくれるよ。」


「そのゲンさんはどこに?」


これほど集まった輪の中で、記録の無い落盤事故の当事者の姿が無かった。


「昼はたまにふらーっとどっか行っちまうんだよ。そういやあ...なにしてんだろうな?」


どうやら不定期に姿を消すらしい。

幸運にも今日がその日のようだ。


この場から離れたいが、咲の事もあって迂闊に離れる事が出来ない。

彼女が密かに行動する起因の一端は私の言葉にあるのだ。


一纏めにして、かつこのドワーフに熱を込めさせる話題...。




「皆さんは夢とか無いんですか?」


ドワーフの瞳に少し歪んだ煌めきが宿った。

どうやら正解のようだ。


昨日、彼らの胸中の語らいを咲が笑っていた事を思い出した。


と、同時にかつてエルフの国で士気を揚げる為に困り果てた時に、咲から貰った助言が繋がった。


希望ある将来に目を向けさせる事。

夢だったり彼らの持つ論を互いに話させれば良いのだ。


私の思惑通り彼らは互いに目を合わせながら、その一心では自分の内面に意識を向け始めた。


「俺の夢は...いつか子供が笑って過ごせる場所で暮らす事だ。」


「良いなあそれ!俺も協力したいよ!」


そんな彼らの夢現から軌道を外し、私は貯蔵庫の密会場に向かった。





誰も居ない地下炭鉱。

その土壁の一ヶ所に、ドワーフがやっと通れるようなサイズの穴が空いていた。


咲が開けた時の大きな穴は無い、塞いだのだろう。


体を寄せて暗闇が広がる隙間に耳を傾ける。

怪物の呻き声に似た風が鳴る一方で、話し声も聞こえる。


「突然呼び出してなんだ。」


「お前最近ここに入り浸ってるみたいじゃないか。」



一人は聞き覚えのある声、ゲンさんと呼ばれるドワーフだろう。

もう一人はくぐもっていて特定には及ばない。


「使うな、って言いたいのか? お前さんが事故に見せかけて作れって言った癖に。」


運が巡っているようだ。

裏切り者との対話現場に遭遇した。


「昼間は好きに使っていいさ。誰も来ない分、ここの鉱石は無くなっても誰もが気付きやしない。」


「おうおう、おかげで上手く小遣いを稼がせて貰ってるよ。」


「だからこそだ。他の奴にはバレないようにしろ。取り分が減ったらお前だって嫌だろ?」


「注意してるさ。でもそんな警戒することかね? 自分で言うのもなんだが、俺らはドワーフだぜ?」


「頭も回らねえし腕っぷしにも自信がねえ。精々技巧を凝らして道具を作るのが関の山だ。」


「良く解ってるじゃないか。」


「こういうのを上手くやるには自分を良くわかってないといけねえからな。まあ、ちょっと今入り用なんだ。十分気を付けるから安心してくれ。」


「物を作るだけの妖精は別に良いんだ。一週間前に入ったあの新人がいるだろ。」


「月宮か。」


「どんな奴かわからねえからな、仮雇用終わるまでは警戒しとけ。」


「ただの府抜けた女だと思うけどな...ああ、わかったわかった、そんな怖い顔をするなよ。」


「それと...今日も終業した後は此処を開けておけよ。」


「さっきと言ってる事が違うじゃないか。連日そんな事したらいつかバレる危険があがるぞ?」


「...チッ、分かったよ。お前さんが一体どんなヤバい事に手を浸けてんのか知らねえが、詮索はしない約束だったな。」


一瞬空いた沈黙のあとで砂塵を踏みしめる足音が聞こえた。

一人分だけの筈だったから...踏み込めば確実に残った奴がいる筈だ。


嫌でも体が緊張する。

この場を押さえれば裏切り者の正体が確実に分かる。


「リンネ?」


「ひゃあっ!?」


「なーに叫び声作ってんだよ。あんたの叫び声はもっと汚いでしょ?」


「一定層に人気があるから良いんです。それに作ってませんし、天然です。」


「分かった分かった。何をそんなに緊張してるの?」


自分の叫び声が響いたからだろう、微かだが走り去るもう一つの足音が聞こえた。


「いえ...たった今不安の種は取り除かれました。」


悩みの種は目下に埋められたままだ。

解消の花はまだ咲かない。


「ああ、そう。」


「...戻りましょう。」




咲は予定よりも早く全ての炭鉱に浄化機構を取り付けたそうだ。

『案外ここの鉱石が優秀』だと語る彼女の顔は満足そうだった。


昼休憩の後は私は階上に戻った。


裏切り者がわからなかったという後悔半分、あそこで踏み出さなくて良かったという安堵半分に包まれた午後だった。


踏み込んで正体を知ったとしても、その目的までは追い詰める事が難しいだろう。


諜報の実働現場に突入しなければ意味がない。




終業のチャイムが鳴り響く。

続いてドラの音が事務所に襲い掛かる。


「咲さんっ!」


私が彼女の名前を呼んだのは、特別棟から戻る公車を待っている時だった。


「あの...今日は一人で帰って下さい。」


もう少し言葉を選ぶ余裕があっても良かった、と言ってから思った。

後悔はない。


「随分酷い言い方ね。なんかあったの?」


「残ってやらなきゃいけない事があるんです。」


「今日じゃないとダメなの?」


「今日がチャンスなんです。」


具体的に言ってしまえば彼女も着いて来かねない。

転移者だから戦力には足り得るだろうが、危険に巻き込みたくなかった。


彼女は私が頼めばそれに応えてしまう。

私には曖昧な言い回しで彼女を納得させるしか手段が見つからなかった。


「そう、じゃあ先帰ってるわ。」


「ちゃんと帰って来なさいよ。」


「ええ...必ず帰ります。」


水平線の向こう側に公車の影が見えた。


「要らないと思うけど、私なりに労働へのヒントをあげるわ。」


彼女はきっと、私が監督官として書類作業に身をやつすと思っているのだろう。


「周りの奴らが気に食わなかったら『鈍器で殴れば殺せる』って思いなさい。」


「幾分か心が楽になるわよ。」


クスっと笑ってしまった。

彼女はそんな事を思ってあの炭鉱で従事していたのか。


「そんな事で心が軽くなるのは咲さんくらいですよ。」


「はあ~、ま、残業もいいけどあまり働き過ぎないようにね。期待されてるのか知らないけどさ。」


「たまに見るけど、リンネに配分された仕事量って異常よ? あの事務所の全員分を回してるんじゃないの?」


「これでも小さな一国を廻してたお姫様ですから。あんなのは苦痛の内に入りませんよ。」


「ああ、そう。私達二人とも...苦労するわね。」


公車が咲の前に停まった。

乗客は彼女一人だけだ。


「じゃ、リンネ。頑張ってね。」


「ええ、リースさん達には『少し遅くなる』とお伝え下さい。」


公車が速度をあげて走っていく。

去り際に咲が口を小さく動かしていたが残念ながら全く聞こえなかった。


自分の中では、案外彼女の存在は大きかったのかもしれない。


咲が居たときよりも重く感じる身体を引き摺って、私は特別棟に向かった。

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